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⑱(マスター視点)
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使ったフライパンを洗っていると、軽やかな音が外から聞こえてきた。窓を開けているため、今日は耳を澄まさなくてもよく聞こえる。
足取りから察するに、いい事があっただろうか。
あと十秒もしないうちに、扉が開けられる。
それを想像すると、自然と口元がゆるむ。
泣き虫だったあの子が、立派な店長になるまで見守ってきた存在としては、仕方が無いだろ。そう自分に言い聞かせて、ミルクパンに、牛乳を注ぐ。多めに砂糖を入れて、今日もまた、彼女の注文を待つ。
「ここ、ここここんにちは!」
「こんにちは」
少し上ずった声と、軽やかなベルの音。
泣き虫だった女の子が見せてくれる、少し緊張したような笑顔が、仁にとって、何よりの癒しだった。
「今日は早いね。何にする?」
「えっと、今日は遅くまでなのでしっかりめに食べたいです。パスタとかあります?」
「……ハンバーグはどうかな?トマトソースとチーズを載せて」
「……っ、美味しそうですね」
正面より少し右側に座る彼女が嬉しそうに手を叩く。ライスにするのか、パンにするのかと聞くと、腕組をして真剣に悩んでいる。その姿があまりに可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。
「トマトソースならパン……?でもご飯とハンバーグは絶対合うし……」
「それなら、ハーフにする?」
「っ、いいんですか!?」
もちろん、と返せば、頬を染めた彼女が嬉しそうに破顔する。この流れで聞けば、と仁は緊張を隠すように言葉を口にした。
「……飲み物は?」
「っ、あ。えと、ぶ、ブラックで……」
残念。仁は心の中で呟く。一番奥のコンロで温めていた甘いミルクは今日も出番が無かった。
甘くて苦いミルクコーヒーは、彼女への特別メニューだった。彼女がはらはらと涙を流して弱音を吐いた時に作ったメニューだった。
――またあれを頼んでくれたら。
今度は隣で一緒に。
そう思い続けて、七年が経ってしまった。
使ったフライパンを洗っていると、軽やかな音が外から聞こえてきた。窓を開けているため、今日は耳を澄まさなくてもよく聞こえる。
足取りから察するに、いい事があっただろうか。
あと十秒もしないうちに、扉が開けられる。
それを想像すると、自然と口元がゆるむ。
泣き虫だったあの子が、立派な店長になるまで見守ってきた存在としては、仕方が無いだろ。そう自分に言い聞かせて、ミルクパンに、牛乳を注ぐ。多めに砂糖を入れて、今日もまた、彼女の注文を待つ。
「ここ、ここここんにちは!」
「こんにちは」
少し上ずった声と、軽やかなベルの音。
泣き虫だった女の子が見せてくれる、少し緊張したような笑顔が、仁にとって、何よりの癒しだった。
「今日は早いね。何にする?」
「えっと、今日は遅くまでなのでしっかりめに食べたいです。パスタとかあります?」
「……ハンバーグはどうかな?トマトソースとチーズを載せて」
「……っ、美味しそうですね」
正面より少し右側に座る彼女が嬉しそうに手を叩く。ライスにするのか、パンにするのかと聞くと、腕組をして真剣に悩んでいる。その姿があまりに可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。
「トマトソースならパン……?でもご飯とハンバーグは絶対合うし……」
「それなら、ハーフにする?」
「っ、いいんですか!?」
もちろん、と返せば、頬を染めた彼女が嬉しそうに破顔する。この流れで聞けば、と仁は緊張を隠すように言葉を口にした。
「……飲み物は?」
「っ、あ。えと、ぶ、ブラックで……」
残念。仁は心の中で呟く。一番奥のコンロで温めていた甘いミルクは今日も出番が無かった。
甘くて苦いミルクコーヒーは、彼女への特別メニューだった。彼女がはらはらと涙を流して弱音を吐いた時に作ったメニューだった。
――またあれを頼んでくれたら。
今度は隣で一緒に。
そう思い続けて、七年が経ってしまった。
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