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第十七章 首都ウォルデン Walden

第17-2話「ラー姉」

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「おい、見ろ! 救世主様のお帰りだ!」

 山積みの丸太の薪割りを止め、獣人たちが集まる。
 早苗が周囲を見渡すと、街はかなり形になってきた。
 川の付近を見るが――

「アークライド式のリネン工場、完成したのか」
「坊主、戻ったのか」

 ギガが近づき、嬉々として報告してくる。

「設計図どおりに作っておいたぜ!」
「よし」

 ギガとその、新しい建築物に向かった。
 大きな川に接触した巨大な水車が、休むことなく回り続けている。

「坊主が精密に描いた、設計図通りのハズだが」
「素晴らしい。今日中にテストし、繊維生産をはじめよう」

 今後は水力と飛び杼が、ほぼすべての繊維作業をする。
 18世紀末の、繊維産業のはじまりだ。
 もう人々は、手で糸を巻く必要がなくなる。

「ラルク。今後、獣人の女性たちには、この工場に集まり、僕が指定したものを作ってほしい」
「閣下。あのを叶えるものを作るのですね……」

 と――
 ララに支えられながら、ラーサがぜいぜいとやってくる。

「はぁ、はぁ……もう無理! 2年ぶりにこんなに歩いた」
「……おい、坊主。この頼りなさそうなエルフは?」
「優秀なエルフだよ」

 と、そのエルフが足を震わせながら近寄る。

「あ、あの、王子……お手洗いはどこの茂みで?」
「すこし待って。そこのバイオトイレを確認する」

 言って、エルフの森にいる間に完成した、公衆トイレに向かう。
 ついてきたラーサはハッとした。

「全然臭くない! もしかして帝都にあるって聞いた、下水!? デミニアン共和国はもうそこまで発展して……」
「違う、その時間はなかった」

 もうじき戦争だ。
 川の下流まで、穴を掘る時間なんてない。

「使い終わったら灰の粉を入れて、防臭剤にしているんだ」

 そして、注意しながらガス栓を捻った。
 ライターを近づけると、火が継続的に燃え続ける。

「ひええええ!? 下水より全然進んでる!?」
「コンポストトイレ(バイオトイレ)は、比較的新しい概念だからね……」

 前の世界でも、下水が無い途上国で活用されていた。

「……王子、本物だね。神に見捨てられた、あたしたち亜人が、人間のように自由に火を」
「うん。きっと神さまが、早苗さまをこの世界につかわしたんだヨ」

 あはは、とやつれたように、笑うラーサを見る。

「ラーサ、君のスケッチの一つに面白いのがあった」
「え?」
「弓に滑車をつけたものだ」

 あー、とラーサが頷く。

「あたし、力がないから、使える弓はないかなって……」
「あれは化合弓(コンパウンドボウ)という、20世紀に登場する弓に似ている」

 もちろん、登場した年代から、戦争ではなくスポーツに使われていたが。
 大事なのは、ラーサが力学を理解し、天才的な発想力を持つ、ということ。

「君には化学を手伝ってもらいたい。いいかい? 今は武器開発だが、いずれ君が思い描いているような、物を生み出すことに繋がる」
「あっ! ……はい、よろこんで!」

 嬉しそうに、笑顔で噛みしめるラーサ。

「えっと、具体的にあたしは、なにを手伝えば?」
「これから僕は……」

 早苗は、冷たく続けた。

「……ニトロセルロースを作る」

 13世紀に、武器として使われた黒煙火薬を飛ばし――
 一気に19世紀の、無色火薬(ニトロセルロース)にいく。

「……作り方は、硫酸+セルロース+硝酸」
 硫酸はもうある。セルロースはコットンでいける。
 あとはドワーフたちから買い取った、土から「硝酸」を摘出し、調合する。

「……その後は、ギガたちが作っている銃身でのテスト」

 これをあと2日で終わらせる。正直ギリギリだ。
 もし間に合わなければ、ここにいる全員が殺されるか、奴隷落ちに……
 失敗は許されなかった。


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