9 / 15
第九話
しおりを挟む
公爵は息をはくと、小さな声で話し始めた。
「この前の突然の婚約破棄。本当にすまなかった。改めて謝るよ」
そう言って頭を下げる公爵に、父は首を横に振る。
「いや、気にしないでくれ。俺も子供を持つ父親だ、気持ちは分かる」
しかし父の言葉に公爵は首を振る。
「そうじゃないんだ……実は、あの婚約破棄は……私の意志で宣言したものではないのだ」
「……どういうことだ?」
父は疑うような目で彼を見る。
「……あれは……脅されてやったことなんだ。ルザベラとレオンの婚約を破棄しろと言われて、それで仕方なくしたことなんだ!」
公爵は必死の形相で言う。
「……何だと?それは本当なのか?」
父の目が険しく光る。
「もちろんだ!信じてくれ!」
「そうか……」
父はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「分かった……。お前を信じるとしよう。だが……お前は一体誰に脅されたんだ?」
「そ、それは言えない……」
質問に公爵は口をつぐんでしまう。
「アンデルセン……俺はお前のことを信用しているし、何か落ち度があったからといって縁を切ったりはしない。頼む、全て話してはくれないだろうか?」
父が心の籠った声でそう言うと、公爵は少しの間の後に呟いた。
「アリス……」
「え?」
「私を脅し婚約破棄を命令した女性の名は……アリスだ」
「なっ……」
その名前を聞いた瞬間、父の表情が凍りつく。
「お父様、アリスって……まさか……」
茫然とした様子の父の代わりに公爵が口を開く。
「アリスから事情は聞いているよ……彼女はお前の娘なんだろう?」
「ああ……アンデルセン……すまない、俺の娘が本当に……」
父が申し訳なさそうに言う。
「いいや……私の方が悪いんだよ。私があんなことをしてしまったから……」
「あんなこと?」
「ああ……私は……会社の金を……金を横領してしまったんだ……」
「なっ……」
父の顔が青ざめる。
それを見た公爵は、慌てて弁明する。
「違うんだ!別に盗もうとしたわけじゃない……ただ……どうしても金が必要になって……それで……仕方なく……」
「……だが罪を犯したことに違いはないのだろう?」
父はきっぱりとそう言い放つ。
「ああ……その通りだ……結局それがアリスに知られてしまい、脅されてしまった……」
父は深くため息をつくと、言葉を選ぶようにゆっくりと話した。
「……アンデルセン、お前はこれからどうするつもりだ?」
「……分からない。とにかく今は……罪を償うことしか考えていない。全て公表するつもりだ……」
「そうか……」
それから二人はしばらく沈黙していたが、公爵はおもむろに立ち上がると「それじゃあ私はこれで」と言い、帰っていった。
……その後ろ姿を父は複雑な表情で見つめていたのだった。
後日、アンデルセン公爵が横領の容疑で逮捕された。
どうやらあの話は本当だったらしい。
新聞によると、公爵は会社の金をギャンブルに使っていたとのこと。
きっとそのギャンブル場かどこかでアリスにでも見つかったのだろう。
しかし新聞のどこにもアリスの名前はなかった……。
「あの……お父様、アリスお姉さまの名前はどうして載っていないのでしょうか?」
朝食の席でパンを切りながら私が父に尋ねる。
「さあ……そこまでは分からん。だが、もしかしたらアンデルセンが黙っていたのかもしれない。あいつは根は優しいやつだからな……」
「……そうですか」
私にはその言葉の意味がよく分からなかったが、とりあえず納得することにした。
「この前の突然の婚約破棄。本当にすまなかった。改めて謝るよ」
そう言って頭を下げる公爵に、父は首を横に振る。
「いや、気にしないでくれ。俺も子供を持つ父親だ、気持ちは分かる」
しかし父の言葉に公爵は首を振る。
「そうじゃないんだ……実は、あの婚約破棄は……私の意志で宣言したものではないのだ」
「……どういうことだ?」
父は疑うような目で彼を見る。
「……あれは……脅されてやったことなんだ。ルザベラとレオンの婚約を破棄しろと言われて、それで仕方なくしたことなんだ!」
公爵は必死の形相で言う。
「……何だと?それは本当なのか?」
父の目が険しく光る。
「もちろんだ!信じてくれ!」
「そうか……」
父はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「分かった……。お前を信じるとしよう。だが……お前は一体誰に脅されたんだ?」
「そ、それは言えない……」
質問に公爵は口をつぐんでしまう。
「アンデルセン……俺はお前のことを信用しているし、何か落ち度があったからといって縁を切ったりはしない。頼む、全て話してはくれないだろうか?」
父が心の籠った声でそう言うと、公爵は少しの間の後に呟いた。
「アリス……」
「え?」
「私を脅し婚約破棄を命令した女性の名は……アリスだ」
「なっ……」
その名前を聞いた瞬間、父の表情が凍りつく。
「お父様、アリスって……まさか……」
茫然とした様子の父の代わりに公爵が口を開く。
「アリスから事情は聞いているよ……彼女はお前の娘なんだろう?」
「ああ……アンデルセン……すまない、俺の娘が本当に……」
父が申し訳なさそうに言う。
「いいや……私の方が悪いんだよ。私があんなことをしてしまったから……」
「あんなこと?」
「ああ……私は……会社の金を……金を横領してしまったんだ……」
「なっ……」
父の顔が青ざめる。
それを見た公爵は、慌てて弁明する。
「違うんだ!別に盗もうとしたわけじゃない……ただ……どうしても金が必要になって……それで……仕方なく……」
「……だが罪を犯したことに違いはないのだろう?」
父はきっぱりとそう言い放つ。
「ああ……その通りだ……結局それがアリスに知られてしまい、脅されてしまった……」
父は深くため息をつくと、言葉を選ぶようにゆっくりと話した。
「……アンデルセン、お前はこれからどうするつもりだ?」
「……分からない。とにかく今は……罪を償うことしか考えていない。全て公表するつもりだ……」
「そうか……」
それから二人はしばらく沈黙していたが、公爵はおもむろに立ち上がると「それじゃあ私はこれで」と言い、帰っていった。
……その後ろ姿を父は複雑な表情で見つめていたのだった。
後日、アンデルセン公爵が横領の容疑で逮捕された。
どうやらあの話は本当だったらしい。
新聞によると、公爵は会社の金をギャンブルに使っていたとのこと。
きっとそのギャンブル場かどこかでアリスにでも見つかったのだろう。
しかし新聞のどこにもアリスの名前はなかった……。
「あの……お父様、アリスお姉さまの名前はどうして載っていないのでしょうか?」
朝食の席でパンを切りながら私が父に尋ねる。
「さあ……そこまでは分からん。だが、もしかしたらアンデルセンが黙っていたのかもしれない。あいつは根は優しいやつだからな……」
「……そうですか」
私にはその言葉の意味がよく分からなかったが、とりあえず納得することにした。
221
お気に入りに追加
315
あなたにおすすめの小説
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
殿下の御心のままに。
cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。
アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。
「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。
激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。
身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。
その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。
「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」
ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。
※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。
※シリアスな話っぽいですが気のせいです。
※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください
(基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません)
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。
どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。
だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。
短編。全6話。
※女性たちの心情描写はありません。
彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう?
と、考えていただくようなお話になっております。
※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。
(投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております)
※1/14 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
【全4話】私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。私は醜いから相応しくないんだそうです
リオール
恋愛
私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。
私は醜いから相応しくないんだそうです。
お姉様は醜いから全て私が貰うわね。
そう言って妹は──
※全4話
あっさりスッキリ短いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる