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第三幕

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「ねーねーリンは〜? アギさまー」
「ん、リンは別の仕事な?」

 と、言うわけで……。
 取りあえず早急に必要になる食糧加工工場と、採掘場は作っておくことにした。
 このゲームの面倒な所は、必ず施設を建設するときに幹部ユニットを内政設定し、設置しなければいけないということだ。
 だから序盤はどんなに頑張っても二つまでしか同時に建設できない。

 ……で、ぴょんぴょん飛び跳ねて抗議するリンの頭をなでながら、一緒に歩いていた。

 さて、リンには早速仕事をしてもらう。
 あらかじめエリーから貰っておいた全体マップを広げて地形を確認する。
 座標的に……ああ、やっぱりベリーハードですね難易度。

 全体マップは、自分の国の王都周辺の地形を見ることができる紙。ゲームでは任意の場所をクリックしてから出撃させる人を選ぶのだが……この世界では実際に自分で指示を出さないといけないっぽい。

「よし。じゃあリン、ここを攻めてきてくれ。ここの敵はそんなに強くないと思う」
「んゃあ! 分かったよ! いってくるねー!」

 そう元気良く言って、リンはびゅんっという音をたてて一気に走り出す。

「やれやれ。騒がしい奴だな」

 俺はそれを微笑ましく見送った。

 …………地域に出撃させると、その地域に出現する敵。ビーストと戦闘することになる。
 勝手に戦ってきてくれるから、帰ってくるのを待って報告を聞く、みたいな感じだ。

「後はもうすることないな……」

 一応、最初にやるべきことは済ませた。チュートリアルの内容もそろそろ佳境にはいっていることだろう。

「……あれ」

 ふと。王宮で窓の外……空を見上げて、不自然さを覚えた。

「夕焼けだ」

 日が暮れている。
 オスティアは、シュミレーションゲームであるため、昼夜が無い。
 だから、寝る必要も無いしどんな長い間でも真昼間。

 ひょっとして、夢がリアルを追求するために昼夜を……?

「だとしたら、結構長い時間この世界にいるんだな」

 いくら明晰夢とはいえ、長過ぎないだろうか。

「……アギ様?」
「うぉっと!?」

 後ろからなにかピリッとしたものを感じて慌てて振り返る。
 後ろには、導線のようなものをこちらに向けているアイシャがいた。

「うん。終わった……」
「あ、ああそうか。ご苦労様」

 アイシャはぽつりとそれだけつぶやく。
 ……見れば見るほど不思議な奴だ。
 電気の絶縁を担っているその服は近未来的でこの世界には不釣り合いだし、背中に背負った電気タンクと身体中に巻いている導線…………。
 キャラストーリーでも結局アイシャの導線ぐるぐるの理由は分からなかった。
 というか、ひょっとしたら今なら聞けば何か答えてくれるのかも……?

「な、なぁアイシャ。どうしてそんなに導線巻いてるんだ?」
「…………? ビリビリの、こと?」
「ああ。邪魔じゃないか?」

 自分に巻きつけている導線をビリビリと呼んでいるらしく……これが電波娘(物理)と呼ばれる理由なんだが……。

「……うん。あると安心する」
「…………安心、ですか」
「うん。ビリビリ、私のずっとも」

 いや、ズッ友とか言われましても。

「でも、寝る時は外す……うん」
「お、そうなのか」

 おお、これは新しい情報。
 ん? てかなんで寝る時だけ?

「うん……寝相で、首とかに当たると……死んじゃう」
「…………」

 じゃあ巻きつけなければいいんじゃないかな。
 なんて言ってもどうせ無駄だろうから。

「き、気をつけろよ」

 そうとだけ言って俺は早々に立ち去った。


「……建設時間はだいたい半日と言ったところかな」

 俺は城下町の時計台を見てそう言った。
 テラスからは夕日に照らされた美しい景色がよく見える。

 それにしても。

 この世界は、本当に夢なのか?

 そう、疑いたくなってしまう。

 夢が覚める気配もなければ。
 目に映る光景や、人との会話。
 頬を撫でる風や優しく当たる夕日の光も。

 どれも、現実に思えてならない。

「……んな、バカな」

 俺の頭には、非現実極まりないワードがずっとこびりついていた。


 −−−異世界トリップ。

 それがもし起こったのならば、全てに説明がつくといえばつく。


「わけ分からんなー……」

 テラスに設置されているテーブルに突っ伏して唸る。
 今日を終えれば。
 今日を終えて眠りにつけば全てがはっきりする。
 そんな感じがするのだ。
 夢ならば覚めるはずだ。
 でも、覚めなければ……?

 頭の中でからわまり続ける思考。
 それを遮るように、入り口のドアが開けられた。

「……アギ?」

 テラスに入ってきたのは、建設の作業が終わったのであろうシルフィだった。綺麗な黄金のような髪の毛が夕日に照らされ一層輝く。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ? そんな絶望したような顔して」
「いや。なんともないよ。……シルフィは何しに来たんだ?」
「……ちょっと風にあたりにきただけよ。あんたがいなかったから心配とかしてないから」

 この狙いすましたツンデレもシルフィの特徴。
 ……そういえば、シルフィは俺の事をアギと呼ぶ。
 アイシャもリンも。メリーを除いたここにいる全ての人物が俺の名を知っている。
 恐らく、俺の入力した名前がアギだからだろう。

「何を悩んでるのか知らないけど……しっかりしなさいよね。あんたがなよなよしてると、あたし達に支障がでるのよ」
「そう、だな」

 シルフィの声が俺の耳に入ってくる。
 その度に、俺の頭がこの世界は現実だと訴える。

「帰れんのかなー」
「帰れる?」

 気がついたら俺は声を漏らしていた。
 ハッと口を塞いで慌ててシルフィに弁明する。

「いやいやなんでもない。こっちの話だ」
「なによそれ……わけわかんない」

 呆れたように言うシルフィを横目で見ながら、俺はため息を小さくついた。

 しばらく、どちらも喋らない沈黙が続いた。
 それを打ち破ったのは、甲高い声だった。

「アギさまー! もどったよー!」
「リンか」
「は、はぁ……」

 突然の声にびくんと体を反り返らせて驚いていたシルフィはそれを隠すように冷静さを装った息を吐いた。

 今の声は……城門からか?

 取り敢えず迎えに行くため俺はシルフィと一緒にテラスを後にした。

「んゃあ! 終わったよ!」
「そうか。成果は?」
「ビーストみんな倒したよ! 土地がらがら!」

 うむ。どうやら初陣はうまくいったようだ。
 こんな風に自分の領地を増やしていき、そこに拠点の村を作ったり、砦を作ったりして更に自分の領地を発展させていく。
 満足げに胸を張るリンに手を乗せて撫でてやるとリンはうさ耳をぴこぴこさせて「んゃあー」と気持ち良さそうに鳴いた。
 …………うん。こいつ、張るだけあるんだよな。これが世に聞くロリ巨乳いや、やめておこう。

「あ、あと、あと! 鉄の匂いがした! こげくさいのも!」
「え? 鉄と焦げ臭い匂い?」

 リンの報告に横にいたシルフィが問いかける。
 するとリンは興奮したようにぴょんぴょん飛び跳ねて説明した。

「んゃあ、リンが戦うの終わった時にね、つーんてすっごい嫌な匂いがしたの。鉄と、焦げるにおい……」

 思い出したのか顔をきゅっとしかめて首を横にふるふると動かす。

「鉄と、焦げ臭い匂い……」

 俺は頭の中の記憶を掘り起こした。
 条件と、時間帯、ゲーム開始日時を整理し、そこから発生するであろうイベントを決める。

「ゲーム開始直後。リンが出撃して報告……考えられるのは一つしかないな」
「……アギ?」
「アギさまー?」

 一人頷く俺に二人は疑問符を浮かべる。まぁ慌てるな。説明はしっかりしてやろう。
 このイベントを最初に出来たのはラッキーだ。
 難易度は最高難易度のベリーハード。
 でもまぁいけるだろう。

 そこまで考えたところで、俺の中で何かの悩みが吹っ切れた。

「この世界が夢が現実か……そんなのは関係ない」

 そう、俺はマジカルオスティアのヘビーユーザー。
 どのような状況下においても……このゲームをプレイするだけだ−−!

「よし。全員、中央ホールに集合! イベント、【Hard sell of kindness】恩の押し売りの作戦を説明するぞ!」

 俺は、口の端を吊り上げて次なる行動を開始した!
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