夏と竜

sweet☆肉便器

文字の大きさ
上 下
63 / 117

63 キマイラ壮行変

しおりを挟む
 「花子さん、キマイラがここまで来るのにあとどれくらい掛かります?」

 「そうね、今までの移動速度から算出すればおよそ三時間といったところかしら」

 三時間、現在キマイラはオオコウモリの翼を得て空を飛び真っ直ぐにこちらへ向かってると言う。
 ゆまは姉ちゃんの住んでいる都会からここまでは高速道路を使っても四時間半くらい。うん、一時間半もあれば十二分に事は済ませられる。
 ゆまは姉ちゃんはキマイラとの闘いなんて知らずにいられるだろう。

 すでにキマイラの事件は国の指導の元に報道規制が敷かれている。例えゆまは姉ちゃんが何処かでテレビやラジオでニュースを見聞きしてとしても僕たちがキマイラの獲物になっているだなんて思いもつかないに違いない。

 「ナツ君はゆまはさんに優しいのね。てっきり変態的愛情を隠そうともしない従姉妹に塩対応をしていたからうんざりしているのかと思っていたんだけど」

 「うんざり…って言うか、ゆまは姉ちゃんは僕が産まれた頃からあんな感じだったから、ああいった愛情表現が普通だってちっちゃな頃は思ってたんです」

 「そ、それは…なんとも」

 花子さんはいかにもドン引きといった風に表情を引き吊らせる。

 もちろん今ではゆまは姉ちゃんの僕に対する愛情表現が常軌を逸しているのはわかっている。
 
 けどゆまは姉ちゃんはずっと僕に無償の愛情を注いでくれていたんだ。
 そんな相手をどうやったら嫌いになれるんだろう。

 「ナツーーッ、ニュースでやってたライオンのオバケ、アオちゃんを狙ってるって本当なのっ!?」

 そうこうしているうちにエミおばさんがオフロードカーに乗ってじいちゃん家までやって来た。
 ばあちゃんに頼んで連絡してもらったんだ。
 息咳切って走り寄って来るおばさんのシャツのポケットにはシャノンが頭だけ出している。
 どうやらじいちゃん家の周りに面識の無い隊員さんたちがいっぱいいるせいで得意の人見知りを遺憾なく発揮している様子だ。

 それでも僕とアオちゃんの姿を発見し、シャノンはうれしそうにこちらへ向かい手を振ってくれている。

 僕は手を振り替えしながらエミおばさんの質問に応える。

 「本当だよ。今キマイラ… エミおばさんの言うライオンのオバケをそう呼んでるんだけど、そのキマイラは空を飛んで後三時間程で来るそうなんだ」

 「空をっ!? 三時間っ!? 息子を呼んでる時間もないじゃないっ!」

 エミおばさんの息子さん? ああ、空軍の軍人さんなんだったっけ。けど、時間に余裕があっても他の国で起こった事件だから外国の軍人さんに出番は無さそうだけどね。

 とりあえず僕はエミおばさんにはシャノンも幻獣だから襲われる危険があること、だからここからじいちゃんたちと一緒に避難してもらうことを説明した。
 説明を聴いているうちにおばさんも落ち着いてきたみたいだ。

 「それでナツとアオちゃんはどうするの? 今のアンタの説明じゃカチコたちと私たちが避難って話だったけど、アンタたちがどうするのかが抜けてたわ」

 「…僕とアオちゃんはキマイラの囮になるんだよ。キマイラはアオちゃんを狙ってるんだから、僕たちが避難したらその避難場所に現れちゃうから」

 さすがはエミおばさん、説明せず内緒にしておこうと思ってた事まで突っ込んでしまうだなんて。ガッカリ美人なエミおばさんにそんな洞察力なんて求めていないよ。
 ガッカリ美人はガッカリ美人のままでいようよ。

 「ナツ、アンタね、アタシを残念キャラに仕立てようだなんて不埒な考えしてんじゃないわよ。アンタより十年長く生きてるんだからそれくらいは察するわよ。歳上舐めんじゃないわよ」

 十年? 僕より十年上ってまだ二十代チョットじゃん。そーゆーあからさまなサバを読むとこがガッカリのガッカリな所以なんだけどね。

 「うっさいわねっ。そうやっていちいち女性の年齢にツッコむとこがガキんちょなのよ。…まぁ、でも、表情は闘う男になってるわね。息子が入隊するってアタシと旦那ハズに告げた時と一緒の顔。うん、いいわ、いっちょぶちかまして来なさい。カチコとふたりでご馳走作って待ってるから、ちゃんと勝ってきなさいよ。いいわねっ!
 アオちゃんも気を付けるのよ。怪我なんてしたら承知しないんだからねっ!」

 「うん、ありがと」

 「キューッ!」

 エミおばさんが僕の顔を撫でてその後ギュっと抱き締めてくれた。次いでアオちゃんにも。

 「ナッちゃん、アオちゃん、お婆ちゃん心配で心配で胸が潰れそうだけど、無茶しないでねって言っても無駄なんでしょうね。なにしろあのお爺ちゃんの血を引いてるんだから」

 そうだね、ばあちゃん。僕が大切なヒトのために頑張れるのはきっとじいちゃんからの遺伝なんだと思う。そしてばあちゃんの孫だから僕はきっと怖くても逃げ出さない勇気が持てたんだ。

 「がんばってね」

 「うん」

 「キュー♪」

 ばあちゃんも僕とアオちゃんを抱き締めてくれた。

 「………」

 シャノンは泣きそうな顔で僕とアオちゃんを往復し、何度も僕らを抱き締める。

 「そんな心配しないで、エミおばさんと一緒に待っててくれればすぐに終らせてみせるよ」

 「キュッ、キュー!」

 シャノンは心配性だ。そんな彼女を僕とアオちゃんは何度も励ます。

 「シャノン、アンタがそんなだとナツもアオちゃんも不安になるじゃない。ふたりを激励しておやんなさい、友だちが待っててくれるって思えばそれが励みにもなるんだから」

 エミおばさんに言われシャノンはそのまぶたに溜まってた涙を拭いスッと僕に近づいた。
 そして僕の頬に小さなキスを。アオちゃんにもキスをする。

 「ありがとうシャノン、妖精のキスだ。きっと幸運が訪れる予感がするよ」

 シャノンはもじもじと恥ずかしそうだったけど、ニコッといい笑顔で応えてくれた。

 三人は隊員さんに促されエミおばさんが乗ってきたオフロードカーに乗り込む。シャノンはドアが閉まるまでずっと僕たちに手を振ってくれていた。

 「じいちゃん」

 じいちゃんは腕を組み僕らを無言で見下ろしている。

 僕はじいちゃんにこの戦い、キマイラとの戦闘に参加せずばあちゃんたちを守ってくれるようお願いをした。
 血の気が多いじいちゃんには不満が残る配置なんだろう。

 「じいちゃん、ばあちゃんたちと一緒に居て欲しいんだ。あっちだって危険が無い訳じゃないんだから闘えるヒトが居て欲しいんだ」

 「………………」

 僕の説得に無言を貫くじいちゃん。

 「ねぇ、じいちゃん。僕とアオちゃんにとってじいちゃんとばあちゃんは幸せの象徴なんだ。じいちゃんたちが無事でいてくれるなら僕たちはどんなに血と泥に塗れたって帰れる場所があるって信じて頑張れる。
 シャノンにはすぐに終らせるだなんて言ったけどさ、たぶんキマイラとの闘いはそんな簡単なモノじゃ済まないって感じてるんだ。
 じいちゃんと神社で見たキマイラ、あの恐ろしさは今でも鮮明に覚えてる、アレは相手を殺してそれを糧に生きる猛獣だ。確実に命のやり取りになる。
 けどじいちゃんたちが待っててくれるなら僕とアオちゃんは命懸けでそこに戻ろうって思えるから……」

 僕の拙い説得。命懸けってくだりでじいちゃんの鋭い視線は益々鋭さを増した。

 「…だからばあちゃんたちと…」

 「ナツ坊、アオ」

 僕の言葉を遮りじいちゃんは組んでいた腕をほどき僕の肩に手を置く。
 ズシリと重くゴツゴツとした堅い手のひらだ。
 僕はこのじいちゃんの太くて逞しく頼もしい手が大好きなんだ。

 「勝てよ」

 それだけを言いじいちゃんは身を翻しエミおばさんの車に乗り込んだ。

 「うん」

 僕はそんなじいちゃんの広い背中に頷きを返した。



 

 
 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

田舎生活 ~農業、海、山、そして異世界人!?~

蛍 伊織
ファンタジー
<第一部 完結しました。だけどこれからも続きます!>  (ようやくスローライフに入れる・・・) 「会社辞めます。」 30歳、雄太はサラリーマンをやめて祖母が農業をやっている田舎へとやって来た。 会社勤めはもうコリゴリだ。だけどお腹は空く。 食べるためには仕方がない。雄太はとある決心した。 『婆ちゃん、俺さ農業手伝うよ。』 ・・・ それから1年、いつものように収穫から帰るとあるはずの自分の家がなくなっていた。 代わりに建っていたのは見覚えのない西洋風の屋敷。 中から現れたのは3人の女の子と1人の執事だった。 <異世界の住人が田舎にやって来ました!> 面白い物好きの姫様(16)、男嫌いの女騎士(21)、魔法使いの女の子(12) が主人公・雄太(31)と現代世界を楽しく生きる物語。 たまに訪れる苦難にも力を合わせて立ち向かいます! ※カクヨムとなろうでも同時掲載中です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

夢魔のえっちなレッスン?【R18】

らいう
ファンタジー
普通に生きてた女性が今までとはよく似た別の世界へ行ってしまい…… ある時突然「夢魔とのハーフだから審査するよ」と色んなコトをされてしまう話 痛いことはなし、基本的に快楽責め あまり深く考えずお楽しみいただければ幸いです ### 6と7の間で一話抜けてましたごめんなさい😢 また編集します

処理中です...