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ソフトボールの練習中に石油王が空から降ってきた。
その日、美代子と早紀と一緒に来週のソフトボール大会にむけて半ば遊びがてらグラウンドの空いてるスペースでキャッチボールとかバッティング練習とか、気の向くままに運動に勤しんでいた。
そんな時に、早紀の打ったボールが遠くまで飛んでしまって、私は頑張ればフライで捕れるんじゃないかなと思って、空を見上げて黒い点を追っていたら、気づけばその点がどんどん巨大になって、私の身体を直撃した。
「ぐぎゃ!」
残念ながら私は高2の女子らしからぬカエルの潰れたような声をあげてそのまま意識を昏倒させてしまった。
薄れる意識で美代子が早紀が近づいてくるのが分かったが、私の心はもう疲れて休みたがっていたので、まるで寝落ちするようにそのまま意識は病院の中に移っていた。
「ここは……」
見知らぬ天井。
そんな恒例のギャグを思いつくくらいには私は元気で、起き上がって横を見るとそこには心配そうに私を見つめる目鼻立ちのしっかりしたアラブ系のイケメンが存在していた。
「え、ええと、どちら様ですか……」
と言うとアラブのイケメンは「uumm...」と言葉を漏らしてから、ゆっくりとカタコトの日本語で喋りはじめた。
「ワタシハジョイデス」
「じょい?」
私は頭のなかに洗剤の関西弁で喋るイメージキャラクターが思い浮かんだ。
「ワタシハアナタヲキゼツシタ」
「気絶? ああ、これ、これのことですか?」
私は片言ながら喋ろうと努力するジョイの話を聞いてようやく理解してきた。
ジョイはあるアラブの国で石油で儲けているお金持ちの一人で、自家用ジェットで旅行中にハイジャックにあって、命からがら空に飛んで脱出したというのだった。
「ゴメンナサイ」
「え、い、いやいいですよ。そりゃそんな大変な目にあったんでしたら……」
「オワビシマス」
と、ジョイはサラサラと紙に何かを書いて私に手渡した。
ジョイの手は男の癖に私より綺麗で、私は受け取るのを恥ずかしがったが、結局受け取って中を見ると電話番号らしき文字の羅列が並んでいた。
「これは」
「デンワバンゴウ・デス」
「番号……あーなにかあったらここに電話してって」
「オレイデス」
と、そう言ってジョイは席を立った。
「あ……」
「カヨサンワタシハイツデモタスケマス」
「助けるって」
と、私はジョイを追いかけようと足を踏み出すと、そこには何もない空間が広がっていた。
あ、あれ。
ジョイを見ると彼は扉の前に立って、その綺麗な指を使ってドアを開けて去っていこうとする。
ま、待って。
進もうとすると、何もない空間に足を飲まれそうになる。一歩引いて、ベッドに捕まるが、そうするとジョイは向こうに行ってしまう。ま、待って。ジョイ。どうして。何が。これは……。
◇
「か、カヨ! アンタ大丈夫!」
「か、かよちゃぁぁぁぁぁん!」
目覚めると私はグラウンドの隅っこで美代子と早紀に泣きつかれていた。
「ミヨ、サキ、あんたら……ってかここは?」
「ここはじゃないよ、あんたボール追いかけてどこまで行くんだと思ったら急に倒れるんだもん」
「かよちゃんよかたぁ」
涙と鼻水を押し付けてくる美代子は無視して、早紀の話を聞くに私はソフトボールの練習中にボールを頭にぶつけたか何かで気絶してしまったらしい。
心配した二人は先生を呼ぼうかスマホを使って119をしようか110だっけかと話てるうちに、私が目覚めたというのだった。
「そっか、夢か……」
「あんた本当に大丈夫? 一応、家帰ったら病院行きなよ。大丈夫だと思ってても、後でぽっくり逝っちゃうなんて話よくニュースで見るんだから」
「かよちゃぁああん死なんで」
「死なないよ。……うん、そうだね、ありがとう」
私は二人に石油王を見なかったかと訪ねようと思ったが、何だかそんな空気でもなかったから話さなかった。
これを笑い話として喋るにはあとちょっとだけ時間が必要になるだろう。
つーか、そんなこと言ったらマジで美代子がガン泣きする。
「それじゃ、今日はこんなとこで引き上げような。ソフトボール部から借りたバットとかあたしが返してくるよ」
「あ、私も……」
「いいよ、カヨはゆっくり休んでおきな」
「うぅぅぅ、ありがとうさきちゃん」
「アンタも片付けるんだよミヨ」
「うぅぅぅ」
と、引きずれてていくミヨを見つめながら私は起き上がろうと、地面に手をつこうとすると、自分の手のひらに丸まった紙があることに気づいた。
「え?」
あちこち折れてはいるものの、それは石油王の電話番号が書かれた紙だった。
◇
その後、新島佳代は石油王の番号に電話をかけることはなかった。
ただ、辛い時、それは受験勉強だったり、就職活動だったり、人生の節目節目で思い出すように長財布の端っこから取り出して宝物のように見つめるのだった。
あの日に起きた奇妙な出来事が何だったのか、それは分からない。
だが、あの綺麗な石油王との夢での邂逅は、結婚して子供を産んでも思い出として美しく抱えていこうと、そう決めているのだった。
◆
一方で地球視察に訪れていたユグドラン星人はあの時宇宙船の誤動作で地球の日本という島国の少女の頭に直撃してしまった件について、酒の席で同僚に恥ずかしそうに話す。
「あれは地球人の少女にすまないことをした。せめてものお詫びをとあの国の最もポピュラーな通信規格の番号で連絡先を教え援助を約束したよ」
「しかし、援助はいいが、どうやってそれを彼女に伝えたんだ?」
「あの星の人間は就寝活動直前に特殊な催眠波を発して、夢という奇妙な空間を形成するんだ。私はそこに入り込んで彼女に謝罪とお詫びを伝えた」
「しかしよく上手く行ったな。夢という事象は前に私も論文で読んだことはあるが、入り込もうとする場合、夢の中で許容されている信号に自分自身をラッピングしてあげる必要がある。だが、夢の中で許容されるものなんて人間によって異なる。どうやって彼女の中に入り込む鍵を見つけたんだ」
「ああ、これは私も論文で読んだんだが、地球人の多くは次のような夢を持っているらしい」
そう言って、ユグドラン星人の一人は自分たちの後ろにある有人惑星探索装置を指差した。それは有機生命体が存在しなければ存在し得ないある化石燃料をキーとして有人惑星を探索する仕組みを取った装置であった。
「この星の人間は、石油王が空から落ちてこないかと夢を見るんだと」
その日、美代子と早紀と一緒に来週のソフトボール大会にむけて半ば遊びがてらグラウンドの空いてるスペースでキャッチボールとかバッティング練習とか、気の向くままに運動に勤しんでいた。
そんな時に、早紀の打ったボールが遠くまで飛んでしまって、私は頑張ればフライで捕れるんじゃないかなと思って、空を見上げて黒い点を追っていたら、気づけばその点がどんどん巨大になって、私の身体を直撃した。
「ぐぎゃ!」
残念ながら私は高2の女子らしからぬカエルの潰れたような声をあげてそのまま意識を昏倒させてしまった。
薄れる意識で美代子が早紀が近づいてくるのが分かったが、私の心はもう疲れて休みたがっていたので、まるで寝落ちするようにそのまま意識は病院の中に移っていた。
「ここは……」
見知らぬ天井。
そんな恒例のギャグを思いつくくらいには私は元気で、起き上がって横を見るとそこには心配そうに私を見つめる目鼻立ちのしっかりしたアラブ系のイケメンが存在していた。
「え、ええと、どちら様ですか……」
と言うとアラブのイケメンは「uumm...」と言葉を漏らしてから、ゆっくりとカタコトの日本語で喋りはじめた。
「ワタシハジョイデス」
「じょい?」
私は頭のなかに洗剤の関西弁で喋るイメージキャラクターが思い浮かんだ。
「ワタシハアナタヲキゼツシタ」
「気絶? ああ、これ、これのことですか?」
私は片言ながら喋ろうと努力するジョイの話を聞いてようやく理解してきた。
ジョイはあるアラブの国で石油で儲けているお金持ちの一人で、自家用ジェットで旅行中にハイジャックにあって、命からがら空に飛んで脱出したというのだった。
「ゴメンナサイ」
「え、い、いやいいですよ。そりゃそんな大変な目にあったんでしたら……」
「オワビシマス」
と、ジョイはサラサラと紙に何かを書いて私に手渡した。
ジョイの手は男の癖に私より綺麗で、私は受け取るのを恥ずかしがったが、結局受け取って中を見ると電話番号らしき文字の羅列が並んでいた。
「これは」
「デンワバンゴウ・デス」
「番号……あーなにかあったらここに電話してって」
「オレイデス」
と、そう言ってジョイは席を立った。
「あ……」
「カヨサンワタシハイツデモタスケマス」
「助けるって」
と、私はジョイを追いかけようと足を踏み出すと、そこには何もない空間が広がっていた。
あ、あれ。
ジョイを見ると彼は扉の前に立って、その綺麗な指を使ってドアを開けて去っていこうとする。
ま、待って。
進もうとすると、何もない空間に足を飲まれそうになる。一歩引いて、ベッドに捕まるが、そうするとジョイは向こうに行ってしまう。ま、待って。ジョイ。どうして。何が。これは……。
◇
「か、カヨ! アンタ大丈夫!」
「か、かよちゃぁぁぁぁぁん!」
目覚めると私はグラウンドの隅っこで美代子と早紀に泣きつかれていた。
「ミヨ、サキ、あんたら……ってかここは?」
「ここはじゃないよ、あんたボール追いかけてどこまで行くんだと思ったら急に倒れるんだもん」
「かよちゃんよかたぁ」
涙と鼻水を押し付けてくる美代子は無視して、早紀の話を聞くに私はソフトボールの練習中にボールを頭にぶつけたか何かで気絶してしまったらしい。
心配した二人は先生を呼ぼうかスマホを使って119をしようか110だっけかと話てるうちに、私が目覚めたというのだった。
「そっか、夢か……」
「あんた本当に大丈夫? 一応、家帰ったら病院行きなよ。大丈夫だと思ってても、後でぽっくり逝っちゃうなんて話よくニュースで見るんだから」
「かよちゃぁああん死なんで」
「死なないよ。……うん、そうだね、ありがとう」
私は二人に石油王を見なかったかと訪ねようと思ったが、何だかそんな空気でもなかったから話さなかった。
これを笑い話として喋るにはあとちょっとだけ時間が必要になるだろう。
つーか、そんなこと言ったらマジで美代子がガン泣きする。
「それじゃ、今日はこんなとこで引き上げような。ソフトボール部から借りたバットとかあたしが返してくるよ」
「あ、私も……」
「いいよ、カヨはゆっくり休んでおきな」
「うぅぅぅ、ありがとうさきちゃん」
「アンタも片付けるんだよミヨ」
「うぅぅぅ」
と、引きずれてていくミヨを見つめながら私は起き上がろうと、地面に手をつこうとすると、自分の手のひらに丸まった紙があることに気づいた。
「え?」
あちこち折れてはいるものの、それは石油王の電話番号が書かれた紙だった。
◇
その後、新島佳代は石油王の番号に電話をかけることはなかった。
ただ、辛い時、それは受験勉強だったり、就職活動だったり、人生の節目節目で思い出すように長財布の端っこから取り出して宝物のように見つめるのだった。
あの日に起きた奇妙な出来事が何だったのか、それは分からない。
だが、あの綺麗な石油王との夢での邂逅は、結婚して子供を産んでも思い出として美しく抱えていこうと、そう決めているのだった。
◆
一方で地球視察に訪れていたユグドラン星人はあの時宇宙船の誤動作で地球の日本という島国の少女の頭に直撃してしまった件について、酒の席で同僚に恥ずかしそうに話す。
「あれは地球人の少女にすまないことをした。せめてものお詫びをとあの国の最もポピュラーな通信規格の番号で連絡先を教え援助を約束したよ」
「しかし、援助はいいが、どうやってそれを彼女に伝えたんだ?」
「あの星の人間は就寝活動直前に特殊な催眠波を発して、夢という奇妙な空間を形成するんだ。私はそこに入り込んで彼女に謝罪とお詫びを伝えた」
「しかしよく上手く行ったな。夢という事象は前に私も論文で読んだことはあるが、入り込もうとする場合、夢の中で許容されている信号に自分自身をラッピングしてあげる必要がある。だが、夢の中で許容されるものなんて人間によって異なる。どうやって彼女の中に入り込む鍵を見つけたんだ」
「ああ、これは私も論文で読んだんだが、地球人の多くは次のような夢を持っているらしい」
そう言って、ユグドラン星人の一人は自分たちの後ろにある有人惑星探索装置を指差した。それは有機生命体が存在しなければ存在し得ないある化石燃料をキーとして有人惑星を探索する仕組みを取った装置であった。
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