その牙は喰らいついたら離しません

ぐるもり

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再会の巻

望くんは可愛い弟分?いいえ違います。

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 私は怒っている。
 そう、目の前のこの種付け馬鹿男に。



 右頬に見事にヒットした平手打ちの跡を嬉しそうに撫でているこの男に!!

「にやにやすんな!中に出すなんてどーいうつもりだ!避妊はちゃんとしなさいってお母さんに教わらなかったの!?」
「お母さんってなんで……僕あっちゃんの最後の人にはなるつもりだったって言ったでしょ?それに、妊娠なら大丈夫だよ。あっちゃん明後日生理でしょ?」
「な、な、なんでお前は私の生理周期を知ってるんだ!」
「えーだって、あっちゃん僕にナプキン買いに行かせたじゃん。大体四週に一回だったからそこから計算して」
「え、あ」
「あっちゃんって、どんなにストレスがあってもそれだけはズレなかったもんねー。そんだけしっかり分かってるなら用意しておけは良いのにって何度も思ったよ。でも、ナプキンを買ってきた時のあっちゃんのちょっと恥ずかしそうな顔がすごく可愛くて……それだけでオカズになるって言うか……」
「わー!わーわー!わかった!ごめんもう言うな!」
 
 あっちゃんが頼ってくれてうれしいー!なんて天使の笑顔で買い物に行っていた望。なんて良い子なんだ!と思っていた昔の自分を殴ってやりたい。こんな裏の顔があるなんて、当時の私は考えもしなかった。

「でもー、あっちゃんが『来て』なんて言うから暴発しちゃったよ。本当は出すつもりはなかったんだよ。ごめんね」

 テヘペロの如くきらっきらの笑顔で謝られる。責めて詰めてやろうと思っていた。しかし、私はこの笑顔には弱い。全てを許してしまうこの笑顔に。
 正直セックスも気持ちよかった。望の必死な様子に流されたのも事実だ。この件はお互い様ということで不問としよう。私は自分の中で勝手にわ結論付けた。

「わかった。この件は私も悪かったし 、お前も悪い。お互い様と言うことでなかった……」

 無かったことにしましょう。と言おうとしたところで、言葉を発することが出来なくなった。いや、息すらできなくなった。

「かっ、は」

目の前には、無表情で私を見る望。その手は私の喉を押さえており、口から漏れるのは苦しそうな吐息だけだ。

「ダメだよ。無かったことなんかにさせない。言ったでしょ?好きだって。愛してるんだよ。そんな言葉、あっちゃんの口から言われるのも嫌なんだ。僕」

 無表情のまま早口で望は語る。手は私の喉元に当てられたままだ。しかも、じわじわと力を込められ、息ができない。

「あっ、は……っ」
「あぁ……いいね。その顔。僕、そっちの気は無かったんだけど。ぞくぞくするよ」
「の、はな……」

 望、離してと言いたいのに声が出ない。私の苦悶とは反対に、望は恍惚とした表情を浮かべていた。

「あっちゃん。もう言わないね?」

 こくこくと首を縦に振る。喉元を押さえていた手がす、と離れた。

「あーよかった。じゃ、晴れて恋人だね!」

 先程の恐ろしい雰囲気など無かったかのように、望がへにゃりと笑う。
 一人で盛り上がる望の横で、私の肺の中に酸素が急に戻ってくる。一気に気管に入ってきたせいか、ごほごほと咳き込むのが止められない。

「げほっ。恋人、ってなに?」
「だって、しちゃったし?責任取らないと。身体から入っちゃったけど、結果オーライだよねー?」
「あのねぇ……」
「でも、あっちゃん嫌じゃなかったでしょ?嫌だったら、相手のプライドがずったずたのぎったぎたになるまで潰して、更にミキサーにかけるような暴言吐いて、叩きのめすでしょ?」

 そんな事ない!と反論したいが、今望が言った事は事実だ。昔少しだけ付き合っていた男に、無理矢理やられそうになったことがある。ただただ気持ち悪かった私は、言われたら一生立ち直れないであろう暴言を男に吐いた。聞くに耐えない暴言に慄いた男は、そのまま逃げ出した。
 確か酒を飲みながら、高校生の望にその武勇伝を語ったのだ。

「僕は浮気もしないし、一生大切にするよ?あっちゃんがいい。あっちゃんじゃないとダメなんだ。誰も変わりになれない」

 変わりになれない。その言葉に一瞬どきりとしてしまった。自分の価値に悩んでいた私にとって、その言葉はとても魅力的だった。望の存在は、私の自尊心を満たしてくれる。望が好きかと聞かれれば、答えはYES。しかし、愛しているかと言ったら……。
 私の葛藤を全て知り得たように、望が私の肩に手を置く。そして、こう続けた。

「いいよ。今はそれでも。……いつか絶対僕の全てを好きにさせるから」
「いい……の?私今すごい最低な事考えてるよ?」
「いいの。そのあっちゃんを引っくるめて好きなんだから。だから、安心して僕の所に堕ちておいで」

 望は両腕を広げた。おいで、と優しく囁かれる。生まれた時からの弟分に甘えるのは勇気がいる。清水の舞台から飛び降りる気になって、そろっと望の胸に抱きつく。すぐさま背中に腕を回され、ぎゅっと抱きしめられた。
 暖かくて、気持ちがいい。
 少しだけ早い望の心臓の音が心地よかった。揺りかごに包まれているようだ。

「のぞみ……」
「あっちゃんだけだよ。僕は、あっちゃんだけだ。ずっとずっと大好きだよ」

 その言葉を最後に、私の意識はぷっつりと闇に落ちていった。















「ばかだなぁ渥美は。酷いことをしたのはの方なのに」
「もう離してあげないよ。永遠にね」
「大丈夫。どろどろに甘やかして、俺がいないと生きていけないようにしてあげるからね……」
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