上 下
21 / 32

21、助手はうまく役者を管理できない

しおりを挟む
演出助手の坂内 大阪公演も中盤戦に差し掛かった。ここらで何かサプライズが欲しい。と思っていると海外でも仕事をなされている高名な演出家の先生がどこかへ行った。俺もどこか煙草を吸える場所をと移動しようとしたが岡田さんが来た。「すいません、いいですか。」「ああ、いいよ」控室に移動する。「昨日、本を読んでいたら眠れなくて」「何でもいいから別のことを考えたほうがいい」ここは食べるところではないが俺はガムを噛みだした。「ごめん」「いいです」「最近いろんな人から電話がかかってきてね。岡田さんにアポを取りたいんだが、出演オファーはできるかかって。おれはハタ子さんの代理人でもなんでもないってのに」いつの間にか態度が大きくなってしまっている。「ごめんなさい。」気まずそうに少し頭を下げた。「でも池崎さんと西村さんはどこかにいってしまったし、坂内さんの方が落ち着くんです」落ち着かれるよりは怖がられた方が演出家志望としてはありがたいのだがと内心落胆する。この人と一緒に居たくないと思わせたほうが緊張感が出るということも思った。でもこの状況はそうマイナスでもなかった。役者たちの空気が部外者である彼女を通じて伝わってくる。同時に彼女が何を学ぼうとしているのかもわかってきた。「坂内さん」はっとした。「何だい」「私、この舞台の後にも映画やドラマがひかえているんですけど、わからないことがあったら電話で聞いていいですか?」そう言われても俺はドラマや映画にそれほど詳しいわけではない。でもできることはあるか。「あ、ああ、シーフロッグだったね。監督は優しい人だから大丈夫だよ。わからない表現があったら少しずつ聞いていけばいいんだ」「で、でも群像ものだからたくさん出演者がいますし。」「助監督、演出の人。担当する人はたくさんいるんだから表現をすり合わせていくんだよ」とはいうもののベテランの役者でもそういうことは楽なことではない。「まあ題材によって縁起の内容も変わってくるからさ。あとは演出家、監督の癖を読み取ることなんだ」「そうなんですか」ジャンパーを抱えながら岡田さんが言う。「ちなみに坂内さんはどういう演出をなさるんですか?」子猿のように目を輝かせて聞いてきた。興味深そうに聞いてくるが俺の返答から得られるものはないだろう。「いや、まだ俺は自分のフォームを作り出せていないからね。池崎さんの代理をするときに“自分ならこうする”というプランを試すんだけどそのパターンは固定しきれていない。自分のパターンが確立されていないんだ。」なんとなく岡田さんに伝わっていないようだ。必死に考えている。「顔を陰で隠してセリフだけで意味を読み取らせる演出とかやってみようとしたけどあまりうまくいかないな。特に舞台では」ほーおと言いたそうな顔を岡田さんはした。昔、俺はいつかエディ・レッドメインを使った映画を監督してみたいというよくわからない夢を持っていた。昔演劇雑誌に「舞台で働くということ」という企画があって俺を含む若手演出家10人くらいのインタビューが掲載されたことがあった。俺以外は名門大や他分野からの転任者、新作脚本の創作者などいろいろなセールスポイントを持っている。それに比べて俺は「○○主演の舞台の演出助手・脚本を担当」「名演出家池崎の助手をつとめる」というような虎の尾をかる狐的な形容で紹介されてコンプレックスをもったものだ。「面白い演出、期待してます」「お、どうもラプラタさん」「はは、いやだー」喜んでくれて何より。俺の仕事は役者をその気にさせることだ、と自分に言い聞かせながら次の作業にとりかかった。少し疲れたのでレストランでビーフシチューを食べようとしたが他劇団の演出を担当している持永恭一が来た。「おっ」「元気そうだな。隣いいかな。」「いやだといっても座るくせに」「またそういうことを」「舞台、好評だな」なぜ奴はこんなことを言い出したのかわからなかった。「今そんなことを言われると微妙に演出に狂いが出るんだ」「言われなくても狂いが出るくせに」「言ったな。お前の分はおごらない」遠くから岡田さんが見ているようだが気にせず喋る。持永の謎のジェスチャー。「主演女優がお前のことを見ているぜ」と伝えたげに。それは無視する。「さてと」こういうときには話題が出てこない。
「イギリス軍に打つ手はあったのかな」こういう話題になると演者の心理に微妙な影を落としそうな気がする。というか、岡田さんは動揺するかもしれない。でも会話はしたいのだ。「そうだねえ」持永が楽しそうに答える。立ったまま聞き耳を立てていた岡田さんが目をくりくりさせている。俺はこれでも歴史学を専攻しているんだぜとでも言いたそうな持永の顔。「イギリス、正式にはイングランドか、じわじわとフランス王家にさ、縁戚関係をさ、なんかあったみたいだけど」「あれはブルゴーニュ家じゃないの」「そうだったな。」なんだか役に入れ込んでる岡田さんに鞭打っているような気がしてきたがこういう時こそ話は盛り上がってしまうのだ。「僕が東欧の人から聞いた話なんだけど」「東欧と言っても広うござんす」半笑いになる持永。「あー、ハンガリーだったかな。スロバキアだったかもしれない。そこの人が俺はもっといい方法があったって言ってたな」話を大きく見せるのがやつのやり口だ。「つまりさ、異端だと認定してからジャンヌを解放してやる、彼女の帰る場所には禍が起きるからシャルル7世も困惑する」よく思いつくもんだな。歴史的というよりストーリー的には興味深い。でもそんな情報化社会でもないからねえ。情報がヨーロッパ中に伝わってるかな。うすら笑いを浮かべかけたところで岡田さんが怒り気味になっているところを目撃。新人役者がジャンヌダルクに入れ込み過ぎるとこうなるという、。ある程度の経験のある役者だったらもう少し体温を低くできるのだろうな。「そんな風にはいかないですよ。いや、させないわ」仁王立ちしてまくしたてる。かっこいいー「待った待った、岡田さん。冷静に冷静に」見事な演技に没頭。もしかしたらはまればすごい役者になれるかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女子高校生集団で……

望悠
大衆娯楽
何人かの女子高校生のおしっこ我慢したり、おしっこする小説です

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

バスでのオムツ体験

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
バスで女の子がオムツを履く話です

お漏らし・おしがま短編小説集 ~私立朝原女学園の日常~

赤髪命
大衆娯楽
小学校から高校までの一貫校、私立朝原女学園。この学校に集う女の子たちの中にはいろいろな個性を持った女の子がいます。そして、そんな中にはトイレの悩みを持った子たちも多いのです。そんな女の子たちの学校生活を覗いてみましょう。

処理中です...