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第五話
しおりを挟む「じゃあな、愛してるランジュ」
ランジュの家を出た僕は、馬車に乗りこんだ。
口の堅い御者に次の行き先を告げる。
御者は怯えた表情で頷いた。
そして馬車はゆっくりと動き出す。
「ふふっ……馬鹿なやつ……」
御者は絶対に僕には逆らえない。
なぜなら彼の息子の不祥事を僕が隠蔽してあげた恩があるから。
もし僕の秘密をばらせば、彼の息子の不祥事も皆が知ることになる……そう脅しているのだ。
……数分後、貴族の屋敷の前で馬車が停車した。
僕は馬車から降りると、門番に言う。
「ユリスだ。彼から話は聞いていると思うけど、入っていいかな?」
門番の鋭い視線が僕に突き刺さる。
しかし一拍置いて、彼は朗らかな笑顔に変わった。
「ええ、もちろん聞いていますよ。ユリス様。どうぞお入りください」
彼の言葉の後、大きな音を立てて門が開かれた。
「ありがとう」
僕は門番に軽く頭を下げると、家の中へと入っていった。
……応接間に入ると、既に彼はそこにいた。
ソファーに座ってお菓子を頬張っている。
向かいに僕が座ると、彼は慌てたようにお菓子を皿に置いた。
「ははっ、そんなに慌てることないじゃないか。毎週会ってるだろ?」
「そ、そうですが……」
彼は苦笑しながら僕の様子を伺っているようだった。
おそらく職業病なのだろう。
特に僕のポケットを見ている。
あぁ、そうか。
「一応予備も渡しておいたはずだが……まさかもう使ってしまったのか?」
少し大げさにそう言うと、彼は「ごめんなさい」と手を合わせた。
「その……色々悩んでしまって……もうどうしようもなくて……後で困るのは分かっていたんですが……」
「そうか。君も苦しかったんだな」
僕は優しい口調で彼を肯定してあげる。
こういうやつの扱い方は十分承知している。
自分の都合の良い風にコントロールする術も理解している。
「ほら、追加の品だ……」
僕はポケットから紙袋に包まれたクッキーを取り出した。
それを彼の手の上にゆっくりと乗せる。
「あぁ……ユリスさん……ありがとうございます……うぅ……」
彼は感情が高ぶりすぎたのか泣き始めた。
貴族らしからぬ無様な姿に声を上げそうになったが、ぐっと堪える。
「いいんだよ。困った時はお互い様じゃないか。な?」
僕が目を大きく開くと、彼は「あぁ」と言って金貨が入った袋を机の上に置いた。
金貨の擦れる音が耳に心地よい。
僕はそれを手に取ると、立ち上がった。
「また来週に来るよ。ちゃんと大事に使うんだよ……ローラン」
「はい……もちろんです……へへへっ」
僕が渡したクッキーを恍惚とした表情で見つめながら、ローランは不気味に笑った。
ランジュの家を出た僕は、馬車に乗りこんだ。
口の堅い御者に次の行き先を告げる。
御者は怯えた表情で頷いた。
そして馬車はゆっくりと動き出す。
「ふふっ……馬鹿なやつ……」
御者は絶対に僕には逆らえない。
なぜなら彼の息子の不祥事を僕が隠蔽してあげた恩があるから。
もし僕の秘密をばらせば、彼の息子の不祥事も皆が知ることになる……そう脅しているのだ。
……数分後、貴族の屋敷の前で馬車が停車した。
僕は馬車から降りると、門番に言う。
「ユリスだ。彼から話は聞いていると思うけど、入っていいかな?」
門番の鋭い視線が僕に突き刺さる。
しかし一拍置いて、彼は朗らかな笑顔に変わった。
「ええ、もちろん聞いていますよ。ユリス様。どうぞお入りください」
彼の言葉の後、大きな音を立てて門が開かれた。
「ありがとう」
僕は門番に軽く頭を下げると、家の中へと入っていった。
……応接間に入ると、既に彼はそこにいた。
ソファーに座ってお菓子を頬張っている。
向かいに僕が座ると、彼は慌てたようにお菓子を皿に置いた。
「ははっ、そんなに慌てることないじゃないか。毎週会ってるだろ?」
「そ、そうですが……」
彼は苦笑しながら僕の様子を伺っているようだった。
おそらく職業病なのだろう。
特に僕のポケットを見ている。
あぁ、そうか。
「一応予備も渡しておいたはずだが……まさかもう使ってしまったのか?」
少し大げさにそう言うと、彼は「ごめんなさい」と手を合わせた。
「その……色々悩んでしまって……もうどうしようもなくて……後で困るのは分かっていたんですが……」
「そうか。君も苦しかったんだな」
僕は優しい口調で彼を肯定してあげる。
こういうやつの扱い方は十分承知している。
自分の都合の良い風にコントロールする術も理解している。
「ほら、追加の品だ……」
僕はポケットから紙袋に包まれたクッキーを取り出した。
それを彼の手の上にゆっくりと乗せる。
「あぁ……ユリスさん……ありがとうございます……うぅ……」
彼は感情が高ぶりすぎたのか泣き始めた。
貴族らしからぬ無様な姿に声を上げそうになったが、ぐっと堪える。
「いいんだよ。困った時はお互い様じゃないか。な?」
僕が目を大きく開くと、彼は「あぁ」と言って金貨が入った袋を机の上に置いた。
金貨の擦れる音が耳に心地よい。
僕はそれを手に取ると、立ち上がった。
「また来週に来るよ。ちゃんと大事に使うんだよ……ローラン」
「はい……もちろんです……へへへっ」
僕が渡したクッキーを恍惚とした表情で見つめながら、ローランは不気味に笑った。
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