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第十三章 次男・楊広

第十三章 次男・楊広 一

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 次男『楊広ようこう』は確かに優秀であった。
 武功があった上に教養も申し分なく、姿は伽羅の父、独孤信に迫る端整さがあった。

 兄の勇も少年の頃は美童として有名であったが、夜ごとに宴を開くので段々と『横』に成長していった。
 当時、牛肉が最高級とされていたが、それらをふんだんに使った脂ぎった料理が好みであったのだ。

 瓜や筍、蓮根や芋など、野菜の煮付けは作らせなかった。
『田舎くさい』『しみったれている』と嫌ったのである。
 酒は浴びるように飲んだ。

 結果、顔中に吹き出物が出るようになって容貌も衰えた。
 ついには、怠惰な者特有の、ぶよぶよとした空気も纏うようになったので、見目では楊広と勝負にもならぬ。

 ただし凛として見える『広』の方もそれは見かけだけであり、彼もまた若く、絢爛女色への誘惑は断ち難いものがあったのである。

 さて、繰り上がって太子妃となった広の正妃・しょう氏は大変な美女であった。
 少女の頃から気品があり麗しかったが、婚儀を済ませ、大人の色香を放つようになってよりは益々である。

「いや、お前ほど美しい女人はおらぬよ。
 私はなんという幸せ者なのだろうか」

 広は、かつて兄のものであった東宮において、満足げな笑みを蕭氏に向けていた。

「まあ、わたくしなど、皇后さまの足元にも及びませぬ」

 かんばせも優し気なら、声も優し気。
 それでいて豊かな胸と柳腰は、上質な色気を含む。

「いや確かに幼き日には母が一番美しいと思ってもいたが、そなたの美しさは格別じゃ。
 それだけではのうて、学にも優れているから話していて実に楽しい。正に太子妃にふさわしい」

「恐れ多いお言葉ですわ。でも嬉しゅうございます」

 しょう氏はポッと頬を染めた。
 彼女は夫に惚れられて大切に扱われていたが、図に乗ることなど全く無かった。

 南朝の姫君という高貴な血筋におごることも無く、贅沢品をねだることもない。
 そこはまさに伽羅の見込んだ通りであったのだ。

 ただし計算違いもあった。
 このしょう氏、夫のすることに全く逆らわぬ女だったのだ。

 しょう氏が夫に従順なのは、太子繰上りが行われる前――――新婚の頃からそうなのである。そういう性質なのだ。

 彼女は学問を好んでいたので、やろうと思えば伽羅のように、夫と討論を交わすことさえ出来ただろう。
 だが、彼女が政治や夫のやり方に口を出すことは一切なかった。
 隠し切れない教養は『ほんのり』と香るが、出しゃばったりはせず、常に夫を立てている。

「ほんにそちは控えめじゃな。そこがまた愛らしいが」

「まあ、太子様はいつもお上手です事」

 しょう氏は口元に袖を当てて上品にほほ笑んだ。
 彼女の従順さは、二月に生まれたばかりに実親から捨てられ、常に養い親の顔色を窺って育ってきたことにも起因しているのだろう。

 そうして隋に来て数年で『祖国』さえ消えて無くなった。
 今は夫である太子と、自分を推薦し、目をかけてくれた皇后の寵のみが頼りである。

 また、彼女は北方騎馬民族系の伽羅とは違って、生粋の漢人であった。
 漢人の間では、財ある男が多くの愛妾を持つのは当然のこととされている。
 嫉妬深い妻も多かったのは事実であるが、建前上、正妻は愛人とも仲良くし、共に夫を盛り立てていくのが『婦徳』であるとされていた。

 つまり、しょう氏は『漢人』としては『大変な賢妻』であったのだ。

 あれほど伽羅を愛していた楊堅がつい浮気を試みたように、実は楊広もふらふらと出来心で浮気してしまったことがあった。
 まだ太子に立てられる前のことなので、楊広のこらえ性のなさは父以上ということになる。
 絶対にバレぬようにと例の高熲のごとく腐心していたのだが、これが何故か、あっという間に妃にばれた。
 広は全身から汗が噴き出る思いであったが、妃からとがめられることは一切無かった。

「その……許してもらえるのであろうか?」

 恐る恐る窺う広に、しょう氏は優しく微笑んだ。

「お気になさらずともよろしいのですよ。
 わたくしを引き取って下さった養父様にも妾は数人おりましたが、養母様は取り乱したりはせず、上手く計らっておいででしたわ。
 それこそが正妻の器量というものです。
 あなたさまに一番に可愛がっていただけるだけで、わたくしは幸せですのよ」

「その……このことは母には……」

「ご心配あそばされなくとも、秘密に致しますわ」

 しょう氏は、またおっとりと上品に微笑んだ。
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