1 / 10
第一話
しおりを挟む
「レインちゃん、一緒に遊ぼう。皆向こうで遊んでるよ」
幼少期、そう言った友達の顔には黒い靄がかかって見えた。
それは嘘をついているという証。
つまり彼女は私と一ミリも遊びたくはないのだ。
しかし、彼女の顔つきからはその気持ちは一切感じられない。
当たり前だ。
子供といえど、心中を表に出そうものなら、たちまちに除け者にされるか、最悪の場合にいはいじめの対象になってしまう。
私は読んでいた本に再び視線を戻す。
「ごめん、私、本読みたいから」
そう言うと、彼女はどことなくほっとしたような表情をする。
ほらね、やっぱり嘘ついてた。
彼女のように私も心の中だけで本音を言う。
除け者にされたくないし、いじめられたくもないから。
「そっか。残念。また誘うね」
やはりまだ彼女の顔にかかった靄は消えない。
もう誘わないつもりだろう。
「うん。ごめんね」
私は精一杯の笑顔を彼女に向けた。
胸の奥がキリキリと痛むが、そんなことはないのだと自分に言い聞かせる。
この力が発現したのは私がまだ六歳の時。
明らかな嘘をついていた姉を見た時が初めてだったと思う。
当時の私は酷く混乱し、姉の顔をタオルで拭こうとした。
両親も姉も私の行動に笑っていたが、誰一人信じてはいないようだった。
確かに六歳の子供が黒い靄が見えるなどと言って、誰が信じるだろう。
私もそうやって遊んでいた頃があったわ、と懐かしむのが関の山だ。
黒い靄を見る回数が増えていく毎に、私はそれが嘘をついている人の顔にかかっているものだと理解した。
そして頻繁に嘘をついている人の顔には常時靄がかかるのだと気づいた。
さすがに写真に靄がかかっているのを見た時は驚いたが……。
誰かに相談したかったが、家族が信じてくれないものを一体誰が信じてくれるというのか。
幼いながらも、私の心は孤独に走っていた。
それからはこの力と共に生きていく覚悟を決めた。
誰にも話さず、一人で背負っていくと誓った。
嘘についての言及も、もちろんしない。
そうして生きて、気づけば王立学園を卒業していた。
学園内は他の場所に比べ、特に黒い靄だらけだったので、卒業できたことが素直に嬉しかった。
「レイン。お前の婚約者が決まったよ」
「分かりました。相手はどなたでしょうか?」
父の顔には今まで一度も靄を見た事がない。
優しく聡明な人だ。
私を信じてはくれなかったけれど……。
父は一枚の写真を私に見せた。
そこには屈託のない笑顔の青年が写っていた。
「グランド公爵家の子息ロイ君だ。レインの一歳上らしい。とても素直で心優しい方だと聞いている」
「そう……ですか」
貴族社会では、自分の婚約者は親が決める。
私はそう教えられてきたし、それを不思議に思ったことはない。
しかしこの写真の男……ロイとの婚約は素直に応じたくはなかった。
「引き受けてくれるな?」
父の言葉に私は頷くしかない。
「はい……」
写真のロイの顔には、黒い靄がかかっていた。
幼少期、そう言った友達の顔には黒い靄がかかって見えた。
それは嘘をついているという証。
つまり彼女は私と一ミリも遊びたくはないのだ。
しかし、彼女の顔つきからはその気持ちは一切感じられない。
当たり前だ。
子供といえど、心中を表に出そうものなら、たちまちに除け者にされるか、最悪の場合にいはいじめの対象になってしまう。
私は読んでいた本に再び視線を戻す。
「ごめん、私、本読みたいから」
そう言うと、彼女はどことなくほっとしたような表情をする。
ほらね、やっぱり嘘ついてた。
彼女のように私も心の中だけで本音を言う。
除け者にされたくないし、いじめられたくもないから。
「そっか。残念。また誘うね」
やはりまだ彼女の顔にかかった靄は消えない。
もう誘わないつもりだろう。
「うん。ごめんね」
私は精一杯の笑顔を彼女に向けた。
胸の奥がキリキリと痛むが、そんなことはないのだと自分に言い聞かせる。
この力が発現したのは私がまだ六歳の時。
明らかな嘘をついていた姉を見た時が初めてだったと思う。
当時の私は酷く混乱し、姉の顔をタオルで拭こうとした。
両親も姉も私の行動に笑っていたが、誰一人信じてはいないようだった。
確かに六歳の子供が黒い靄が見えるなどと言って、誰が信じるだろう。
私もそうやって遊んでいた頃があったわ、と懐かしむのが関の山だ。
黒い靄を見る回数が増えていく毎に、私はそれが嘘をついている人の顔にかかっているものだと理解した。
そして頻繁に嘘をついている人の顔には常時靄がかかるのだと気づいた。
さすがに写真に靄がかかっているのを見た時は驚いたが……。
誰かに相談したかったが、家族が信じてくれないものを一体誰が信じてくれるというのか。
幼いながらも、私の心は孤独に走っていた。
それからはこの力と共に生きていく覚悟を決めた。
誰にも話さず、一人で背負っていくと誓った。
嘘についての言及も、もちろんしない。
そうして生きて、気づけば王立学園を卒業していた。
学園内は他の場所に比べ、特に黒い靄だらけだったので、卒業できたことが素直に嬉しかった。
「レイン。お前の婚約者が決まったよ」
「分かりました。相手はどなたでしょうか?」
父の顔には今まで一度も靄を見た事がない。
優しく聡明な人だ。
私を信じてはくれなかったけれど……。
父は一枚の写真を私に見せた。
そこには屈託のない笑顔の青年が写っていた。
「グランド公爵家の子息ロイ君だ。レインの一歳上らしい。とても素直で心優しい方だと聞いている」
「そう……ですか」
貴族社会では、自分の婚約者は親が決める。
私はそう教えられてきたし、それを不思議に思ったことはない。
しかしこの写真の男……ロイとの婚約は素直に応じたくはなかった。
「引き受けてくれるな?」
父の言葉に私は頷くしかない。
「はい……」
写真のロイの顔には、黒い靄がかかっていた。
272
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
あめふりバス停の優しい傘
朱宮あめ
青春
雨のバス停。
蛙の鳴き声と、
雨音の中、
私たちは出会った。
――ねぇ、『同盟』組まない?
〝傘〟を持たない私たちは、
いつも〝ずぶ濡れ〟。
私はあなたの〝傘〟になりたい――。
【あらすじ】
自身の生い立ちが原因で周囲と距離を置く高校一年生のしずくは、六月のバス停で同じ制服の女生徒に出会う。
しずくにまったく興味を示さない女生徒は、
いつも空き教室から遠くを眺めている不思議なひと。
彼女は、
『雪女センパイ』と噂される三年生だった。
ひとりぼっち同士のふたりは
『同盟』を組み、
友達でも、家族でも恋人でもない、
奇妙で特別な、
唯一無二の存在となってゆく。
婚約破棄の罪の行方 罪を償うべきはあなたです…………あ、いや、こっちの罪は償わないでください!
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄を宣言したリチャード王太子殿下。それは誰にとっても寝耳に水な話で、そんな予兆はどこにもなかった。リチャード王太子殿下が婚約破棄に踏み切った理由と、さらにその奥に隠された秘密とは?
n番煎じの聖女が出てくる婚約破棄物です。なるべくn番煎じにならないようにしたつもりなのですが…………。気軽に読んでみて下さい!
さようしからばこれにてごめん 愚かな貴方達とは、もう会いたくありません!
白雪なこ
恋愛
辺境から王都まで旅をしてきた少女は、王都にある「学園記念サロン」で大事な人の到着を待っていた。遠方からのその待ち人がなかなか来ない中、毎日毎日変なカップルに絡まれ続けることになるのだが。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について
黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる