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リオン編   願いの日

リオン編   願いの日3

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 そのあと僕は、王の元を訪れた。
 城にある地下の一室をお借りできないか、聞くためだ。

 僕には修行のための場所がいる。

 しかし兄と過ごす自室は狭く、物が多い。
 かといって、ベッドも机も、兄さん関連の本やグッズも捨てるわけにはいかない。

 部屋に魔法陣を描く事は、このままでは不可能だ。

 他人の部屋とも近いし、歌うように祈る僕の声は、よく通る。
 きっと、近隣から苦情が来るに違いない。

 少々うるさくても我慢してもらえる場所……広さもせめて今の二倍。
 そんな部屋が必要だ。

 そこで兄に、祈りのための場所をねだってみた事があるのだが、色よい返事はいただけなかった。
 はぐらかすような返事ばかりで、結局、最後までごまかされて終わりだ。

 でも、無理は無い。

 あんな事を考えも無く願い出た自分が恐ろしい。
 今まで学んできたことを統合して、よく考えていればわかったはず。
 元から無茶な願いだったのだ。 

 だから兄に頼ってはいけない。
 アリシアが日ごろから言っている通り、きちんと男らしく『自分で』なんとかせねば。


 王の部屋の前にはいつも、数人の兵が待機している。
 今回もそうだった。

 以前と同様、ダメ元で丁寧に頼んでみると、今度はすぐに扉を開いてくれた。
 だからお礼を言って、普通に通る。

 今度は王も驚かない。
 僕を見て、にこやかに招き入れて下さった。

 王を前に、心を落ち着けようと努める。
 心臓がドキドキするが、多分、大丈夫……なはず。

 アルフレッド王のことだ。部屋をタダでなんか、貸すわけが無い。
 きっと、高額のレンタル代を請求されるだろう。

 そうだ。だから兄さんも僕には明確な返事をせず、誤魔化しに誤魔化してうやむやにしたのに違いない。

 闘技場辺りには公営でない店もたくさんあったが、場所代がバカ高かったのを僕は覚えている。
 そこのオーナーたちは、元々は売り子出身。

 僕たちも業務の合間に経営についての講習を受け、ゆくゆくは独立して自分の店を持ち、国の経済活動に貢献できるよう、王から望まれていた。

 土地や貸し店舗の相場などは、そのときに知識として身に付けたのだが、色々と考えた結果、僕が王に願い出ることにしたのは、地下の一室。

 地下なら日当たりも悪く、立地の割には安いのではと想像できた。
 騒音問題もクリア出来る。

 それでも王城の一部。
 闘技場周辺よりは、はるかに高い賃料に違いない。
 値段を聞いて叫ばないように、しっかりと心の準備をしておかなくては。

 大丈夫。僕には、暗殺隊の『隊長職』を務めていたときの貯金がある。
 頂くお給金は、危険手当・夜勤手当・役職手当・成功報酬……諸々を含めると、売り子時代とは桁違いだった。

 正直に言うと、親衛隊長である兄の給料額さえ軽く超えていた。そのうえ、抗争中は兄さん関連の本も商品も発売されなかったので、お給金はほぼすべて貯金となっていた。

 加えて暗殺隊を降りた時の退職金もある。貯金額はかなりのものなのだ。


 それを全額高額紙幣にかえて握り締め、王の御前に進み出る。

 8年間のレンタル料ぐらい、きっと払えるはず。
 落ち着け。落ち着くんだ、僕!!

 ……だが……何故か王は、受け取らなかった。
 そんなはした金では、とうてい足りないというのだろうか?

 ガックリと肩を落としたが、話は意外な方に転がった。

 僕はその場で、非公式ながら神官として任ぜられた。
 しかも国の平和のために祈るのだからと、給料も王個人の資産から支給してくださるという。

 そして地下の一室と神官服、儀式に必要なアレコレなども、王はポンと下さったのだ。

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