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もういいかい?もう、いいよ。
次の方、どうぞ
しおりを挟む「四十八番でお待ちの方。どうぞお入りください」
診察机に設置されたマイクで患者を呼ぶ。患者が来るまでの間に、血液検査、CT、PET検査の結果をパソコン内に表示させる。結果内容は芳しくない。これから、結果と病名を伝えなくてはならない。いつも、この瞬間は気が重い。慣れると周りから言われ続けているが、その時は一向に訪れてくれなかった。
程なくして、ドアがノックされる。カチャリと控えめな音ともに、老人と若い女の子が診察室に入ってきた。
「こんにちは。主治医の佐鳥です」
「……若い先生ねぇ」
「……そうですね。小村さんよりはずっと若いですね」
外来を受け持つようになって三年。まだまだひよっこ扱いされることが多い。表情を変えず、さらりと流すように俺は受け答える。
「あら、気に障りました? ごめんなさい」
「いえいえ。慣れてますから。……では、この間の検査の結果説明から……」
パソコンのデスクトップを小村さんの方に向ける。同時に、血液検査の結果が印刷された紙を渡す。出した紙を受け取った小村さんは、目を通すことなく俺に向き合った。
「先生、私、まどろっこしいの嫌いなので、先に病名を教えてもらえます?」
「……膵頭部悪性腫瘍、十二指腸浸潤、リンパ節、肺、肝臓転移。ステージ四です」
俺の言葉に、後ろに立っていた女の子の息を飲む音が聞こえた。しかし、当の本人は、分かっていると言わんばかりに口元に笑みを浮かべていた。
「まぁ。思ったより悪いのね」
「……本来なら内視鏡検査をして、病態などを調べ……」
「ああ、そういうの要らないわぁ。で、私はこれからどうしたらいいのかしら?」
変わらぬ笑みを浮かべた小村さんに、俺は動揺を隠せない。少なからず、告知された瞬間は、誰しも動揺を隠さない。これでは、まるで俺が告知されたようだ。
「手術はできません。薬による治療がメインです」
「……化学療法? やりたくないわぁ」
「おばあちゃん!?」
「よく考えて、唯子? もう十分生きたの。これ以上は必要ない」
「……それでも」
小村さんの言うことは、正論だ。化学療法と言っても、実際は効果があるかどうかも分からない。延命目的、というのが一番正しいのかもしれない。やる、やらないの押し問答を繰り返す二人を見つめながら、俺はそんなことを思った。
「ねぇ、先生? ここ緩和ケア病棟がありましたよね? 私、そこに入りたいわぁ」
二人のやり取りを見つめていた俺に、急に話が振られた。ぼんやりしていたのを悟られないように、俺は白衣の襟を正す。
「……それも、可能です。そちらの外来にかかってもらい、以降、主治医が変更に……」
「あら、それはダメ!」
緩和ケア外来の日程を確認しようと、外来受診表を手に取った時、遮るように小村さんの手が俺の手に重ねられた。
「主治医は貴方がいいわ。私、先生のこと、とても気に入ったの」
「……は、はぁ」
「近いうちに死にゆくばばあのお願いよ。……先程は失礼なことを言いました。私は、先生がいいです。先生に、看取ってほしい」
きちんと話をしたことなどない人間にどうしてそこまで言えるのか。俺は不思議で仕方がなかった。頭を下げる小村さんに動揺を悟られないよう、俺は唾を飲み込む。心を落ち着かせた後に、返事は今直ぐには出来ない。そう伝えた。すると、また次回来た時にはちゃんとしておくようにと、何故か説教をされた。後ろの女の子が酷く慌てていて、俺は笑ってしまった。もちろん、小村さんも、笑っていた。
よく笑う、変わった人だな。
俺の小村華さんの最初の印象は、それだった。
「あら! 先生今日は早いのね」
「今日はみっちり外来で働かされるんです。夕方来ると、小村さん遅いって怒るじゃないですか」
小村さんの願ったとおり、緩和ケアに移行しても主治医は俺のまま。そして、小村さんはすぐに入院することとなった。食欲低下や、日常生活を一人で送ることができなくなった為だ。
「あら、そうかしら?」
「そうですよ。この間夜に顔を出したら『遅い! こんな遅くなら来なくていい! 早く帰りなさい! 』って、矛盾して怒ったじゃないですか」
爽やかな秋風が入る病室。小村さんは、やはりよく笑う、変わった人だった。
「お酒が飲みたいわ」
「……うーん。舐める程度なら」
「先生と飲んでみたいわ! 今度ぜひうちにいらして! 唯子、酒屋さんにビールお願いしておいて!」
「はいはい。おばあちゃんの言う通り、いつでも瓶ビール三本はストックされてます!」
「いいですね。俺もビールが一番好きです」
「今日は、三好さんが来てくれたのよ。先生、そこにある梨、持って帰って?」
小村さんの病室には、毎日と言っていいほど、誰かがお見舞いに来ていた。
周りに人の集まる、よく笑う人だった。しかし、病魔は確実に小村さんの身体を蝕んでいた。ついに、ほとんど食事をとることが出来なくなったのだ。
食べられなくなったら、生命活動の終わりが近づいている。人間らしく死にたいという本人の希望の元、点滴はしない方向になった。その時も、小村さんは笑っていた。
別れの日は、あっという間にやってきた。
昼前、酸素濃度、意識レベルの低下の知らせを受けた。俺が、小村さんの孫をよろしくと頼まれた次の日だった。
家族に連絡をし、来てもらう。見たこともない、女の人だった。今までの病状を説明する。しかし、聞いているのか、聞いていないのかよくわからない態度だった。
俺はこの時、少しだけ焦っていた。最初から最後まで、誰かを看取るという経験は、あまり無かったためだ。俺は、いつも居る人物が居ないことに気が付かなかった。
「……おばあ、ちゃん?」
夕方、孫娘がいつも通りに見舞いに来た。片手には、食べられなくなった小村さんのために作った、手作りの果汁ジュース。それなら少し口に出来ると言っていた小村さんのために、孫娘が毎日届けていたものだ。
病状が悪い事を誰も知らせなかったようだ。変わり果てた姿になった祖母に驚き、持っていた果汁ジュースを床に落としていた。似つかわしくない、甘い香りが病室に広がる。
孫娘はずっと小村さんの側に寄り添っていた。
ホールでは、小村さんの娘夫婦の笑い声が響いていた。それが、俺の神経をひどく逆なでした。笑い声が、小村さんによく似ていた。
「……来年の五月には、クレマチス植えようって言ってたね」
「……チューリップの球根、買ったよ? おばあちゃんの好きなローズピンクだよ」
「植木屋さん……いつ来てもらう?」
おねがい、おばあちゃん、まだ行かないで。
すすり泣く声に耐えられなくなった俺は、病室に入ることが出来ず、その場から逃げ出した。二人にしてあげようという言い訳をして。
「では、先生。お世話になりました」
「……お疲れ様でした」
陽の沈むと同時に、小村さんは息を引き取った。そこから家族の動きは早かった。早々に葬儀屋と連絡を取り、迎えを依頼していた。俺の気持ちの整理を待つ暇もなく、小村さんを乗せたワゴン車は病院を去っていった。ウインカーと同じ方向に曲がる車が消えるまで見送る。俺の隣には、何故か孫娘が大量の荷物とともに残されていた。
唇を噛み締め涙を堪える孫娘に、どう声をかけていいか俺は迷っていた。すると、孫娘がお辞儀とともに、今にも消えそうな声で、俺にお礼を口にした。
「……頑張ったな。ほら、ばあさんの最後にいた所なんだ。また、顔出せたら出せよ?
「……先生、そうしたら……。見つけてくれますか?」
「……おう。任せておけ」
孫娘の頭に乗せた手は、払われる事無くそのままだった。外すタイミングを逃した俺は、手を置いたまま身動きが取れなかった。
「……先生! たくさんたくさん、ありがとうございました!」
突如、手が行き場をなくし、空を切った。孫娘が離れていったからだ。
「……先生! たくさんたくさん、ありがとうございました!」
振り向いて笑ったお孫さんは、小村さんとよく似ていた。
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