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第一話
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「レインちゃん、一緒に遊ぼう。皆向こうで遊んでるよ」
幼少期、そう言った友達の顔には黒い靄がかかって見えた。
それは嘘をついているという証。
つまり彼女は私と一ミリも遊びたくはないのだ。
しかし、彼女の顔つきからはその気持ちは一切感じられない。
当たり前だ。
子供といえど、心中を表に出そうものなら、たちまちに除け者にされるか、最悪の場合にいはいじめの対象になってしまう。
私は読んでいた本に再び視線を戻す。
「ごめん、私、本読みたいから」
そう言うと、彼女はどことなくほっとしたような表情をする。
ほらね、やっぱり嘘ついてた。
彼女のように私も心の中だけで本音を言う。
除け者にされたくないし、いじめられたくもないから。
「そっか。残念。また誘うね」
やはりまだ彼女の顔にかかった靄は消えない。
もう誘わないつもりだろう。
「うん。ごめんね」
私は精一杯の笑顔を彼女に向けた。
胸の奥がキリキリと痛むが、そんなことはないのだと自分に言い聞かせる。
この力が発現したのは私がまだ六歳の時。
明らかな嘘をついていた姉を見た時が初めてだったと思う。
当時の私は酷く混乱し、姉の顔をタオルで拭こうとした。
両親も姉も私の行動に笑っていたが、誰一人信じてはいないようだった。
確かに六歳の子供が黒い靄が見えるなどと言って、誰が信じるだろう。
私もそうやって遊んでいた頃があったわ、と懐かしむのが関の山だ。
黒い靄を見る回数が増えていく毎に、私はそれが嘘をついている人の顔にかかっているものだと理解した。
そして頻繁に嘘をついている人の顔には常時靄がかかるのだと気づいた。
さすがに写真に靄がかかっているのを見た時は驚いたが……。
誰かに相談したかったが、家族が信じてくれないものを一体誰が信じてくれるというのか。
幼いながらも、私の心は孤独に走っていた。
それからはこの力と共に生きていく覚悟を決めた。
誰にも話さず、一人で背負っていくと誓った。
嘘についての言及も、もちろんしない。
そうして生きて、気づけば王立学園を卒業していた。
学園内は他の場所に比べ、特に黒い靄だらけだったので、卒業できたことが素直に嬉しかった。
「レイン。お前の婚約者が決まったよ」
「分かりました。相手はどなたでしょうか?」
父の顔には今まで一度も靄を見た事がない。
優しく聡明な人だ。
私を信じてはくれなかったけれど……。
父は一枚の写真を私に見せた。
そこには屈託のない笑顔の青年が写っていた。
「グランド公爵家の子息ロイ君だ。レインの一歳上らしい。とても素直で心優しい方だと聞いている」
「そう……ですか」
貴族社会では、自分の婚約者は親が決める。
私はそう教えられてきたし、それを不思議に思ったことはない。
しかしこの写真の男……ロイとの婚約は素直に応じたくはなかった。
「引き受けてくれるな?」
父の言葉に私は頷くしかない。
「はい……」
写真のロイの顔には、黒い靄がかかっていた。
幼少期、そう言った友達の顔には黒い靄がかかって見えた。
それは嘘をついているという証。
つまり彼女は私と一ミリも遊びたくはないのだ。
しかし、彼女の顔つきからはその気持ちは一切感じられない。
当たり前だ。
子供といえど、心中を表に出そうものなら、たちまちに除け者にされるか、最悪の場合にいはいじめの対象になってしまう。
私は読んでいた本に再び視線を戻す。
「ごめん、私、本読みたいから」
そう言うと、彼女はどことなくほっとしたような表情をする。
ほらね、やっぱり嘘ついてた。
彼女のように私も心の中だけで本音を言う。
除け者にされたくないし、いじめられたくもないから。
「そっか。残念。また誘うね」
やはりまだ彼女の顔にかかった靄は消えない。
もう誘わないつもりだろう。
「うん。ごめんね」
私は精一杯の笑顔を彼女に向けた。
胸の奥がキリキリと痛むが、そんなことはないのだと自分に言い聞かせる。
この力が発現したのは私がまだ六歳の時。
明らかな嘘をついていた姉を見た時が初めてだったと思う。
当時の私は酷く混乱し、姉の顔をタオルで拭こうとした。
両親も姉も私の行動に笑っていたが、誰一人信じてはいないようだった。
確かに六歳の子供が黒い靄が見えるなどと言って、誰が信じるだろう。
私もそうやって遊んでいた頃があったわ、と懐かしむのが関の山だ。
黒い靄を見る回数が増えていく毎に、私はそれが嘘をついている人の顔にかかっているものだと理解した。
そして頻繁に嘘をついている人の顔には常時靄がかかるのだと気づいた。
さすがに写真に靄がかかっているのを見た時は驚いたが……。
誰かに相談したかったが、家族が信じてくれないものを一体誰が信じてくれるというのか。
幼いながらも、私の心は孤独に走っていた。
それからはこの力と共に生きていく覚悟を決めた。
誰にも話さず、一人で背負っていくと誓った。
嘘についての言及も、もちろんしない。
そうして生きて、気づけば王立学園を卒業していた。
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「グランド公爵家の子息ロイ君だ。レインの一歳上らしい。とても素直で心優しい方だと聞いている」
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しかしこの写真の男……ロイとの婚約は素直に応じたくはなかった。
「引き受けてくれるな?」
父の言葉に私は頷くしかない。
「はい……」
写真のロイの顔には、黒い靄がかかっていた。
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