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残念(?)王子?甲斐性無し男?いいえ、実はね
しおりを挟む「あのクソ渡辺!車出勤の妊婦は近くの提携パーキング使えるって伝えてなかったのよ!?」
がちゃぁん!と派手な音を立て、鬱憤を晴らすために千花が叩いたテーブルの上にはバレンタインデーという名のお付き合い記念日のために用意された食事。
向こうでの仕事はどうだったか?自分はこんな風に過ごしていたなど二人で話しているうちに、今日の出来事の話になる。話を始めた千花のボルテージが上がった所で、目の前に座っていた直哉は、自分の分のお皿だけ持ち上げて攻撃から逃れていた。
「ちょっと、直哉君」
「え、だってせっかくのスープが千花ちゃんの一撃でダメになったら勿体無いじゃない」
「毎度毎度毎度……ホント、なんであんな奴がうちの会社に……」
「千花ちゃん、千花ちゃん、顔怖いよー」
さ、食べよう。と直哉は何てことない様にニコニコと笑いながら死守したスープをテーブルの上に戻す。その様子にすっかり毒気を抜かれた千花は、しぶしぶそれに従う。残念王子、と揶揄される本人はいつもこんな風に飄々としているから、結局千花は怒っているのがバカバカしくなってしまうのだ。
千花の就職を機に二人で暮らすようになって二年。直哉はいつも穏やかで、誰かに怒るという事は滅多にない。
「直哉君は甲斐性なしなんかじゃないもん」
「あは、残念王子の次は甲斐性なし男かあ」
あちち、とオニオングラタンスープを啜りながらそう言った直哉に千花は無言の抗議を視線で投げかける。自分の口が悪いことを言われるのは全然構わないが、このようによく知りもしない人達に直哉を悪く言われることが千花にはどうしても許せなかった。
「こわー!千花ちゃん怖いよ!」
「うる、さいっ!」
「怒んないの。ね、今日は記念日なんだから」
もう一度テーブルに渾身の一撃をお見舞いする前に、直哉がニコニコと笑いながらそんな事を言い出したので、千花の手は宙を彷徨う。
「っ、」
「好きだった子にやっと振り向いてもらいた日なんだ。そんなつまらない事で千花ちゃんの笑顔が見れなくなるのは嫌だな」
宙ぶらりんになった千花の手をすっぽり包む様に直哉の手が重なる。そして、慈しむように、一本一本の指を直哉の大きな手に絡め取られて、宝石でも扱うかのように包まれる。こうなってしまうともう千花は反抗できなくなってしまうのだ。その後の言葉が出ずにごにょごにょと戸惑う千花へ日本人にしては色素の薄い、直哉のチョコレート色の瞳から視線が送られる。
残念が付いているけれど、その瞳に見つめられると直哉が王子、と言われる所以がよく分かる。少し癖のある柔らかな髪の毛は、何も手入れをしていないはずなのに、いつも決まって見える。目尻の下がった優しいチョコレート色の瞳に見つめられれば、落ちない子はいないのではないか?といつも思っていた。筋の通った高い鼻は、キスをする時に少し邪魔になる事を千花は知っている。だから、直哉の唇を受け入れる時、千花はいつも首を少しだけ左に傾ける必要があった。
顔だけでなく、今回の出張のように全国の海を飛び回っている直哉の身体は、研究者と思えないほどがっしりとしていた。今身につけているびろびろに伸びきったトレーナーの下には、触ると硬い筋肉が隠れている事。その肉体を以ってすれば、千花などやすやすと持ち上げられてしまう。チョコレート色の瞳に見つめられ、千花はそんな事を考えていた。
残念王子や甲斐性なし男だなんて、全くのうそ。
だって、直哉君は。
「ほら、千花ちゃん。はやくおいで」
ぐい、と千花の腕を引っ張り、直哉は自分膝をもう片方の手でポンポンと叩く。六年一緒に過ごして千花はそれが何の誘いかをすぐさま理解する。ごはん、冷めちゃう。と抗議しようとするが、直哉は絡め取られた千花の手に唇を落とし、ちろりとそこに舌を這わせる。
「……っん!」
「ほら、早く。ここでしたいの?」
「あ、い、や……っ」
何に対しての抗議か千花自身も分からなくなっていたが、思わず出てしまった『イヤ』に直哉の顔色が変わる。そして、ちろちろと可愛らしい動きをしていた舌が、千花の小指を捉えると、鋭い痛みが走った。
「っ!」
「ほらぁ。……千花」
甘い声とは裏腹に、直哉の瞳の中には明らかな情欲と何処か仄暗い感情が見え隠れする。付き合い始めて六年。千花は未だに直哉に翻弄され続けているのだ。残念王子でも、甲斐性なし男でもない、千花にだけみせるその顔に。
「……っ、直哉君って、意地悪」
膝立ちで、ちょこちょこと直哉の方に近寄りつつぼそりと聞こえるか聞こえないかの声で千花はそう呟く。直哉の長い腕で腰を一気に引き寄せられ、チョコレート色の瞳と視線が絡み合う。そして、吐息がかかる距離で直哉はその言葉に返答をした。
「千花限定」
「なお、やく……」
名前は最後まで呼ぶ事は出来なかった。六年、何度となく重ねた唇で、千花のモノを塞がれたから。一瞬出遅れた千花の鼻先に直哉の高い鼻が触れる。少しだけ首を左に傾ければ、キスは一層深くなった。
あ、唇が少し荒れてる……。
情交の合図である、キスの合間にそんな事を考える余裕は、振り回され続けたこの六年の中やっとの思いで千花が身につけたもの。そして同時に、直哉の体調管理に感することが頭の中を過ぎる。そんな千花の余裕が直哉を酷く煽っている事など知りもせず。
「ふ……っあ、ん」
「……ムカつくなぁ」
「っ、なお、?」
明日は野菜を多めにして、ミカンを買ってこようかな。
頭の隅っこでそんな結論を出す千花の上で、直哉が低い声で呟く。キスと恋人の体調管理に夢中になっている間に、千花の身体は二人で選んだお気に入りのラグの上に押し付けられていた。目に入るのは、煌々と光るLEDライトと、不機嫌ですよ俺は。と顔に書かれた直哉の姿。
「……千花」
「え、まっ……」
少しイライラした様子で直哉は履いていたパンツの前を寛げる。そして、千花のスカートの中に手を入れて、目にも留まらぬ速さでストッキングとショーツを剥ぎ取った。
「……余裕、あるんでしょ?」
見降ろされて、怒りを隠そうとしない直哉のその様子にファンヒーターで温まった温い空気に晒された足の間で、じんわりと何かが伝うのを千花は自覚する。
「なお、や」
「今日の為に色々用意してきたけれど、今はとりあえず……」
ぐちゅ、と遠慮なく入り込んでくる直哉の指が奏でた音が物語るように、千花の身体はすっかりと直哉を受け入れる態勢が出来ていた。
「……待ちきれないのは千花も一緒だね」
「や、恥ずかしい……」
嘘つき、と耳元で囁かれる。低いその声で囁かれるだけでぐずくずに溶かされ、千花は達してしまいそうになる。耳朶を縁取るように舌が這い、直哉しか知らない秘肉の中を指が行き来する。
「なおや、くん……!」
段々と荒くなる千花の息に合わせるように、直哉の指の動きも早くなる。
ラグに垂れてしまうのではないかと心配になるほど蜜が千花の秘所より溢れ出てくる。それに合わせてぐちぐちも水音が響く。直哉はその音を千花に聞かせるかのように、指を激しく動かしていく。
「あ、イ……っく!」
真っ白な世界が千花を包みこむように絶頂を迎えようとしたその瞬間。直哉の指がずるりと千花の秘肉から抜かれた。
「……っ!?」
「ダーメ。余裕あるんでしょ?」
見透かされている。
透明な蜜で濡れた二本の指を自身の舌で舐りつつ、千花を見降ろし、直哉はそう言った。達する直前でお預けをされた千花の中心はじんじんと熱を帯びている。
これを早く解放したい。
千花の頭の中はその事でいっぱいになっていた。
「なおやくん……っ」
「……言ってごらん?」
そう言って千花の頬に直哉の大きな手が添えられる。千花の柔らかな唇を直哉の親指が縁取り、それに誘われるように千花はその指に舌を絡ませた。
「……くら、はい」
「ん?」
「なおや、くんがほひい……」
舌を指に絡ませているため、きちんと言葉になっていないことを千花は承知していた。けれども、今はこの燻る熱をどうにかしてもらわないと苦しくて狂ってしまいそうだった。
「……ッチ!」
千花にもはっきり聞こえる舌打ちをした後に、直哉はそそり立った陰茎を一気に挿入する。
「あ、ぁぁあ!!」
「っは、千花……」
隔てるものも何もなく、遠慮のない直哉の激しい動きに、千花は直ぐ様絶頂を迎える。そこからの記憶は曖昧で、翻弄されたことぐらいしか覚えていない。さかし、情事の間直哉が呟いた言葉が断片的に千花の頭の中に残っていた。
千花はずっと俺だけ見ていればいい。
慣れなんて必要ない。
「ぁぁあっ!」
「ち、か!」
直哉が絶頂を迎えると共に、千花も一際高い声をあげて一緒に達する。
秘肉の奥の奥に叩きつけられる白濁と千花の身体に寄り添う直哉の体温に千花は心地よさを感じていた。
それをもっと感じたくて、直哉の首に腕を回せば、応えるように千花の身体が苦しいほど抱きしめられる。
お互い下半身だけ丸出し。求めあった結果と言えばそうかもしれないが、おざなりなセックスと言われても仕方がないのかもしれない。
「どうなの、これ……」
「んー……千花ちゃんが悪いと思う」
「直哉君が悪いと思う」
ずるり、と硬度を失った陰茎が千花の中から出て行く。その刺激で奥に放たれた白濁と千花の愛液が絡み合ったものが溢れ出て来る。
「んっ……」
「ごめん。中に出した」
「……」
いつからだろうか。
避妊具として最もポピュラーなコンドームが寝室のクローゼットにしまわれるようになったのは。
いつからだろうか。
「……直哉君は」
「ん?千花ちゃん身体だるい?」
「……ううん」
終わった後にごめん、と謝られるようになったのは。
「今、気持ちが落ち込む時期でしょ?無理しないでね」
身体をラグの上から起こされて、ぎゅっと包み込むように再度抱きしめられる。その体温にホッとする反面、月一のモノが来る前兆と言うのだろうか?千花は心の奥がもやもやとして落ち着かなかった。
「直哉君は、私のことなんでも知ってるんだね」
「うーん……そんなことないと思うよ」
「そうかなぁ」
「あ、そうだ。千花ちゃん千花ちゃん」
千花を抱きしめた体勢のまま、直哉は床に放り投げてあったバッグを引き寄せる。
「割れてないかな」
そう言って取り出した二つの袋のうち、一つはラッピングされており、もう一つはクッション材と一緒に丁寧に包まれていた。
「はい。お土産と、あとは六周年記念のお品です」
「わ!嬉しい!開けていい?」
先程の燻るモヤモヤを抱えたままだったが、直哉が今日の日の事をきちんと思っていてくれた事に嬉しくなり二つの包みに千花は飛びついた。手のひら大の小さくラッピングをされた包みを開けると、ビロードの巾着袋。これまた手触りのいい小さなリボンで締められた口を開けると、小さなプレートが一つ、ころん、と千花の手のひらに落ちる。
「……ピアス?」
「そう。グラバー園近くのガラスショップで見つけたんだけど。光に透かして見て」
直哉に言われた通り、ピアスをプレートから取り出して煌々と光るLEDライトに透かして見る。一見透明なガラスのように見えたが、光が当たるたびにゆらゆらとベールがかかったように青が見えて来る。
「うわぁ……綺麗」
「海みたいでしょ?」
「うみ……うん、そうだね。……直哉君はいつもこんな綺麗なもの見てるんだね」
「はは。そればっかりじゃないけど……いつか、千花ちゃんと一緒に行けたらいいなぁって思った」
「……そうだね」
不確かな未来の約束。
けれども、それが今の千花と直哉を如実に表したものなのではないか。
透明なガラスの中にゆらゆら揺れる青は、千花の不安の表れなのかもしれない。人工的な光に包まれて、千花はうっすらとそんな事を考えていた。
「ね、もう一つ開けていい?」
「うん。開けて開けて」
「……ナニコレ」
「これね、ぽっぺんって言ってー。見ててね」
「ちょ、ナニコレ!なんなの!」
「面白いでしょ?息を吹き込むと…『ぽっぺん』ってなるの」
「やりたいやりたい!」
「『ぽっぺん』『ぽっぺん』」
「ちょっと、直哉君!それで返事しないで!」
「『ぽぺぽぺぽぺぽぺ』」
「やりたいやりたいやりたい!」
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