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第七章 悪皇帝
第七章 悪皇帝 三
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太子贇が即位して皇帝となると、伽羅の娘・麗華は確かに『皇后』となった。
運悪く身ごもって、命を流すのをためらっているうちに一女の母ともなっている。
しかし皇帝贇は、麗華の皇后としての価値を下げるかのように、他の妃も次々と新皇后に立てていった。
美貌の少女、尉遅熾繁がまず追加された。
父帝が亡くなったので、即座に長貴妃の位につけて後宮に留め置いていたのだ。
「熾繁は性格はつまらぬが、何と言っても群を抜く美少女だからの。皇后として飾っておくには良い女だ」
悪皇帝はそう言って笑った。
「仕方がないから朱満月も追加するか。
卑しい出身の年増女でも『一応』は男児―――太子の生母であるしな。
皇后である麗華は満足に男児を産めもせぬ」
これは完全に麗華への当てつけであった。
「朕は元貴妃と陳徳妃も皇后に立てようと思う」
左右に侍らせた美少女は、皇帝になってから選抜した妃の内、特に美しい二人であった。
両名共、皇帝贇の即位後に後宮に入っている。
年齢は元貴妃が十五歳で、陳徳妃は不明である。
ただし、若好みの皇帝贇であるから、元貴妃と同年齢か、それ以下であったことと思われる。
二人は入宮してまだ一ヵ月であるが、この七月にはもう、天右皇后、天左皇后に立てられることになりそうだ。
ただし、二人には特段、嬉しがっている様子は見られない。
元々婚約者があり、間もなく嫁ごうとするところを禁じられ、悪帝に気に入られて無理やり後宮に入れられたのだ。
悪帝はお気に入りの二人に最高位を与えれば喜ぶと信じているが、むしろ少女たちは悪帝のお気に入りの座を早く降りたいのだ。
だから、悪帝の機嫌を損ねぬ程度にはぎこちなく微笑んで見せるが、いったん皇帝の視線が外れるとしらけた冷たい表情に戻ってゆく。
次々と皇后を立てるという、皇帝の宣言に臣下一同はまた、唖然とした。
「陛下、恐れながら『五人もの皇后』を同時にお立てになるのはいかがなものかと存じまする。
これでは秩序が保てませぬ。古来からのしきたりにも反しましょう。
陛下が見習っておられた晋の武帝(司馬炎)ですら皇后は唯一人でございました。陛下の徳を汚す行為に繋がりますので、是非ともおやめ下さいませ」
少宗伯という位に居た儒学者が、たまりかねてそう上言した。
しかし、悪帝は片眉を跳ね上げて彼を睥睨し、舌打ちするのみである。
それを見た太学博士である何妥は素早く皇帝におもねった。
「この儒学者は、物事をよく知らぬのでございます。
古来からのしきたりと申しますが、その昔、漢趙国の劉聡は複数の皇后を持っておりました。
敵国の例を持ち出すのは不心得と思われましょうが『北斉』の皇帝高緯も二人の皇后を同時に立てました。
このような定め事は時代と共に変わるものであり、必ずしも過去の慣例にとらわれる必要は無いかと存じまする。
また、徳というものを考えるのであれば、天には五行があり、木、火、土、金、水、のうち、土の数が最大で『五』でございます。
皇帝は『天の徳』を持ち、皇后は『地の徳』を持つと言われておりまする。
よって、皇后様の数も五行の『土』の数である『五』になぞらえて五人までなら問題はありますまい」
と、答えた。
皇帝は大いに喜び、太学博士の何妥かだを重用し、少宗伯の辛彦之を罷免した。
助言に勢いを得た悪皇帝は、ついに五人もの皇后を同時に持ったのである。
運悪く身ごもって、命を流すのをためらっているうちに一女の母ともなっている。
しかし皇帝贇は、麗華の皇后としての価値を下げるかのように、他の妃も次々と新皇后に立てていった。
美貌の少女、尉遅熾繁がまず追加された。
父帝が亡くなったので、即座に長貴妃の位につけて後宮に留め置いていたのだ。
「熾繁は性格はつまらぬが、何と言っても群を抜く美少女だからの。皇后として飾っておくには良い女だ」
悪皇帝はそう言って笑った。
「仕方がないから朱満月も追加するか。
卑しい出身の年増女でも『一応』は男児―――太子の生母であるしな。
皇后である麗華は満足に男児を産めもせぬ」
これは完全に麗華への当てつけであった。
「朕は元貴妃と陳徳妃も皇后に立てようと思う」
左右に侍らせた美少女は、皇帝になってから選抜した妃の内、特に美しい二人であった。
両名共、皇帝贇の即位後に後宮に入っている。
年齢は元貴妃が十五歳で、陳徳妃は不明である。
ただし、若好みの皇帝贇であるから、元貴妃と同年齢か、それ以下であったことと思われる。
二人は入宮してまだ一ヵ月であるが、この七月にはもう、天右皇后、天左皇后に立てられることになりそうだ。
ただし、二人には特段、嬉しがっている様子は見られない。
元々婚約者があり、間もなく嫁ごうとするところを禁じられ、悪帝に気に入られて無理やり後宮に入れられたのだ。
悪帝はお気に入りの二人に最高位を与えれば喜ぶと信じているが、むしろ少女たちは悪帝のお気に入りの座を早く降りたいのだ。
だから、悪帝の機嫌を損ねぬ程度にはぎこちなく微笑んで見せるが、いったん皇帝の視線が外れるとしらけた冷たい表情に戻ってゆく。
次々と皇后を立てるという、皇帝の宣言に臣下一同はまた、唖然とした。
「陛下、恐れながら『五人もの皇后』を同時にお立てになるのはいかがなものかと存じまする。
これでは秩序が保てませぬ。古来からのしきたりにも反しましょう。
陛下が見習っておられた晋の武帝(司馬炎)ですら皇后は唯一人でございました。陛下の徳を汚す行為に繋がりますので、是非ともおやめ下さいませ」
少宗伯という位に居た儒学者が、たまりかねてそう上言した。
しかし、悪帝は片眉を跳ね上げて彼を睥睨し、舌打ちするのみである。
それを見た太学博士である何妥は素早く皇帝におもねった。
「この儒学者は、物事をよく知らぬのでございます。
古来からのしきたりと申しますが、その昔、漢趙国の劉聡は複数の皇后を持っておりました。
敵国の例を持ち出すのは不心得と思われましょうが『北斉』の皇帝高緯も二人の皇后を同時に立てました。
このような定め事は時代と共に変わるものであり、必ずしも過去の慣例にとらわれる必要は無いかと存じまする。
また、徳というものを考えるのであれば、天には五行があり、木、火、土、金、水、のうち、土の数が最大で『五』でございます。
皇帝は『天の徳』を持ち、皇后は『地の徳』を持つと言われておりまする。
よって、皇后様の数も五行の『土』の数である『五』になぞらえて五人までなら問題はありますまい」
と、答えた。
皇帝は大いに喜び、太学博士の何妥かだを重用し、少宗伯の辛彦之を罷免した。
助言に勢いを得た悪皇帝は、ついに五人もの皇后を同時に持ったのである。
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