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第十一幕

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 ぼやけ切った視界が元に戻ったのは刹那の出来事だった。
 本当に一瞬、意識をかっさらわれるような感覚に襲われる。

「ぐっ」

 たまらず頭を押さえて前によろける。ゆっくりと目を開けると、そこは……。

「……飛べたのか」

 王室の景色はかき消え、今は装置のガラス越しに長い渡り廊下が見えている。
 俺は筒型装置の扉を開け、外に出る。

「こ、こんな感覚なのね……」

 続いて、頭痛が治まったシルフィとエルアも一緒に中から出てきた。

「そうだな。初経験だ」
「せ、成功……したのでしょうか」

 エルアが不安そうに辺りを見渡す。
 何度見ても、さっきまでと景色が違う。それに、俺たちが乗っていた瓜二つの装置の番号が6から2に変わっていた。

「よし……」

 俺は息を吐いて身体の以上がないかを確かめた。
 テレポート失敗とか起こってないよな大丈夫だよな。

「そういえば、この城の地図が分からんな……」
「でしたら、私が」
「え?」

 さも当然のようにエルアが手を上げた。

「……えっと」
「ど、どうしたんですか?」

 俺が不思議そうに見ていると、エルアはどこかむず痒く感じているように尋ねてきた。

「いや、何するつもりなんだ?」
「……私の、不思議な力なんですが」

 不思議な力……。
 この世界における不思議な力……?
 俺は首を傾げて考えた。

「アギ王の未来予知と限りなく類似するものです」
「……あ、スキルか」

 そこまで言われてピンとくる。
 ゲームでは王様がスキルを使うことはないからてっきり無い物かと思っていたが……。

「エルア様の力……どんな物なんですか?」
「そうですね……未知の物を知る能力でしょうか」
「……ほう」

 俺はその力を知っていた。
 未実装と思われたスキルの一つ。それは……どうやらエルアの裏設定として作られた物だったようだ。
 ……で、どんな力かというと、要するに自分の知らないことを頭の中に記憶する事ができる能力。
 その名は――――。

【未知の領域】アンノウンテリトリー、だな?」
「流石、アギ王です」

 先んじて言ってみせた俺に薄く笑みを浮かべて、エルアは集中する。目を閉じ、手を程良く握って胸のあたりまで引き寄せる。
 淡い光が胸のうちから吹き出し、少しずつ強くなっていく。

「…………っ」

 小さく息を漏らしたエルアはその場で膝をつく。

「エルア、大丈夫か!?」

 急に崩れ落ちるように膝をついたエルアを見て、思わず声を上げてしまう。
 しかし、エルアは肩で息をしながら「大丈夫です」とだけ言って息を整えた。

「……身体に、負担が凄くて。でも、すぐに落ち着きます」

 淡い光は既に霧散し、そこに無い。どうやら、スキルの発動は成功したようだ。

「……出口は、こっちです」
「お、おいエルア。大丈夫か?」

 ふらりと立ち上がりおぼつかない足取りに不安を覚える。
 そして案の定、エルアはバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。

「っと、無理しないでください」
「……あ、ありがとうございます」

 倒れる……というところでシルフィがそれを支えた。

「しゃあない……な。エルア、乗ってくれ」

 頭をかいて、俺はエルアに背中に乗るように促す。

「え……で、でも」
「いや、早くしてくれよ。やってるこっちも恥ずいんだよ」
「あ、う……」

 顔を赤く染め、俺に背負われるのを躊躇するエルアをもどかしく思いながらも、俺はその姿勢のまま待つ。
 やがて観念したのか、エルアがそっと、俺の背中に身を預けてきた。

「……お、重かったら、その。言ってください」
「い、言わんから安心しろよ……」

 お互い何度目かになる気まずい空気を味わいながら、気を取り直す。
 俺は落とさないようにしっかりとエルアを背負い、足首を回して備える。

「でだ。エルア、動力室ってどこだ?」
「……え、動力室ですか? 出口は……」
「時間は無いが、必要なんだ。先にそっちに行きたい」
「……待ってください」

 俺の口ぶりから、何かあると察してくれたのか、エルアが先ほど手に入れた自分の記憶を掘り起こす。

「……あります。少し出口とは離れていますが」
「問題ない。そっちにいこう」
「どういうこと?」

 シルフィが疑問符を浮かべる。
 取り敢えず、俺は走りながら説明することにした。

「敵を倒す為には、必要な兵器があるんだよ」
「……兵器」

 このバスカノにおける兵器といったらただ一つ。魔道機だ。魔道機のエンジンは城の中の動力室で全機管理されており、そこでスイッチを起動させると、動くようになる。
 ……と、いうのがゲームのストーリーであったのだ。

「だから、まずはそれを動かしにいく」
「あ、そこ分かれ道です。右に行ってください」
「あいよ!」

 エルアの道案内の元、俺達は螺旋階段を登り、分かれ道を進み、総合動力室を目指す。
 動力室は王室から少し離れた場所、出口とは反対方向にある。
 しばし走った後、俺達は目的の部屋の扉の前に到着した。

「解除コードは、7.6.5.6.9.8.5……」

 複雑な電子ロックの番号を入力していく。

「ちょっ……ながっ、なんでそんなの知ってるのよ!?」

 俺の手際のよさを見るシルフィに俺は不敵な笑みで答えた。

「2.3.8……4! よし、開いた!」

 十一桁にもなるパスワードを全て解き、鉄の扉を押し開ける。
 中には、王室とは比べ物にならないくらいの量の機械類があった。
 無数ある機械の中から素人が魔道機の電力供給スイッチを見つけるなど、不可能な話だろう。
 ……素人なら、の話だが。

「よっと」

 俺はためらいなく、赤いレバーを下げ、青く点滅したボタンを全て押した。

「う、うわ……」

 ビクビクしながら見るシルフィに大丈夫だと目で伝え、何かの起動音を確認したらレバーを上げる。

「よし、大丈夫だ」
「あ、アギ……機械とか、詳しいの?」
「いや、全く。だが、覚えてただけだ」

 バスカノでストーリーを進めていくと、動力室に入るイベントがあるので、それを何度も繰り返すうちに全ての手順を記憶したという至極単純なこと。

「よし、じゃあ出口まで急ぐぞ……」
 
扉を再度開け、廊下に出ようとした。が、目の前には……。

「……なんで居るんだか」

 三体のビースト。人獣型の奴が城内に入り込んでいた。

「ちょ、どういうことよ」

 俺の前に出て、臨戦態勢を取るシルフィ。だが、シルフィの疑問はもっともだ。

「あー。多分、知力と速度がそこそこ早い奴が、街門前の転移装置使ってこっちに飛んできたんじゃないか」
「そんなのあり!?」

 ありえない話じゃない。足の速い奴は遅い奴を放って、走ってくるだろうし、知能高いやつは人間の言葉まで喋ることもある。というか終盤入ると殆どビーストの知能がとんでもないことになっている。
 ……目の前に居るのは、バウンスウルス、という二足歩行の人狼。
 足が早く、知能が高い中では最も弱い奴だが、十分に危険な相手だ。

「逃げるぞ。シルフィ、頼む!」
「はいはい……行くわよ。【シルフクラッチ】――――!」

 左手のひらに右手を置き、その指をビーストに突きつける。
 着弾地点となるビースト達の足元に幾何学的な紋様が浮かび上がり、右回りに回転を始める。
 シルフィの指先から翠色に輝く光球が打ち出され、弧を描き、紋様の中心に着弾、破裂する。
 無数の風の刃が吹き荒れ、ビースト達を壁に吹き飛ばした。

「よっしゃ、走るぞ!」

 敵が侵入してるとあっては、流石に気は抜けない。今はエルアも背負っているし、尚更だ。
 俺たちは階段を下り、長い廊下を走り抜ける。

「あー、くそ! なんでここ、こんなに廊下長いんだよ!?」
「アギ王、大丈夫ですか……? だいぶ、息が……」

 悪態をつきながら走り続ける。
 エルアが後ろで俺を心配して声をかけてくれた。
 いや、正直運動なんて殆どしてなかった俺がこんな長時間走るって結構大変なわけで。おまけに、それほど重くないとはいっても背中に一人、人間背負いながらだ。俺の貧弱な体力がそこ尽きるのも時間の問題だろう。

「こん……のっ!」

 追いつこうとするバウンスウルスにシルフィが【シルフクラッチ】を飛ばす。その度にバウンスウルスの身体が右へ左へ吹き飛ぶ。
 ……ここまで攻撃して、倒せないのは多分、【シルフクラッチ】の威力がもの凄いペースで下がってきているんだろう。
 当然だ。イースランでの戦闘から休みなしでスキルを使い続けている。
 士気の低下が激しいはずだ。
 士気……士気ゲージというのは、RPGとかで言うところのMPマジックパワーであり、現実の活力のような物でもある。
 通常は100。最大は200で、戦う、走る、といった動作で少しずつ低下していき、最終的には0になる。
 0ならまだ大丈夫なのだが、0の時に特殊な動作や、スキルなどを使ってしまうと、士気の値がマイナスになる。
 士気ゲージがマイナスになると、いわゆる鬱状態になってしまい、その場から動けなくなってしまうのだ。
 シルフィはどうやら精神力で消えかける士気をなんとか制しているようだが、ここから先、シルフィが戦えなくなるのは確定だろう。

「……シルフィ、大丈夫か?」
「…………ん。平気」

 もう既に返事をするのも限界なのか、そう呟くだけになってしまっている。これは相当ヤバい。
 シルフィが動けなくなった場合、詰みだ。流石に二人抱えて走るなんてことはできない。

「シルフィ。【シルフクラッチ】は使わなくて良い。走ることに集中してくれ」
「え……でも」
「いいから。そんな顔してる奴に無理矢理スキル使えとか言わん」
「…………うん」

 シルフィ自身でも限界を分かっているようで、俺の言葉に頷いてくれた。
 ただ、そうなればバウンスウルスの攻撃はどうしても受けることになる。それは……。

「……俺の未来予知がいきる」

 当然、未来予知などできはしないが。バウンスウルスの攻撃方法は決まっていて、それの対処法も割れている。元がシュミレーションだから後退する、前進するの二択で基本なんとかなる。

「シルフィ、ちょっと速度上げろ」
「え……う、うんっ」

 俺がそう指示して、シルフィが全力で足を動かす。
 すると、シルフィの丁度真後ろでガチンと歯が噛み合う音が響いた。

「よし、完璧だ!」
「アギ王、いまのは……」

 後ろのエルアが後ろから俺に尋ねる。

「攻撃が来る――ぜぃ。タイミングってのが――ふっ。あるんだよなっ!それに合わせて前進か後退して……当たり判定から脱出するって、方法があるんだけど」

 そこで息が途切れ、俺は肺に空気を取りこむ。

「ようは、回避の裏技だ!走りながらじゃ――ゼハー。上手く見れないし、事故を避けたかったから使わなかったけど……!」

 ぶっちゃけ、そんなヘタレではいられなくなっているのが現状だ。
 エルアは疲労し切ってる。シルフィに至っては動けなくなってもおかしくない。
 なら、俺が動かなければいけない。

「とにかく加速と減速を繰り返して、ここを抜ける!」

 俺たちは懸命に足を動かし、長く続く渡り廊下を走った。
 螺旋階段を下り、やがて出口が見えてくる。

「……ぜぇ、ぐっ……! 見え、た……」

 息も絶え絶え、流石に限界を迎えているが、それでも足の動きは緩めない。
 俺たちは最後の力を振り絞って城の門をくぐった。

「……マスター。アギ様、エルア様、シルフィ様の反応を確認いたしました」
「分かった。では、門を閉め、迎撃システムを作動させるぞ!」
「Yes、マスター。仰せの通りに」

 どうやら、ロアルアとフィロフィアが門の前で待機していたらしく、俺たちの姿を見ると、手元のスイッチを切り替えた。
 だが、どう見ても門を閉めるのは間に合わない。
 このままでなピッタリくっついてきてるバウンスウルス共々街に放すことになる。

「こん…………のっ!!」

 瞬間、俺の横を通り過ぎた翠色の珠が、俺たちに接近していたバウンスウルスを後ろに跳ね飛ばす。
 門の中……城内まで吹き飛ばし、文字通り閉じ込めることに成功した。
 ……シルフィが、最後に渾身の力を込めて【シルフクラッチ】を発動させたのだ。
 後は、城の迎撃システムとやらが勝手に倒してくれることだろう。

「…………」

 静寂が訪れ、俺たちの体が固まったように動かなくなる。
 ……すると、シルフィの体がこと切れるかのように崩れた。

「っ……! シルフィ!」

 後ろにエルアを背負っていた俺は、それに瞬時に反応できなかった。
 が……。

「お疲れ様でした」

 それを、ロアルアが静かに受け止めた。
 それを見たら、俺も力が抜けたようで、エルアをゆっくり降ろした後に、床に座り込んだ。

「……敵は?」
「まだ来てないよ。だが、相当近くまで押し寄せて来ているようだ。少々すばしっこい奴は、街門で皆が迎撃してくれている」

 フィロフィアがそう報告してくれた。そうか……なんとか、間に合った、か。
 地響きは未だなりやまない。それどころか、強くなっている。

「やれやれ。こっからが本番だってのにな」

 俺は立ち上がって服についた埃を払ってから前を見た。

「急ごう。次が本当に最後だ」

 俺は乾いた唇を舌で舐め、静かに息を吐いた。



 ◆

 コンクリートで舗装された道を走る。エルアは疲労が回復したのか、はたまた申し訳なさからか自分で走ると言い、シルフィはロアルアが背負った。
 俺たちが街門あたりに着くと、何やら……ただならぬ雰囲気が充満していた。

「……みんな、どうした?」

 俺は、もう自分の中では分かり切っている質問をした。

「……うん。……ビリビリ……こわい、のがいる」
「アレはどう考えても規格外じゃ。周りのビーストを纏めて蹴散らしておる……」

 アイシャとナスティが眼前の土煙を見ながら、戦慄する。
 いや、その場にいる誰もが、目の前のわけの分からない強敵に、恐怖していることだろう。

「予想ついてたけど――――ここまで運がないとは思わなかったなぁ……」

 俺は自らの不運に悪態をついた。
 土煙の中に、ゆらりとその影が姿を現した。

「マタタビでVボス引き連れるとかそうそう起こらないだろ……」

 マジカルオスティア最高難易度、ベリーハード。
 その時のみ出現する化け物が、空に向かって雄叫びを上げた。
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