2 / 20
第二話
しおりを挟む
「ウィリアム様……!」
使用人の一人が僕の元へ駈け込んでくると、そっと耳打ちをした。
それを聞いて僕は文字通り顔面蒼白となる。
「なんだって……い、行かなきゃ……」
「こちらです!」
使用人の後を追い披露宴会場を後にする。
少し薄暗い廊下を一目散に駆けていくと、壁に突き当たる。
「こっちです!!」
そう言って右を差した使用人の指の先を目で追う。
そこに倒れている人物を見て、僕は叫びをあげた。
「シャ、シャーロットォォ!!!!」
彼女は頭から大量の血を流しうつ伏せに倒れていた。
女性の医師が彼女の生存を必死に確認するも、息を吹き返す様子もない。
僕はそっと彼女の横にひざまずくと、医師に問いかけた。
「彼女は……シャーロットは……助かるんですよね?」
「そ、それは……」
言いにくそうに医師が顔を伏せる。
「え?た、助かる……よな?そうだよな!?」
縋るように言葉を紡ぐも、医師はただ俯き首を横に振るだけだった。
途端に僕の両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そんな……そんなことって……なんで……シャーロットが……ううっ……くっ……」
次から次へと涙が溢れてきて止まらなかった。
目を乱雑に手で拭くも、心は全く落ち着く気がしなかった。
シャーロットの死……それは僕を絶望に叩き落とすのには十分なものだった。
「力及ばす、申し訳ありません……」
医師が僕に向かって頭を下げる。
それを止める者などどこにもいなかった。
事態を聞きつけ集まった使用人達も含め、皆がその場に凍り付いたように固まっていたのだ。
しかし救いの手が差し伸べられるように、僕の肩に何かが触れた。
それはそっと僕の肩を掴むと、優しく包み込んだ。
「ウィリアム……大丈夫?」
透き通るように綺麗な……しかしどこか悲し気な声。
香りの良い髪が僕のうなじに触れた。
ゆっくりと振り返ると、そこには幼馴染のエレノアがいた。
「エレノア……どうして……」
僕が涙で腫れた目を向けると、彼女は静かに言った。
「あなたが会場を急いで出て行く姿が見えたから、ここまで追ってきたの……でも、まさかこんなことになっているなんて……」
エレノアはシャーロットの方へ顔を向けると、手を合わせた。
「シャーロット……ご冥福をお祈りします……」
絶望の最中見た彼女の姿は、まるで女神のようだった。
美しく艶のある金色の髪に、黄金に輝く瞳。
その場にいた全員が、彼女に目が釘付けになる。
そのままエレノアはしばらく黙祷を続けたが、やがてゆっくりと手を離すと、再び僕に視線を移した。
「ウィリアム……こんな所じゃシャーロットが可哀そう……場所を移して差し上げたら?」
「ああ……そうだな……」
茫然とした様子で頷くと、シャーロットの遺体を移すように使用人に命令する。
傍にあった救急用の担架でシャーロットがどんどんと遠くなっていく。
周りにいた使用人もそれについて行ってしまい、廊下には僕とエレノアだけとなる。
「あっ……」
慌てて手を伸ばすも、シャーロットを乗せた担架はどんどん先へ行ってしまう。
僕は諦めたように下を向いた。
しかし、伸ばした手をエレノアがきゅっと握った。
「エレ……ノア?」
驚いた顔をエレノアに向けると、彼女はただ涙を流していた。
「どうしたんだい?エレノア?」
僕が問いかけると、涙で潤んだ目で彼女は僕の瞳をしっかりと見つめて言った。
「シャーロットのために泣いてくれる人はいる……でも、あなたのために泣いてくれる人はいる?」
「え?」
「ごめんなさい……悲しそうなウィリアムを見ていたらもう我慢できなくて……私が……ウィリアムのために泣いてもいいかな?」
「うん……」
止まりかけていた涙が再び僕の目からこぼれ落ちた。
「ふふっ……まだ泣いてるの?こんな所じゃ皆に見られちゃうよ?」
そう言うとエレノアは僕の手を引いた。
「久しぶりにウィリアムの部屋、行ってもいい?そこで……いっぱい泣こ?」
「うん……」
僕は母親に手を引かれる子供のようにエレノアに手を引かれ、気づいたら自室にいた。
ガチャリと扉が閉まった瞬間、エレノアが僕をそっと抱きしめる。
「大丈夫だからねウィリアム……悲しい気持ちも……辛い気持ちも……全部私が受け止めてあげるから……」
暗く沈んだ心が温かいもので満たされる感覚だった。
不安や悲しみが安心へと変化していく。
「エレノア……」
僕はそう言って、エレノアの体をきつく抱きしめた。
「ウィリアム……いいよ、私が……あなたを助けてあげるから……今日だけは全部忘れて……」
エレノアの吐息が耳にかかり、次いでそっと頬にキスをされた。
「え?」
と、その時、どこからか強い罪悪感を感じ、エレノアの体をばっと離す。
彼女はキョトンとした様子で僕を見つめていた。
「エレノア……ごめん、僕……」
靄が晴れたように視界が広がる。
シャーロットとの写真が視界の隅にちらついた。
エレノアはそんな僕を見てそっと一歩近づいてきたが、反対に僕は一歩退く。
「ごめんエレノア……もう少しで僕は……してはいけないことをしてしまう所だった……とりあえず会場に戻ろう……僕とシャーロットがいないから、きっと皆困惑してるはず……さあ行こう……」
僕はエレノアに背を向けると扉を開ける。
「そうね……」
エレノアはそう言うと僕の後ろに続いた。
「チッ……」
「……ん?何か言ったかい?」
「ううん、何も……」
エレノアが部屋から出たのを確認すると、僕は静かに扉を閉めた……
使用人の一人が僕の元へ駈け込んでくると、そっと耳打ちをした。
それを聞いて僕は文字通り顔面蒼白となる。
「なんだって……い、行かなきゃ……」
「こちらです!」
使用人の後を追い披露宴会場を後にする。
少し薄暗い廊下を一目散に駆けていくと、壁に突き当たる。
「こっちです!!」
そう言って右を差した使用人の指の先を目で追う。
そこに倒れている人物を見て、僕は叫びをあげた。
「シャ、シャーロットォォ!!!!」
彼女は頭から大量の血を流しうつ伏せに倒れていた。
女性の医師が彼女の生存を必死に確認するも、息を吹き返す様子もない。
僕はそっと彼女の横にひざまずくと、医師に問いかけた。
「彼女は……シャーロットは……助かるんですよね?」
「そ、それは……」
言いにくそうに医師が顔を伏せる。
「え?た、助かる……よな?そうだよな!?」
縋るように言葉を紡ぐも、医師はただ俯き首を横に振るだけだった。
途端に僕の両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そんな……そんなことって……なんで……シャーロットが……ううっ……くっ……」
次から次へと涙が溢れてきて止まらなかった。
目を乱雑に手で拭くも、心は全く落ち着く気がしなかった。
シャーロットの死……それは僕を絶望に叩き落とすのには十分なものだった。
「力及ばす、申し訳ありません……」
医師が僕に向かって頭を下げる。
それを止める者などどこにもいなかった。
事態を聞きつけ集まった使用人達も含め、皆がその場に凍り付いたように固まっていたのだ。
しかし救いの手が差し伸べられるように、僕の肩に何かが触れた。
それはそっと僕の肩を掴むと、優しく包み込んだ。
「ウィリアム……大丈夫?」
透き通るように綺麗な……しかしどこか悲し気な声。
香りの良い髪が僕のうなじに触れた。
ゆっくりと振り返ると、そこには幼馴染のエレノアがいた。
「エレノア……どうして……」
僕が涙で腫れた目を向けると、彼女は静かに言った。
「あなたが会場を急いで出て行く姿が見えたから、ここまで追ってきたの……でも、まさかこんなことになっているなんて……」
エレノアはシャーロットの方へ顔を向けると、手を合わせた。
「シャーロット……ご冥福をお祈りします……」
絶望の最中見た彼女の姿は、まるで女神のようだった。
美しく艶のある金色の髪に、黄金に輝く瞳。
その場にいた全員が、彼女に目が釘付けになる。
そのままエレノアはしばらく黙祷を続けたが、やがてゆっくりと手を離すと、再び僕に視線を移した。
「ウィリアム……こんな所じゃシャーロットが可哀そう……場所を移して差し上げたら?」
「ああ……そうだな……」
茫然とした様子で頷くと、シャーロットの遺体を移すように使用人に命令する。
傍にあった救急用の担架でシャーロットがどんどんと遠くなっていく。
周りにいた使用人もそれについて行ってしまい、廊下には僕とエレノアだけとなる。
「あっ……」
慌てて手を伸ばすも、シャーロットを乗せた担架はどんどん先へ行ってしまう。
僕は諦めたように下を向いた。
しかし、伸ばした手をエレノアがきゅっと握った。
「エレ……ノア?」
驚いた顔をエレノアに向けると、彼女はただ涙を流していた。
「どうしたんだい?エレノア?」
僕が問いかけると、涙で潤んだ目で彼女は僕の瞳をしっかりと見つめて言った。
「シャーロットのために泣いてくれる人はいる……でも、あなたのために泣いてくれる人はいる?」
「え?」
「ごめんなさい……悲しそうなウィリアムを見ていたらもう我慢できなくて……私が……ウィリアムのために泣いてもいいかな?」
「うん……」
止まりかけていた涙が再び僕の目からこぼれ落ちた。
「ふふっ……まだ泣いてるの?こんな所じゃ皆に見られちゃうよ?」
そう言うとエレノアは僕の手を引いた。
「久しぶりにウィリアムの部屋、行ってもいい?そこで……いっぱい泣こ?」
「うん……」
僕は母親に手を引かれる子供のようにエレノアに手を引かれ、気づいたら自室にいた。
ガチャリと扉が閉まった瞬間、エレノアが僕をそっと抱きしめる。
「大丈夫だからねウィリアム……悲しい気持ちも……辛い気持ちも……全部私が受け止めてあげるから……」
暗く沈んだ心が温かいもので満たされる感覚だった。
不安や悲しみが安心へと変化していく。
「エレノア……」
僕はそう言って、エレノアの体をきつく抱きしめた。
「ウィリアム……いいよ、私が……あなたを助けてあげるから……今日だけは全部忘れて……」
エレノアの吐息が耳にかかり、次いでそっと頬にキスをされた。
「え?」
と、その時、どこからか強い罪悪感を感じ、エレノアの体をばっと離す。
彼女はキョトンとした様子で僕を見つめていた。
「エレノア……ごめん、僕……」
靄が晴れたように視界が広がる。
シャーロットとの写真が視界の隅にちらついた。
エレノアはそんな僕を見てそっと一歩近づいてきたが、反対に僕は一歩退く。
「ごめんエレノア……もう少しで僕は……してはいけないことをしてしまう所だった……とりあえず会場に戻ろう……僕とシャーロットがいないから、きっと皆困惑してるはず……さあ行こう……」
僕はエレノアに背を向けると扉を開ける。
「そうね……」
エレノアはそう言うと僕の後ろに続いた。
「チッ……」
「……ん?何か言ったかい?」
「ううん、何も……」
エレノアが部屋から出たのを確認すると、僕は静かに扉を閉めた……
114
お気に入りに追加
371
あなたにおすすめの小説
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
【完結】初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
完結 振り向いてくれない彼を諦め距離を置いたら、それは困ると言う。
音爽(ネソウ)
恋愛
好きな人ができた、だけど相手は振り向いてくれそうもない。
どうやら彼は他人に無関心らしく、どんなに彼女が尽くしても良い反応は返らない。
仕方なく諦めて離れたら怒りだし泣いて縋ってきた。
「キミがいないと色々困る」自己中が過ぎる男に彼女は……
(完)あなたの瞳に私は映っていなかったー妹に騙されていた私
青空一夏
恋愛
私には一歳年下の妹がいる。彼女はとても男性にもてた。容姿は私とさほど変わらないのに、自分を可愛く引き立てるのが上手なのよ。お洒落をするのが大好きで身を飾りたてては、男性に流し目をおくるような子だった。
妹は男爵家に嫁ぎ玉の輿にのった。私も画廊を経営する男性と結婚する。私達姉妹はお互いの結婚を機に仲良くなっていく。ところがある日、夫と妹の会話が聞こえた。その会話は・・・・・・
これは妹と夫に裏切られたヒロインの物語。貴族のいる異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。
※表紙は青空作成AIイラストです。ヒロインのマリアンです。
※ショートショートから短編に変えました。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる