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第二章 動乱の世と新妻

第二章 動乱の世と新妻 三

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 前の大冢宰だいちょうさい(宰相)である宇文泰は、巡回先の地方で重篤じゅうとくな病に倒れた。
 真っ先に病床に駆け付けたのが、くだんの甥、悪臣・宇文護うぶん ごである。

 その頃の宇文護はまだまだ地位が低く、単なる『中山公』に過ぎなかった。
 しかし真に目端の利く男であり、それと知って馬を何頭か乗り潰して、宇文泰の元に馳せ参じたのだ。
 そのため血族の有力者の中で、この男だけが宇文泰の臨終の席に間に合った。
 宇文護は叔父の手を取って、涙ながらに見舞った。
 それは演技でしかなかったが、死の床についていた宇文泰にはもう見定めることが出来なかった。

 一方の宇文護であるが、何故こんな演技をしたかというと、もちろん出世のためである。
 宇文泰の持つ勢力のうち、いくつかでも……いや、一つでも任されればしめたもの。若き頃から将軍の一人として宇文泰に従ってはいたものの、彼はどちらかというと文官タイプで、弓の名手である独孤信や虎殺しの楊忠らに比べると今一つパッとしない。
 だが叔父の死の床で上手くやれば、一気に挽回である。

 ここで、予想外のことが起きた。
 宇文泰にはすでに嫡男があり、名を『かく』といった。宇文泰の死後は、この『覚』が一家を全て背に負うのだ。
『覚』は極めて優秀だったが、当時はたったの十四歳。
 一方、当時の宇文泰も現在の独孤信より数歳若い。
 取立て持病も無く壮健だったので、まさか自分が重病で倒れるとは思ってもいなかった。

 宇文泰は、ふいにこの嫡男のことが心配になった。
 そして息も絶え絶え、気が弱くなっていたところに、馬を乗りつぶしながら駆けつけてくれた甥・宇文護が頼もしく見えた。
 しかも善人顔である。

 元々、宇文泰は宇文護の文官的能力は買っていた。この時点では贅沢好きでもなかったので、苦しい息の中、つい、口を滑らせた。

「我が子たちは皆……まだ……幼く未熟である。
 嫡男は才有りと言えど……十四歳でしかなく……陛下も十九歳というお若さで……頼りない。
 ……しかしながら……我が国を狙う外敵共は強く、舵を誤れば……諸外国に呑み込まれてしまうであろう。
 後のことは……全てお前に任せるゆえ……お前が息子たちの後見人となり、我が志を継いで……天下(中華)統一の難事に貢献……せ……よ……」

 と、こう言い遺したのである。

 望外の言葉であった。
 まさか全権を預けてもらえると思っていなかった宇文護は茫然としたが、宇文泰のそばに控えていた側近たちには宇文護の腹は読めなかった。

 なにせ、見かけだけは本当に善人顔なのである。
 叔父の死に、ただ茫然としているように見えたのだ。

 宇文護は、その善人顔に慌てて『涙』という飾りをつけ足した。
 それを見て側近たちもすすり泣き始めた。更には感極まったように宇文護の足元にひざまずいた。
 きっと、この善人顔の『主人の甥』なら、主の子息たちを守り導くことが出来るだろう――と、思ったのだろう。

 こうして宇文泰も従者たちも、善人顔の宇文護にころりと騙され、大切な嫡男まで託すことになってしまったのである。

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