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ありがとう。きっとこれがお別れ
しおりを挟む「私は、あなた達を許さない」
少し震えた声は、リシャーナの弱さを表しているようだった。スバイツがこの縄を切り、立ち上がったらリシャーナなどひとたまりもないだろう。しかし、散々弄ばれ、心が壊れそうなほどの夢を見せられたことは許せない。
「絶対に、許さない」
「……どうするつもりだ? この件に関しては、自国の貴族が多く関わっている。お前一人潰すことなど簡単だ」
「それでも」
リシャーナは拳を強く握る。そして、大きく息を吸う。
「絶対に、許さないんだから! 私の大好きな人達をこんな目に合わせたあなた達を!」
メイを失ったときの苦しみと悲しみを思い出すと今でも胸が張り裂けそうだった。今傷ついたエルネストを目の前にして、息をするのも苦しいほど悲しみが溢れている。
「リシャー……」
スバイツが目を見開き、リシャーナを見つめてくる。
悔しい。惨めだ。悲しい。痛い。苦しい。リシャーナの中に負の感情がうずまく。傷ついた体から血が流れるが、もう禍花はどこにも咲いていなかった。
「私はもう決して不幸になったりしない。禍花も咲かない。私が幸せであることがあなた達への復讐」
後ろ向きな自分とはさよならだ。リシャーナはスバイツに背を向け、エルネストの元に向かう。
「……待っていてくれました?」
いつも自分の前に立って守っていてくれた愛しい人。この優しい人が笑顔で過ごせるのであれば、リシャーナは幸せだった。
「あぁ、待っていたよ。君が僕の元に帰ってくることを」
「……うん」
体が軋むのを忘れ、リシャーナはエルネストに思い切り抱きついた。その瞬間、意識が遠のく。自分に限界が来たことを悟り、リシャーナはゆっくり目を閉じた。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪
「リシャーナ、リシャーナ!」
誰かが呼んでいる。そう思うが、瞼が重くて目を開けられない。もう少し寝かせていて。そう思ったが、寝てはいけないと頭の中で誰かが叫ぶ。
それでも、まだこのまどろみの中で過ごしていたいと思ってしまう。
(誰かが、わたしを、呼んでいる)
誰だろう。おとうさま、おかあさま? それとも、エルネスト様。
思いつく限りの人を浮かべるが、どれも違う。
「アイシャ」
そう呼ぶ人はこの世に居ないはず。けれどもたしかにそう聞こえてきた。
爽やかな草の香りと、真っ青な空。リシャーナの魔術を恐れず、制御できるように手を取ってくれた。両手を広げて飛び込む場所はいつだって同じだった。ふくふくと柔らかく、誰よりもあたたかい。そして、干し草と澄んだ空気と美味しそうなパンの匂いを身に纏ったリシャーナを照らす光。
「アイシャ、私のかわいいこども。幸せの証」
久しぶりに聞いた優しい声。その声に誘われるようにゆっくりと意識を浮上させる。あたたかくて、いつまでもそこにいたいと思う夢だ。
けれども、リシャーナは幸せになると決めた。
もうお別れしなければならない、唯一の優しい過去。
最後に見た光景は、全てを焼き尽くす赤と正反対の慈愛に満ちた微笑みだ。
(あぁ、メイおば様はきっと幸せだったんだ)
愛する子供と最後を迎えること、そして、禍花から解放されることを。きっと今のリシャーナと同じだったのだろう。
愛を与えたい人を見つけたからこそ。幸せになると決めたからこそ。そうだったと胸を張って言える。
「メイおば様、大好き。私はきっと幸せになれる」
自分でも驚くくらい凛とした声だった。
「子供は世界の宝だよ。幸せに」
何度も何度も聞いた言葉だった。けれどもこれはきっと過去ではない。リシャーナにかけられた、メイからの最後の言葉だと信じたい。
「ありがとう。メイおば様。私はきっと幸せになる」
もう帰らなくちゃ。眩しい光に包まれて、夢が終わりだということを教えてくれる。自然と口元が綻び、やっと自分なりのお別れが出来たことを悟った。
(あなたの過ごした日々は、かけがいのないものだった)
例え、遠く離れた息子の代わりだとしても、アイシャとして過ごした時間は何にも変えられない。
ありがとう。
ありがとう。
何度もそう繰り返し、リシャーナは現実へと戻ることを選んだ。
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スバイツがやって来てこれからどうなるか、ハラハラしながらまた読みたなと思ってます
更新がんばってください!
なかむ楽さま、いつもありがとうございます!
今日から新しい話になります。楽しんでもらえるとうれしいです!