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第五章 酔っ払い太子の妃 

第五章 酔っ払い太子の妃 三

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 暗君がどれほど国を弱体化させるか、皇帝ようはよく知っていた。
 そこで人望のあった楊堅や亡き父・宇文泰を真似て益々己を律し、子息は厳しく叱り、臣下には公平に振舞った。

 真似るといっても誰もが出来るわけではない。
 狡猾有能な宇文護でさえ、暗愚な敵帝をわらいながら、自らは贅沢を好んだのだ。
 我が子には孟母のように接せず、甘やかし放題であったのだ。

 自分を厳しく律する能力がある者だけが『真似る』という芸当をやって見せることが出来ると言えよう。
 例えば、後年、皇帝ようは北斉を滅ぼすのだが、その後の逸話としてこういう話が残っている。

「我が国の、会義、祟信、含仁、雲和、思斉などの諸宮殿は、皆、晋公(宇文護)が指図して造らせたものだ。壮麗を極め過ぎていてよろしくない。
 これらは全て破壊して撤去せよ。彫刻など取り外せるものは換金して貧民へ分け与えよ。
 また、旧北斉の壮麗なる建物も、これに準じて処分し貧民に分配せよ」
 と、こうである。

 このとき皇帝ようは三十四歳。北斉を下して華北を統一したばかりであった。
 気が緩んで文宣帝のように酒色に耽ってもおかしくはないのだが、毅然とそう言い放ったのである。

 また、その三ヶ月後に鄭州ていしゅう――つまり中原の都市辺りで、九尾の狐が捕らえられた。
 九尾狐は、徳の無い皇帝が立ったときには美女の姿で現れて王朝を滅ぼす一方『九』は古来より子孫繁栄を顕す。
 通常の姿での出現は明君のいる代を示す『瑞獣』であるとされていた。
 ただし狐は捕らえた後に死んでしまったという。
 後日、その骨だけが朝廷へ献上されることとなった。

 大抵の皇帝にとって、瑞兆は喜ばしいものである。
 皇帝の歓心を買うためにねつ造する輩も多く出た。
 これもおそらくは、その類であったことと思われる。

 九尾狐の骨を器に入れ、持ち主である男は宮中に参内した。
 皇帝は、県令や太守を通さず、直にその面を見たいとこの男を呼んだのだ。
 どれほどの褒美や地位が与えられるのか、もはやこの男自身にも推測がつかなかった。

「面を上げて、器の蓋を開けよ」

 男はうやうやしく手をかけ、蓋を開けた。
 平民が皇帝のご尊顔を拝むなど、許されぬことなので、面を上げても目前の貴人の表情などは窺えぬままだ。

 しかし皇帝邕は、喜びなどは微塵も顕にせず、ただ毅然と言い放った。

「瑞兆というのは、それ相応の徳があってこそ顕れるものだ。
 例えば、四海(天下)が和平したならば、瑞兆も顕れよう。
 しかし、朕はまだ徳が足りておらず、瑞兆が現れるはずもない。
 それは偽物である。詐欺師は捕らえて偽妖狐の骨は焼き捨てよ」

 と、命じたのだ。

 こんな堅実な様であったから、皇帝邕は、誠実な臣下からは大変慕われた。
 楊堅もこの、二歳年下の皇帝を敬愛してやまなかった。
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