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2、面倒な兄

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岡田みゆき
興奮で体の震えが収まらないまま自宅についた。何度深呼吸しても鼓動が止まらない。すでに薄暗かった。兄が門の後ろにいた。お前を待っていたんだ、と言わなくてもわかる表情。「公園に行こう」兄の言う公園とは家の近くにあるどこにでもありそうな公園であると決まっていた。

わたしの合格をメールで知ったのだろう。「合格おめでとう」公園の砂場の近くで兄は手を差し出した。兄と握手をしたことなんて今までなかった。手を握ろうとしてやめる。兄の笑顔は消えた。「どうした?」先が読めた。「ちょっと、わかってるんだから。今、技、かけようとした」

どうして会話がたどたどしくなったのかはわからない。単純に祝福してもらえると思っていた。私の思いの強さは兄もわかっていると思っていたのだ。というより彼が一番私の思いをわかっているはずだ。アイドルになりたいと思ったのは兄がそそのかしたようなところもあるのだ。兄が持っていた雑誌や音楽の趣味に大きく私の趣味が形成されていった。兄は中学生のころ、柔道ができなくて同級生に負けてばかりいた。練習相手のいない兄は私を練習相手にするしかなかった。その時の私は小6。お菓子をもらえるからという理由で練習相手になった私も相当どうかしていたのだがずいぶん投げられた。怪我はしなかったけど痛い事ばかりだった。虐待の一歩手前というかはっきり言って虐待だったと思う。その頃は兄を助けてやりたいという思いも少しはあったのだが。兄の柔道の腕が上がって段々投げられるのが苦痛になってきたものだが私の避け方も上達してきたのが収穫ではあった。でももう一度やるかと聞かれると、もう二度とやらない。部屋に閉じこもってでも逃げる。「お前の門出の日にふざけたことをしたのは謝るよ、夢の前の大事な体だからな。」芝居がかかったことを言う兄。「だがな、これは言っておかねばなるまい。お前はいっぱしのアイドルになったと思っているようだが失礼だがまだローカルアイドルの一員になったぐらいのもんだ。それでお前が楽しければそれでいいんだがバレーボールで言えば入部しただけの段階なんだよ。世間は代表選手だとは思わないぞ」「わかってるって。」ふっと笑う兄ははたから見ると恥ずかしい。

 採用決定の次の日、訓練が始まった。少しずつやっていくということでまずはダンスの練習からやっていく。私は中学時代のジャージを着ているが柏崎十和子さん以外のメンバーは既製品のジャージを着ていた。柏崎さんも既成のアイドルではなく、新人だった。小山さんの考えていることがまだつかめないが完成されたメンバーに私たちはついていけるのだろうか。

1日目

体力は自身があったが小刻みな運動の繰り返し。これが少しずつ私の力を奪っていく。左右反復横飛びを繰り返している。バレーボール部だった時も同じ運動はしていた。していたのだがなんだかスピードが速い。フィギュアスケートの選手がすいすいとできることは誰にもできるわけではない。それはわかっているのだが私にこの才能がないわけではない、そう自分に言い聞かせねばもう勝負にならないのだ。もしかしたら自分は競走馬の資格も競走馬になるための訓練を儲けていないどうしようもない駄馬かもしれないがそれでも戦いたいのだ。

 1日目の練習が終わる。くたくたという表現以上に疲れている。残りの力は1割あるのかどうか。それでも余分だったかもしれない。周りのメンバーはいい人ぞろいだがそれでも舐められただろうな。そもそもアイドルとかタレントに私はなれるのだろうか。今でもわからない。何回息も絶え絶えになったことだろう。帰り、メンバー全員でファミレスに寄った。暫定リーダーの篠井さんが乾杯の挨拶。ちょっとノリが兄に似ている。篠井さんについていければ何とかなるのだろうと淡い希望が出てきた。「岡田さん、掛け声いいね――」すごい元気だ。「岡田さん、スタミナスタミナ。もっとスタミナを!」なかなか響く声だ。やっぱり歌手の卵は違う。って私もそこに並ばないといけないんだ。
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