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あなたの家族になりたい
空腹と眠気に勝る性欲
しおりを挟む「……あー。休みが、恋しい」
年末にカルテ管理部である病歴室から押し付けられた退院後記未記入患者リストの一番最後の名前に赤線を引きながら、俺は呟いた。
今日は一月四日。正月明けはどうしたって病院は混雑する。予約患者もそうだが、救急患者も多い。正月に親戚やら子供たちが集まると、テンションが上がり、終わると気が抜けて具合が悪くなる。誇張でも何でもない、事実。病は気からとは本当によく言ったものだ。
しかも今年のシフトは、十二月三十一日、日直。一月三日当直(めちゃくちゃ忙しかった。完徹)。一月四日の休み明けは外来担当。ほぼ気合で乗り切ったが、ごった返す患者を目の前にし、気が遠のきそうになったのは一度や二度ではない。 当直明けの医師は、午前の外来が終わったら帰宅してもいいことになっている。けれども、つもりに積もった前年のカルテ処理を病歴室からつつかれ、帰宅を止められた。落ちてくる瞼に抗いながらパソコンと向き合うのは拷問だった。
全て終わったの時刻は、定時である十七時だった。
「明日、土曜日でよかったわー……」
赤ペンをデスクの上に放り投げ、俺はデスクに突っ伏す。
しかも成人の日が被るので、三連休。明日は久しぶりの遠出だ。遠出と行っても、車で一時間半程の実家だ。
担当患者に対しても、病棟に行けないと事は既に連絡済み。病歴室にカルテ整理が終わったと連絡を入れて、俺は帰り支度を始める。そして、俺よ休み中に患者対応をお願いしたドクターに、もう一度声をかける。
「すんません。佐藤先生。三日間、よろしくお願いします」
「おおー! 里帰りだっけか。楽しんでこいよ」
「土産買ってきます」
「……一個頼んでいいか」
俺よりも二つ年上の佐藤先生がちょいちょいと手招きする。周りをキョロキョロと見渡し、こっそりと耳打ちしてきた。
「……娘がな、ご当地の猫のキャラクターもんを集めててな」
「りょかいでっす。反抗期でしたもんね」
「会話の足しにしたいんだ。頼むよ」
俺はもう一度、了承の返事をした。子供がいると色々大変なんだろうなとほんの少しだけ同情しつつ、俺は医局を後にした。
少しでも早く家に帰って休みたい。今佐藤先生が言った通り、明日唯子を連れて俺の実家へ帰る。結婚の報告と、新年の挨拶だ。なので、体調を万全にしておく必要があった。父と母と祖父母と姉夫婦と弟夫婦、甥っ子、姪っ子もろもろ。楽しみというよりはめんどくさいの方が勝っている。けれども、そうも言っていられない。
「あ、お年玉用の現金下ろしてかないとな」
心もとない財布の中身を思い出した俺は、病院内のATMへむかった。
□□
当直でくたびれきった白衣とスクラブをクリーニングボックスに放り込む。
「あ、やべ」
白衣が見事な放物線を描いてクリーニングボックスに入った瞬間、個人別被ばく測定器を外すのを忘れていた事に気がつく。放射線に触れる機会の多い医者に対して個別に渡されている放射線の被曝量を測定する装置だ。一度そのままクリーニングに出した際、クリーニング業者と職員健康管理部の両方から叱られたことは記憶に新しい。慌ててクリーニングボックスを漁っていると、背後で「あ、先に帰っていて」と聞きなれた声がした。
「先生、なにかお探しですか」
「ゆ……小村主任。いや、被ばく測定器外し忘れて」
「ああ。着けていると怒られますからね」
声の主はもちろん唯子だった。先程の声はどうやら同僚達への帰宅を促すものだったようだ。
ありましたよ。と唯子が指さす先に、緑色の小さい測定器。
「あったあった」
お叱りの原因である測定器を白衣から取り外し、指定の返却BOXに入れる。そして、俺は振り返った。
「唯子、帰ろう」
「……はい!」
手をもじもじさせながら俺を待っていた唯子が、破顔する。職場だということをうっかり忘れて、俺は思わず抱きしめそうになってしまった。
「有志?」
「ん、ん、……いや、ん、耐えてる」
俺の苦労など知らない唯子は、可愛く小首を傾げていた。
□□
「さて、買い物とかある?」
「ううん。明日から泊まりでいないでしょ? おうちにあるもので何とかしようかなって」
唯子の家に引越してから俺は徒歩通勤となった。煙草をやめ、毎日歩き、うまい飯を食い……。何となく身体が軽い。長生きすると約束したから、と健康に気を使えるようになった。
冷たい風が吹く中唯子と隣合って歩く。話す度に白い息が漏れ、寒さを一層強調した。
「寒いなぁ」
「ホントですねぇ」
ダウンジャケットの襟を持ち上げて、顔を埋める。隣を見ると、唯子が同じような仕草をしていた。冷たい風に当たったせいか、剥き出しの手が真っ赤になっている。はぁ、と息を吹きかけているが、何の役にも立っていないのは一目瞭然だった。
どうにかしてやりたいと唯子の手を取る。そして、そのままポケットに突っ込んだ。冷たい手が俺の熱を奪って、少しずつ温もりを取り戻していた。
「冷たい」
「……有志の手はとってもあったかいですね」
そう言ってはにかむ唯子は、悶えてしまうほど可愛い。俺は空いているもう片方の手で顔を覆う。こみ上げてくるものに耐える俺を見て、唯子が隣でずっと笑っている。
幸せを具現化した光景に、胸の奥がむず痒い。慣れない痒さをそらすかのように、俺は唯子の手をぎゅっと握った。
「……ラーメンでも食ってくか」
「え?」
「食べて、風呂入って……飯作る時間も惜しい。色々、ゆっくりしたい」
冷たい風で赤くなっていた唯子の頬が違う意味で赤くなる。俺の言うことを理解したのか、唯子が口を開けたり閉じたりしている。あまりにも可愛くて、もう我慢をすることができなかった。戸惑う唇に自分のものを近づけた。
リップ音も何も無い、ほんの少し触る程度のキス。
全然物足りない。往来の真ん中ということを忘れ、もっと深く口付けをしたい。そんな思いを込めて、正月前に切りそろえられた唯子の前髪を触る。白い額が見えたが、すぐに赤く色づいた。唯子の黒い瞳が揺れ、俺の熱に応えてくれているようにも見えた。
「うーん。まずい」
当直明けだということも、空腹だということも忘れて唯子に触りたい。口だけは理性を保とうとするが、身体は正直だった。
手のひらを握って開いて握って開いてを繰り返し、抱き寄せるのをこらえる。唸りながら必死で衝動をこらえる俺の袖を唯子が引いた。
「……ゆうし、お腹がすきました。だから、その、あとで、ね?」
ああ、もう俺の奥さん(予定)まじで天使。
□□
ラーメンも風呂も待てなかった。なだれ込むようにベッドに唯子を押し倒す。ほぼ徹夜で過ごした筈なのに、身体はしっかりと目覚めていた。大きな音を立てて、コートを脱ぎ捨てる。隙を見て当直中にシャワーを浴びておいてよかったと自分に感謝だ。
唯子の身体を隠す邪魔な服たちを、情緒もなく脱がしていく。気がせっているせいか、複雑なボタンやホックに舌打ちが出てしまう。そんな俺をみて、唯子が笑う。
「笑うな」
「……っ、だっ、て、必死さが……」
俺の下でくすくすと笑う唯子に、舌打ちしたことなど忘れて俺も一緒になって笑った。笑ってはいたが、服を脱がすのは忘れない。(当たり前だ。こっちも必死なのだから)
全てを取り去り、隠されていた豊かな身体が顕になる。部屋が温まっていないせいか、唯子の肌に粟立ちが見える。互いを温め合うように、俺は体を寄せる。素肌の交わりはとても心地がよかった。
どれだけ抱こうとも飽きることがない。いつだって唯子は俺を楽しませてくれる。
「おじさんを必死にさせおって」
「おじさんって!」
あはは!と大きな笑い声が寝室に響く。どこにでもありそうな光景だが、俺にとってはかけがえのないものだ。唯子はこうして感情をよく表に出すようになっていた。仕事中のキリリとした雰囲気は変わらない。けれども俺と二人の時は違う。よく笑い、よく怒るようになった。その少しの変化がたまらなく愛しくて嬉しかった。
「笑うなって」
声に真剣さを交えて、柔らかな胸の先端を扱く。すると、笑い声が止み、甘い声が唯子の口から漏れた。延髄を刺激する唯子の声が、俺を息苦しくさせる。四十の男が何を、と誰かに後ろ指を刺されそうだ。けれども、むくむくの湧き上がる欲望はおさえられない。もっと聞きたいと、唯子の尖った胸の先端を口に含む。
「あ、あぁん……」
冷たい部屋に唯子の声が一層大きく響いた。声に合わせるように、俺は音を立てて胸に吸い付く。
笑いあった明るい雰囲気は消え失せ、淫靡な雰囲気が俺達の間に流れた。室内の温度が少し上がったような気すらしてくる。ピンク色の先端を、甘噛みする。すると、唯子の身体が小さく跳ねた。
「あっ……」
「その手ジャマ」
甘い声が聞きたい。耳元で囁く。唯子の口を押さえていた手を退ける。外では出来なかったことをここぞとばかりにしてやった。前髪を掻き分けて額へのキス。それと、欲望にまみれたキスき、思いっきり抱きしめる……。その度に唯子は俺の名を呼びながら応えてくれた。
色々と我慢も限界な俺は、閉じられた太ももの間に手を入れる。柔い肉肌はしっとりと湿っていた。汗か、それとも。
俺はそれを確かめるために、手を奥へと移動する。
「ひ、ぁ」
目的の場所に到達すると同時に、くちゅり、と小さな水音が聞こえた。もう片方の手で、足を思い切り開く。抵抗なく開いた唯子の中心部は、濡れそぼり、ひくひくと何かを待っていた。
「み、みないでぇ」
細い声が拒否の言葉を紡ぐ。俺はそれに応えず、水音の発信源に指を這わす。小さな陰核は、密に濡れながら、俺を待っていた。指の腹でしごくと、堪らない声が俺の延髄を刺激した。
「や、やぁぁん」
「溢れてる」
たった一擦りしただけで、指は蜜にまみれた。唯子に見せつけるようにして、自身の指を嬲る。唯子の瞳に、羞恥が浮かぶ。俺は今、酷く意地悪げに見えるだろう。そう自覚していた。
見せつけるように嬲った指を、ひくつく蜜壷に埋めていく。なんの抵抗もなく指を招き入れた蜜壷は、想像通りの温かさだった。
「あっ、ぁあ、ぁっ」
唯子のイイ所は、少し奥まったところにある。明るく、清い唯子の裏に隠された、淫靡な唯子に早く出会いたい。俺は唯子の弱い所を重点的に虐めぬく。リズミカルな俺の指の動きに合わせて、唯子の嬌声が大きくなってあった。
揺れる腰、乳房、甘い声。視覚、触覚聴覚……全ての感覚が唯子で埋め尽くされていく。
「や、ゆ、うっ……ぁぁあぁ……っ」
ぎゅ、ぎゅ、と指が蜜壷に飲み込まれる。唯子の腰が浮き、達したことが指を通して伝わってきた。
「いった?」
「ふ、ふ……う、ん」
細かに息を吐き出す唯子の額に唇を落とす。聞かなくても分かっていたが、唯子の口から言わせたい。返ったきた答えに、俺は満足し、頷いた。
「もう、」
「ごめん。唯子が可愛いのが悪い」
汗ばんだ唯子の身体を抱き込む。病院独特のアルコール臭の中に、唯子の甘い香りがした。うんと顔を近づけると、唯子の方から唇を重ねられた。柔らかい唇の感触の中に、欲望が入り交じり始めた所で俺の我慢が限界をむかえた。
「いれる」
「っ、んん」
隔たりを使用せず、ゆっくり唯子の中に昂った自身を埋め込む。一度達している蜜壷は、ぐずぐずに溶けていた。
「っは、」
「んんんっ」
一瞬で気をやりそうになる。中はぬるく、とても心地がよかった。
あぁ、やばい。本当に癖になる。
ゆるゆると腰を動かす。俺の荒い息遣いと、唯子の甘い声が重なる。気を引き締めていないとあっという間に達してしまいそうだった。それを逸らすために、唯子の白い肌に、赤い跡を残す。一度首元に跡を残したらものすごく怒られた事は記憶に新しい。けれども、俺しか見えないところというのもいいもんだと最近知った。
「んんっ、ああ……は、っ」
「ゆい、ユイ……」
逆上せそうな快感に、時に抗い、時に流される。そんな風に俺たちはお互い、高みにむかう。
荒い息遣いのほかに、じゅ、じゅぷ、と水音が温まった部屋に響く。
「は、ゆう、……も、だぁんん……っめ」
組み敷かれた唯子が涙混じりにそう言った。もう少しだけ意地悪をしたくなった俺は、唯子の片足を持ち上げ、挿入する角度をかえる。もちろん、唯子のイイ所に当たるように。
「や、っ、そこ、!」
「どこ? おしえて」
「んん、だ、め……っひ、ひぃ……っ」
よく知ったイイ所を、責める。卑猥な水音が大きくなり、口ではダメダメ言いながらも満更でもない唯子を眼下に見つめる。
「あ、あーっ、あ、いく……!いっちゃ、」
「っ、ぐ」
中がうねる。堪えようとしたが、睡眠不足の身体と空腹が今になって俺の身体にのしかかる。もう少し楽しむはずだったが、唯子に引き摺られるように達してしまった。
「な、なさけねぇ」
「は、ふ、……ふふ、おつかれ、さま」
そのまま倒れ込んだ俺の頭を唯子が撫でる。細い指が髪を梳く感触に、ついうつらうつらとしてしまう。
「やべ、ねそう」
「いいですよ。ゆっくり、休んでください」
優しい声が子守唄のようだった。最後まで唯子の言葉を聞くことなく、俺は眠りについてしまった。
「……早く、あなたの家族になりたいです」
作者メモ
一旦区切って、また書けたら唯子ちゃんのご挨拶編として連載再開したいと思います。
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