隠れんぼは終わりにしよう

ぐるもり

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もういいかい?もう、いいよ。

明日が来るのが憂鬱(唯子視点)

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 人事考課研修の他に、コミュニケーションスキル向上を目的とした聴講。元警察官僚による、侵入者、不審者対応などなど。
 働いている方がよっぽどいい。座っている仕事は自分には合わないと理解出来た三日間だった。


「こむちゃん、やっと終わったねー!」
「ほんと。なっちゃん、疲れたね」

 一緒に研修を受けていた、同期が隣で腕を伸ばしていた。私も真似をしてぐぐっと腕を伸ばす。なれない研修の疲れが、ずしって肩にのしかかって来るようだった。
 三日間、ほぼホテルに缶詰だった。課題も多く、慣れないホテル生活は、苦痛を伴った。

「こむちゃん、どっかでご飯食べていく?」
「ううん。病棟に顔を出してから帰るよ。ごめんね、なっちゃん」
「えっ! そうなの? うーん……じゃあわたしもいこうかな」

 面倒くさいと口に出すなっちゃんに、私は笑みを零す。十人程いた同期は、結婚や転職などで私となっちゃんだけになってしまった。そのなっちゃんも既に結婚をしていて、五歳児の母だ。

「なっちゃん、お子ちゃんが待ってるんじゃない? 私が言っておくから、帰りなよ」
「え! いいの?」
「うん。私、明日休みだし」

 この三日間は勤務扱いとなる。そして、明日予定を入れていた私は、指定休を取っていた。出来ることならば行きたくない。けれども避ける事の出来ない予定だった。

「でも、こむちゃんも待ってる人がいるから早く帰りたいんじゃ無いのー?」

 病棟に伝達講習をするための資料とそうでないものを分けていた私の手が止まる。
 ぎ、ぎ、と油の切れた機械人形の様に首を動かし、なっちゃんと向き合う。

「……し、知ってるの?」
「最近楽しそうだし。いい人出来たのかなって?」
「……」
「こむちゃん、結構顔に出るタイプだよ? スマホ見てソワソワしたり、遠くの方見てため息ついたり。わかりやすいよ」

 なっちゃんが身体をくねくねとくねらせながら、遠くの方を見てため息をつく。私の真似?と聞けば、親指を立てられた。
 バレてしまったことに対して、私はひどく動揺していた。

「あ、あ、あのね?隠していた訳じゃなくて。なんて言うか、今話すことじゃないかなとか……」
「うん。また話したくなったら教えて? ……佐鳥先生捕まえるなんて、やるじゃん?」

 佐鳥先生以降は、私の耳元で囁かれた。机の上に置いておいた資料が、私の手をすり抜けて床に落ちる。

「な、な、なな、な」
「ふふふん。あの納涼会以来だもん。こむちゃんが変わったの。先生と隣通しのくじ引いて慌ててた時、私隣にいたし」

 はくはくと口を閉じたり開いたりする私に、なっちゃんは更なる追い打ちをかけてきた。

「一緒に暮らしてるんだよね? 佐鳥先生、独身寮出たって聞いたもん」

 そこまで知られていることに、私は手に残っていた資料を握り潰してしまった。ぐしゃりと紙が潰れる音で我に返る。慌てて資料の皺を伸ばすが、時既に遅し。しわしわな資料と、なっちゃんの間を視線が行ったり来たりしてしまう。

「冷静はこむちゃんが慌ててるの面白い!」
「な、なななっちゃん!」
「多分、私だけしか気がついていないよ。大丈夫! 内緒にするね!」

 ばちん! と音が出そうな大きなウインクをなっちゃんが飛ばしてくる。とても五歳児のお母さんとは思えない愛らしさがあった。私にも少し分けて欲しい。そんなことを思って私は現実逃避していた。
 私の動揺を他所に、なっちゃんは落ちた資料を拾ってくれていた。気がついた私も慌てて、しゃがむ。

「……こむちゃんが幸せになってくれたら、私、嬉しい」
「……なっちゃん」

 私の生い立ちを知っているなっちゃん。人のはけた研修室で、大人がふたり、座り込みながら笑い合う。傍から見たら少し、異様な光景かもしれない。けれども、なっちゃんの優しさは、私の心にじん、と響いた。

「さて、帰ろうか?」
「うん。なっちゃんの病棟にも言っておくね」
「ありがと! 今度お礼する!」

 鞄に皺くちゃな資料をしまう。すると、鞄が少し震えているた。中を覗けば、チカチカと光るスマートフォンが見えた。

「電話?」
「……う、うん」
「取らないの?」
「……ごめん、ちょっといい?」

 なっちゃんから距離を取り、スマートフォンを耳に当てる。毎日何十件も着歴を残している人物からだった。無視をするにも限界があると思い、私は渋々電話に出ることにした。

「もしもし」
「あ! 唯子ちゃん!? やっと出た! 留守電、聞いた?」
「……はい。伯母さん。聞きました」
「なら要件は早いわ。繰り返しになるけど、明日、十五時、駅前のカフェmomenmoで」
「……はい、明日十五時、カフェmomenmoですね。わかりました」

 仕事の癖で、要件を繰り返す。声色が事務的になってしまうのは、仕方が無いこと。所謂、招かざる客。
 要件は終わったとばかりに、私は電話を切ろうとした。

『うちの浩司との結婚話、進めますからね!』

 一瞬通話を切るのが遅れてしまった。特徴的な伯母の声が、研修室に響き渡る。
 私が取り繕うよりも先に、なっちゃんが声を荒らげた。

「どういうこと!?」
「……何でもないから」

 何でもないってことは無い!となっちゃんは私の肩をゆする。心配をかけまいと、私は問題ないと口にする。しかし、なっちゃんは納得してくれなかった。

「先生は!? こむちゃん!」
「……大丈夫。明日会って、ちゃんと断るから」

 バグバクと心臓が早鐘をうつ。スマートフォンを持つ手が震えている。どうしてこうなってしまったのか、経緯を思い出す。とても簡単でくだらない事だ。
 私は、小さく息を吸って、大きく吐き出す。少しずつ心臓が落ち着いてくる。その時を待って、私はなっちゃんに話しかけた。笑顔が引き攣らないよう細心の注意を払いながら。

「さ、行こう? 遅くなっちゃったね」
「こむちゃん! 先生にちゃんと相談した方がいいよ?!」
「今日は先生、当直だから。忙しいでしょ?」

 お願いだから、聞かなかったことにしてほしい。俯いたままそう呟く。隣でなっちゃんの息を飲む音が聞こえた。

「……こむちゃんは、何でもひとりで出来るよね。でもそれって何だか違う気がするよ」
「……」
「……わたし、先に帰る」

 怒った表情をしたなっちゃんが視界の端に見えた。けれども私は立ちすくんだまま。追いかけることも声をかけることもできなかった。

 パタパタと遠ざかる足音が私の耳に入る。握りしめていたスマートフォンが手からするりと落ちていった。

 どうすれば良かったのだろうか?
 答えが見つからない。

 伯母の要件は、とても受け入れられないものだった。
 自分の息子と、私を結婚させる。
 私の住む家の名義を、伯母の息子に変更する。
 そして、土地を売る。

 私の住む家付近の土地開発が進み、地価がぐんと跳ね上がった。それを知った伯母が、独り身の私を心配する体を装い、私に結婚話を持ちかけてきたのだ。伯母の息子は、医学部受験に落ち続け、ほぼ引きこもりの生活をしている。恐らく、金が入り用なのだろう。
 今の家は、おばあちゃんが死ぬ前に、名義を変更してくれていた。そのため、私はあの家に住み続けられた。一筋縄で手に入れることが出来ないと知った伯母が、考えた手がこれだった。

 

『まぁ、壊す方がお金がかかるわよね。こんな家。金銭的にはマイナスになるから、この家はあんたにあげる。その代わり……』
 
 おばあちゃんが死んだ当日、伯母は私に向かって吐き捨てるようにそう言った。

 おばあちゃん持っていた預金だけでなく、指輪や着物。金になりそうなもの全てが伯母の手に渡った。
 おばあちゃんが亡くなったことにショックを受けていた私が、伯母の暴挙に気がついたのはずっと後になってからだった。
 

「……私、どうしたら良かったの?」

 有志に相談したら、力になってくれるかとしれない。けれども、伯母の事を話して、おばあちゃんの事を思い出したら。

「また、医者と患者家族の関係に戻りたくない」


 まだ『ひとり』に戻りたくない。
 私は、私のわがままのために、『ひとり』で戦わなくてはいけない。
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