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第十一章 独孤皇后と二人の乞食女
第十一章 独孤皇后と二人の乞食女 七
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熾繁は悪皇帝の妃として過ごしていたその頃に、姉とも慕う麗華から琵琶の手ほどきを受けていた。
その麗華に琵琶を教えたのは伽羅である。
大興城の後宮に隠れ住むようになってからも、皇帝のおらぬすきに伽羅に招かれ、共に弾くこともあった。
外には出られぬ熾繁の、せめてもの慰みにと伽羅が気をきかせたのである。
だから熾繁の弾く琵琶は、強弱の付け方も間の取り方も、伽羅の弾く琵琶の調べに大変よく似ていた。
さて、垣間見た女性のあまりの美しさに言葉もなく立ち尽くしていた楊堅だったが、熾繁は全く気が付かずに、物憂げな様子で琵琶を弾き続けていた。
きっと亡き父母や祖父、夫の宇文温、散っていった一族の者たちのことを想って弾いていたのだろう。
ふと、手を止めて宙を見上げた彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
楊堅はこのとき、彼女の美貌と涙に、一目で心を奪われてしまった。
病に寝付いた妻のことさえ忘れてしまったのだ。
一方、伽羅は健康がすぐれぬ日々が続いていた。
庶民に比べれば栄養状態も良く、厳しい労働なども無かったが、子を九人も生んだ体はやはり衰えるのも早いのか。熱が下がったと思うとまた上がる。食も進まない。
異母弟・独孤陀の術によって定められた死期も、あと数年を残すのみとなっていた。
このように突然弱ったのは、そのことにも関係があるのではないか。
伽羅には、そう思えてならなかった。
『猫鬼』は密かに人の体内に入り、その臓腑から生気を啜すすり上げるのだという。
独孤陀は必死に寿命を取り戻す術を探していたが、当初の予想に反して中々見つからない。
ついには己の全寿命を差し出して伽羅の寿命をわずかでも延ばすと言い出したが、それはもちろん伽羅が断った。
しかし呪殺のことを思い出すにつけ、伽羅は珍しく心細くなっていた。
強く在ろうとしても、いざ死が真近に迫ってくれば心乱れるものである。
『わたくしのような者が国の母であろうとするのは、天の意に沿っていなかったのではあるまいか。
だからこのように、寿命の日までまだ数年あるにも関わらず、原因もわからぬ病に苦しめられることになったのであろうか』
考えれば考えるほど、そう思えてくる。
『いっそ、夫に呪術のことを打ち明けようか……そうすれば何か道が開けはせぬか……』
心の中で呟いてみるが、怪しの術にすがって『皇帝の呪殺』を図ったとは、中々言えるものではない。
呪殺は古来より大罪。
庶民のまじない程度なら見逃されもしようが、伽羅はそういう立場にはない。
そして楊堅は、伽羅のことを今でも『清らかな女』だと信じているのだ。
しかし、弱気になっているときは、やはり夫に頼りたくなるものである。
呪術云々については置くとしても、政務が終わったならば、すぐに戻って来てそばにいて欲しかった。
なのにここ数日の楊堅は何やら忙しくしていて、たまに顔を見に寄ることはあっても、そそくさと出ていってしまう。
伽羅のそばに居つこうとはしない。
かつてないことであった。
「陛下は何やらお忙しいご様子。
体調の悪いわたくしに隠しての国難でも迫っているのでありましょうか?
確かにわたくしは病の身ではありますが、知らせていただけないのは寂しく思います。
まだまだ陛下のお力になれると思っておりますのに」
そう腹心の宦官たちに問うても、ばつが悪そうに目を逸らし、言葉を濁すばかりで答えない。
彼らは皇帝より口止めを言い渡されており、また、臥せりがちな皇后に『事実』を知らせて、病を重くすることをはばかったのだ。
その様子から、どうも国難とは関係が無さそうであると伽羅は推察した。
何か『まずい事情』があるのだろうと察した伽羅は、宮女らを呼びつけ厳しく詰問した。
「皆がわたくしに隠し事をしているのは、もうわかっておりまする。
その上で、まだわたくしをたばかるのであらば、許しはしませぬ。
皇后として命じます。真相を、今ここにて告白なさい」
伽羅は普段、上から厳しくものを言うことは無い。
しかしこの時はその『稀』なる場合に当たっていた。
それでなくても数々の修羅場を超えてきた伽羅の声には厳しさと鋭さが有る。
宮女一同は震えあがって跪いた。
そうして暫しの静寂があったあと、
「……恐れながら皇后さま――――――」
一人の宮女が恐る恐る顔を上げた。
そして伽羅は、とうとう夫が『一妻の誓い』を破って尉遅熾繁のもとに通っていたことを知ったのである。
その麗華に琵琶を教えたのは伽羅である。
大興城の後宮に隠れ住むようになってからも、皇帝のおらぬすきに伽羅に招かれ、共に弾くこともあった。
外には出られぬ熾繁の、せめてもの慰みにと伽羅が気をきかせたのである。
だから熾繁の弾く琵琶は、強弱の付け方も間の取り方も、伽羅の弾く琵琶の調べに大変よく似ていた。
さて、垣間見た女性のあまりの美しさに言葉もなく立ち尽くしていた楊堅だったが、熾繁は全く気が付かずに、物憂げな様子で琵琶を弾き続けていた。
きっと亡き父母や祖父、夫の宇文温、散っていった一族の者たちのことを想って弾いていたのだろう。
ふと、手を止めて宙を見上げた彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
楊堅はこのとき、彼女の美貌と涙に、一目で心を奪われてしまった。
病に寝付いた妻のことさえ忘れてしまったのだ。
一方、伽羅は健康がすぐれぬ日々が続いていた。
庶民に比べれば栄養状態も良く、厳しい労働なども無かったが、子を九人も生んだ体はやはり衰えるのも早いのか。熱が下がったと思うとまた上がる。食も進まない。
異母弟・独孤陀の術によって定められた死期も、あと数年を残すのみとなっていた。
このように突然弱ったのは、そのことにも関係があるのではないか。
伽羅には、そう思えてならなかった。
『猫鬼』は密かに人の体内に入り、その臓腑から生気を啜すすり上げるのだという。
独孤陀は必死に寿命を取り戻す術を探していたが、当初の予想に反して中々見つからない。
ついには己の全寿命を差し出して伽羅の寿命をわずかでも延ばすと言い出したが、それはもちろん伽羅が断った。
しかし呪殺のことを思い出すにつけ、伽羅は珍しく心細くなっていた。
強く在ろうとしても、いざ死が真近に迫ってくれば心乱れるものである。
『わたくしのような者が国の母であろうとするのは、天の意に沿っていなかったのではあるまいか。
だからこのように、寿命の日までまだ数年あるにも関わらず、原因もわからぬ病に苦しめられることになったのであろうか』
考えれば考えるほど、そう思えてくる。
『いっそ、夫に呪術のことを打ち明けようか……そうすれば何か道が開けはせぬか……』
心の中で呟いてみるが、怪しの術にすがって『皇帝の呪殺』を図ったとは、中々言えるものではない。
呪殺は古来より大罪。
庶民のまじない程度なら見逃されもしようが、伽羅はそういう立場にはない。
そして楊堅は、伽羅のことを今でも『清らかな女』だと信じているのだ。
しかし、弱気になっているときは、やはり夫に頼りたくなるものである。
呪術云々については置くとしても、政務が終わったならば、すぐに戻って来てそばにいて欲しかった。
なのにここ数日の楊堅は何やら忙しくしていて、たまに顔を見に寄ることはあっても、そそくさと出ていってしまう。
伽羅のそばに居つこうとはしない。
かつてないことであった。
「陛下は何やらお忙しいご様子。
体調の悪いわたくしに隠しての国難でも迫っているのでありましょうか?
確かにわたくしは病の身ではありますが、知らせていただけないのは寂しく思います。
まだまだ陛下のお力になれると思っておりますのに」
そう腹心の宦官たちに問うても、ばつが悪そうに目を逸らし、言葉を濁すばかりで答えない。
彼らは皇帝より口止めを言い渡されており、また、臥せりがちな皇后に『事実』を知らせて、病を重くすることをはばかったのだ。
その様子から、どうも国難とは関係が無さそうであると伽羅は推察した。
何か『まずい事情』があるのだろうと察した伽羅は、宮女らを呼びつけ厳しく詰問した。
「皆がわたくしに隠し事をしているのは、もうわかっておりまする。
その上で、まだわたくしをたばかるのであらば、許しはしませぬ。
皇后として命じます。真相を、今ここにて告白なさい」
伽羅は普段、上から厳しくものを言うことは無い。
しかしこの時はその『稀』なる場合に当たっていた。
それでなくても数々の修羅場を超えてきた伽羅の声には厳しさと鋭さが有る。
宮女一同は震えあがって跪いた。
そうして暫しの静寂があったあと、
「……恐れながら皇后さま――――――」
一人の宮女が恐る恐る顔を上げた。
そして伽羅は、とうとう夫が『一妻の誓い』を破って尉遅熾繁のもとに通っていたことを知ったのである。
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