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第三章 中世ヨーロッパ The Middle Age
第3-1話「微弱性」
しおりを挟む「早苗さま。起きテ……」
フードを被ったララに、毛布越しに体をゆすられる。
昨晩はベッドの下をネズミがひっかいていて、眠れなかった。
小さな窓の向こうから、鐘の音が聞こえる。
「早苗さま。またうなされてタ……」
「……腹が痛いんだ」
昨日のフィーストの水に、やられたのだろう。
「……それよりこの鐘は?」
「晩課の鐘。人間の信者たちが、世界樹にお祈りをすル」
「エアルドネルの宗教、マナ教だったか」
早苗は起き上がる。
「手はもう大丈夫?」
「うン……」
「そうか。信じてくれてありがとう」
そこで手を胸に当てたララが、微笑んだ。
「ううん。早苗さまが凄くいい人だって、わかるから、心配してなイ」
そうか、と言って早苗はマントを羽織る。反応しづらい。
そして着替えると、1階の謁見の間に向かった。
◇
『HEY、サナエ。みんなもう揃ってるぜ』
嬉々とするマックスの隣まで歩き、辺りを見渡す。
広い謁見の間だ。なのに、転生者たちと、複数の貴族しかいない。
と、重いドアが開いた。
国王らしき中年の男性と、昨日の王妃と5歳の王子。その3人が入る。
『オズゴッド・フリスウィッズ陛下の御前である!』
今のは大臣の声。
早苗たちは膝をつき名乗ると、王はマックスを見定めた。
『勇者マックス、そなたは既に魔術に覚醒したと聞いた。聖痕を見せよ』
『ハイ』
数歩前に出ると、マックスは膝をついて手のひらを出す。
『王国3人目のAランクで間違いない』
オオオオ、と周囲から喝采の声。
まて、3人目?
『次! 勇者サナエ。聖痕を見せよ』
大臣に言われると、あからさまに視線が集まる。
行くしか、ないのだろう。階段を上がる。
(……もしここで)
聖痕がない手を見せたら、どうなる?
この場で殺される? 予想ができない。
ゆっくりと手を開く。そこには……
指先ほどの、丸い聖痕があった。
『――――――ッ!?』
見ていたのか、カーミットから声にならない悲鳴。
『魔術に目覚めれば、Bランクになるだろう』
『ありがとうございます、陛下』
次にララが呼ばれ、少女は手袋をずらした。
『Cランクだ』
ララは一礼し、早苗の隣に戻る。
見ると足は、小刻みに震えていた。
『次に、勇者ココナ』
『大臣。彼女には不要です』
そう止めたのは王妃だ。
国王が最後に言葉を残す。
『勇者マックスには、帝国との戦いに参加してもらう。領土を奪還した暁には、城を授けよう』
『必ず成功してみせます』
『神殿で儀式を受けるとよい。ノエミ、彼の案内を』
『はい、陛下…☆』
マックスが立ち上がり、ノエミのあとについていく。
よかった、終わった。
ほっと一息ついて、早苗たちも謁見の間を離れようとするが――
『お待ちください』
騎士長の声。
『サナエとラランサの聖痕には、違和感があります』
再度、視線が集まる。
やめてほしい。頬から冷や汗が垂れた。
『サナエ。もう一度手を!』
ウィルフレッドに、手を強引に開けられる。
『穴が開いていない。偽物だ』
どうやって作った? と問われる。周囲が騒がしくなっていった。
『本物です。拭いて確かめては?』
手拭いでゴシゴシ手のひらを拭かれた。
だが偽の聖痕はそのままだ。この程度では消えはしない。
(……サナエサン。その聖痕どうやって?)
(自己血を注入して、凝血塊を皮下に作成した)
(エエっ!?)
驚愕――というより、多少引かれる。
まぁたしかに、実臨床では絶対にやらない。
(ソモソモ、注射器なんてこの世界には――)
(昨日の夜、ララと一緒に厨房で作った)
(ハイ!?)
(スズメの大腿骨に穴を開けて、膀胱と一緒に浄化して作った)
(……! この世界初の注射器ですよ!? わかってます? 本当は1200年後に誕生するものですよ!? なに気軽に作ってるんですか!)
(……ダメなのか?)
一息ついた後、カーミットは力強く小声で言った。
(……最高です!!)
なんてふうに、小声で会話をしてると、玉座が騒がしくなった。
王妃と王が、話をしているようだが……
『では、神判の準備をせよ』
王の合図で、鍋を持つ使用人たちが入ってくる。
『これより神明裁判で、聖痕の鑑別をする。サナエかラランサ、どちらかが熱湯に10秒手を入れ、火傷がなければ両方無罪。あれば両方有罪とする』
「そ、ソンナの聞いたことない……」
カーミットの小声。だが早苗は、聞いたことがあった。
(……史実でも、決闘や熱した鉄を持たせた裁判をしていた)
これが未開の世界、なのだろう。
「さ、早苗さま……わ、わたしガ……!」
「君の手には、肉球っぽい膨らみがある。獣人ってバレる。僕がやる」
ララが、悲しそうにしゅんとする。
『陛下。僕がやります』
「っ!? 早苗。そんなことしたら――」
心菜の視線が刺さった。
「たぶん深達性Ⅱ度熱傷(Ⅱd)以上になる。後遺症を覚悟するレベルだね」
神経障害や巧緻障害など、だ。
「バカなの! それならどうして…」
怒る心菜の手前、ちょうど神判の準備が終わる。
目の前に置かれた土器の鍋を、目視で測った。
(……直径35.5センチ、高さ32.5センチ。20リットルの鍋に84%ほどの熱湯)
パパっと計算する。中の熱湯は16.8リットルで、人が触れる50℃まで、ざっと1500秒。
今まで経過した時間を引いても、ダメだ、長すぎる。
せめて熱伝導率の高い、鉄の鍋なら……
『……陛下、どうか鉄の鍋に。この鍋では神に失礼です』
『ダメだ。はやく手を入れるのだ』
ダメであった。もう残りの1328秒、時間を稼ぐしかない。
『もし私が無罪だった場合、騎士長におとがめは?』
『勇者サナエよ。このウィルフレッドは我が国の大切な戦力であり――』
国王がべらべら喋ってくれる。助かった。
50℃になるまであと1036秒ほど……
(大丈夫なんですか、サナエサン……)
(時間を稼いでくれ。あと17分ほどで、人が触れる温度になる)
と、王妃が王に、何かの助言を出している。
またこのタイミング。偶然なのか……?
すぐに使用人がその場で火を起こし、鍋を熱しなおす。
「さぁ、お湯は熱された。手を入れるがよい」
頷く早苗。最後に試したいことがあり、小声を出す。
(……カーミット)
(ハイ?)
(オズウィン王子の足元に、毒蛇がいる)
瞬間、2人の人物がハッとして、王子の足元を見た。
1人はカーミットで、もう1人は……
(……王妃)
聞こえる訳がない距離の上、日本語だった。なのに王妃は確実に聞いて、理解していた。
そして王が先ほど言っていた、別の2人のAランク、という言葉。
(……最初から聖痕がないことは、隠しきれなかったのだろう)
仕方がないと、使いたくなかった方法を使う。
早苗は2メートルほど鍋から離れたところで、ポーチを取り出した。
瞬間、鼓膜が破れそうになるほどの大きな破裂音。
灰色の煙が周囲に広がっていった。
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