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第十一章 独孤皇后と二人の乞食女 

第十一章 独孤皇后と二人の乞食女 一

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 さて、ここで一つの大事件が起こった。
 長男・楊勇のことではない。

 尉遅熾繁うっちしょくはんという少女を覚えているだろうか。
 名将尉遅迥うっちけいの孫娘で、人妻であったのに無理やり太子いんの妃とされてしまった哀れな美少女の名である。

 当時の習わしとして、後宮の妃は皇后を除き、皇帝が崩御した後は尼となることが定まっていた。
 尉遅熾繁は皇后の一人ではあったが、代替わりのときに認められず、わずか十四歳で仏尼となっている。

 心ある人々はそのむごさに涙し、伽羅も楊堅も密かに心を痛めていたが、本人は尼となることを喜んでいた。
 二番目の夫、悪帝いんの菩提を弔おうという殊勝な心がけがあったわけではない。
 仏にすがってこっそりと、一番目の夫・戦死した宇文温の弔いができるからである。

 しかしその翌年、祖父が一族を巻き込んで乱を起こし、尉遅一族のほとんどの者が討伐されてしまった。
 熾繁しょくはんは夫や義父に続いて祖父や兄、尼寺に喜捨をしてくれる親族全てを失ったのである。

 ただし、彼女は婢に落とされることもなく助かった。
 隋王朝は基本、女性には寛容である。前王朝最後の皇后司馬令姫しばれいきも廃されただけで殺されてはいないし、後に再嫁し、そこそこ裕福に長生きしたようである。
 皇帝ようの正妃、阿史那あしな皇后も丁重に遇され、死後は皇帝ようの帝陵墓に合葬された。
 それとは別に伽羅によって、菩提を弔う寺さえも建立されている。

 とはいえ、熾繁しょくはんは罪人の親族である。
 しかもその親族は下っ端ではなく『乱の首謀者』であった。
 かつて高位の妃であった女性たちと同じ待遇ではいられない。

「陛下。どうぞ哀れな尉遅うっち氏にお情けを。
 今回の反乱は、幼い尉遅氏には何の関係もないことでございましょう。
 しかも彼女は、もう俗世とは縁を切っておりまする。
 そもそも罪人の親族とは言えぬのではないでしょうか」

 嘆願に現れたのは、麗華を伴った伽羅であった。
 麗華は隋の世になってから、皇太后とは呼ばれずに『楽平公主らくへいこうしゅ』と呼ばれている。
 公主とは『皇帝の姫君』という意味である。

 伽羅は続けて上言した。

「陛下は国の安定のために尉遅一族の討伐を行われました。
 それは天意に沿ったことでございますから、良き事でありましょう。
 しかしながら、昔は尉遅うっち将軍とも懇意であられました。
 お父上様の頃からの盟友でもごさいました。
 そのことを考慮に入れ、現世を捨て、わずか十四歳で黒髪を落とした薄幸な熾繁を、どうぞ連座に巻き込むのはおよしくださいませ。
 身分の保証をしてくださいませ」

 続いて麗華が前に進み出て父に拝した。

尉遅うっち氏は後宮において、わたくしの友であり、姉妹でもありました。
 妹が罰に連座されるのであれば、姉である私も罰してくださいませ。
 私を罰することは無いとおっしゃるのでしたら、尉遅氏にもそれなりの待遇を約束してくださいませ」

 楊堅とて連座はむごいと感じていたので、妻娘からの申し出に快く応じた。

「心配致すな。
 朕とて尉遅熾繁うっちしょくはんの境遇にはずっと心を痛めておった。
 元より連座に巻き込むつもりなどない。
 熾繁はすでに俗世と交わりを絶っておる。問題は無かろう。
 他の元皇妃たちと同じ寺には置くことは出来ぬが、熾繁が心安らかに暮らせる良き寺を選んで移籍させようと思う」

 と、すぐさま約束した。
 そのため、尉遅熾繁うっちしょくはんは破れ尼寺に身一つで押しやられ、苛められて過ごすような苦労は味わわずにすんだのである。

 それから十年程がたち、皇城門前に二人の乞食女が訪れた。
 二人とも頭には古びた頭巾をかぶっている。

 一人は俯いているうえに頭巾を深くかぶっているのでよく顔が見えない。
 もう一人は汚れてはいるが、気の強そうな若い女だ。

 当然、門番が乞食などを入れるわけがない。追い払おうとした。
 高貴な者たちの施しを狙って、このような者たちが門のあたりをうろつくことはよく有ったのだ。

 しかし、乞食女の一人が言った。

「お待ち下さいませ。わたくしどもは、怪しい者ではございません。

 皇后様にご恩があるので、お礼を申し上げに参ったのでございます。
 どうぞ皇后様にお取次ぎ下さいませ」

 しかし、皇后さまに『乞食の知り合い』が居ようはずもないので、門番は適当にあしらおうとした。
 すると乞食女は、ぼろぼろの包みの中からかんざしを取り出して見せた。

「皇后さまから頂いたのでございます。
 なんでこのような高価な品を私共が買えましょうか」

 言われてみるとその通りで、金箔こそ使われていないが細工は凝っており、漆の塗りも良く、上等な品であることは一目でわかる。 
 乞食女が持っているにしては不つり合いなかんざしに驚いた門番は、詳しく話を聞いてみることにした。
 女の言うことには、怪我を負い、街で乞食をしている二人を見かけた皇后様が、憐れんでほどこしてくださったのだという。

「なるほど、皇后さまは大抵後宮におられるが、皇帝陛下の巡幸じゅんこうに伴われて外出なさることも多い」

 一人の門番がそう言うと、近くに居たもう一人の門番も寄ってきてかんざしを覗き込み、

「ご親族の方々や仲の良いご婦人の館に微行(お忍びで行くこと)されることもある」

 と、続ける。

「門番の自分たちごときにも慰労の言葉をかけて下さる皇后さまだからなあ。
 馬車の車窓より見えた乞食女に同情して、従者にかんざしを渡すよう言いつけた可能性はあるかもしれぬな」

 門番たちは寄り集まってうなずいた。

 さて門番は品物を預かることとし、後宮の宦官の一人に託すことにした。
 宦官もこれは何としたことかといぶかしく思ったが、一見して皇后が好みそうな品である。
 一応伝えてみることとした。
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