4 / 17
再会の巻
望くんは可愛い弟分?いいえ違います。
しおりを挟む私は怒っている。
そう、目の前のこの種付け馬鹿男に。
右頬に見事にヒットした平手打ちの跡を嬉しそうに撫でているこの男に!!
「にやにやすんな!中に出すなんてどーいうつもりだ!避妊はちゃんとしなさいってお母さんに教わらなかったの!?」
「お母さんってなんで……僕あっちゃんの最後の人にはなるつもりだったって言ったでしょ?それに、妊娠なら大丈夫だよ。あっちゃん明後日生理でしょ?」
「な、な、なんでお前は私の生理周期を知ってるんだ!」
「えーだって、あっちゃん僕にナプキン買いに行かせたじゃん。大体四週に一回だったからそこから計算して」
「え、あ」
「あっちゃんって、どんなにストレスがあってもそれだけはズレなかったもんねー。そんだけしっかり分かってるなら用意しておけは良いのにって何度も思ったよ。でも、ナプキンを買ってきた時のあっちゃんのちょっと恥ずかしそうな顔がすごく可愛くて……それだけでオカズになるって言うか……」
「わー!わーわー!わかった!ごめんもう言うな!」
あっちゃんが頼ってくれてうれしいー!なんて天使の笑顔で買い物に行っていた望。なんて良い子なんだ!と思っていた昔の自分を殴ってやりたい。こんな裏の顔があるなんて、当時の私は考えもしなかった。
「でもー、あっちゃんが『来て』なんて言うから暴発しちゃったよ。本当は出すつもりはなかったんだよ。ごめんね」
テヘペロの如くきらっきらの笑顔で謝られる。責めて詰めてやろうと思っていた。しかし、私はこの笑顔には弱い。全てを許してしまうこの笑顔に。
正直セックスも気持ちよかった。望の必死な様子に流されたのも事実だ。この件はお互い様ということで不問としよう。私は自分の中で勝手にわ結論付けた。
「わかった。この件は私も悪かったし 、お前も悪い。お互い様と言うことでなかった……」
無かったことにしましょう。と言おうとしたところで、言葉を発することが出来なくなった。いや、息すらできなくなった。
「かっ、は」
目の前には、無表情で私を見る望。その手は私の喉を押さえており、口から漏れるのは苦しそうな吐息だけだ。
「ダメだよ。無かったことなんかにさせない。言ったでしょ?好きだって。愛してるんだよ。そんな言葉、あっちゃんの口から言われるのも嫌なんだ。僕」
無表情のまま早口で望は語る。手は私の喉元に当てられたままだ。しかも、じわじわと力を込められ、息ができない。
「あっ、は……っ」
「あぁ……いいね。その顔。僕、そっちの気は無かったんだけど。ぞくぞくするよ」
「の、はな……」
望、離してと言いたいのに声が出ない。私の苦悶とは反対に、望は恍惚とした表情を浮かべていた。
「あっちゃん。もう言わないね?」
こくこくと首を縦に振る。喉元を押さえていた手がす、と離れた。
「あーよかった。じゃ、晴れて恋人だね!」
先程の恐ろしい雰囲気など無かったかのように、望がへにゃりと笑う。
一人で盛り上がる望の横で、私の肺の中に酸素が急に戻ってくる。一気に気管に入ってきたせいか、ごほごほと咳き込むのが止められない。
「げほっ。恋人、ってなに?」
「だって、しちゃったし?責任取らないと。身体から入っちゃったけど、結果オーライだよねー?」
「あのねぇ……」
「でも、あっちゃん嫌じゃなかったでしょ?嫌だったら、相手のプライドがずったずたのぎったぎたになるまで潰して、更にミキサーにかけるような暴言吐いて、叩きのめすでしょ?」
そんな事ない!と反論したいが、今望が言った事は事実だ。昔少しだけ付き合っていた男に、無理矢理やられそうになったことがある。ただただ気持ち悪かった私は、言われたら一生立ち直れないであろう暴言を男に吐いた。聞くに耐えない暴言に慄いた男は、そのまま逃げ出した。
確か酒を飲みながら、高校生の望にその武勇伝を語ったのだ。
「僕は浮気もしないし、一生大切にするよ?あっちゃんがいい。あっちゃんじゃないとダメなんだ。誰も変わりになれない」
変わりになれない。その言葉に一瞬どきりとしてしまった。自分の価値に悩んでいた私にとって、その言葉はとても魅力的だった。望の存在は、私の自尊心を満たしてくれる。望が好きかと聞かれれば、答えはYES。しかし、愛しているかと言ったら……。
私の葛藤を全て知り得たように、望が私の肩に手を置く。そして、こう続けた。
「いいよ。今はそれでも。……いつか絶対僕の全てを好きにさせるから」
「いい……の?私今すごい最低な事考えてるよ?」
「いいの。そのあっちゃんを引っくるめて好きなんだから。だから、安心して僕の所に堕ちておいで」
望は両腕を広げた。おいで、と優しく囁かれる。生まれた時からの弟分に甘えるのは勇気がいる。清水の舞台から飛び降りる気になって、そろっと望の胸に抱きつく。すぐさま背中に腕を回され、ぎゅっと抱きしめられた。
暖かくて、気持ちがいい。
少しだけ早い望の心臓の音が心地よかった。揺りかごに包まれているようだ。
「のぞみ……」
「あっちゃんだけだよ。僕は、あっちゃんだけだ。ずっとずっと大好きだよ」
その言葉を最後に、私の意識はぷっつりと闇に落ちていった。
「ばかだなぁ渥美は。酷いことをしたのは俺の方なのに」
「もう離してあげないよ。永遠にね」
「大丈夫。どろどろに甘やかして、俺がいないと生きていけないようにしてあげるからね……」
6
お気に入りに追加
653
あなたにおすすめの小説
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。


メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。

【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる