滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)本編完結・以後番外編

結城 

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リオン編   死神

リオン編   死神6

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 隊員たちを見捨てるなら僕は助かる。使命も果たせる。
 単身建物に切り込んで、射程に入った敵全てを焼き尽くせばいい。

 でも僕がここから去れば、残された皆は雨のように降る矢の餌食となるだろう。

 駄目だ。僕は、隊長として隊員たちを守らねばならない。
 任務を降ろされるわけにはいかない。

 どうする……。

 どんどん魔力がつきてくる。
 矢を防ぐ魔法陣を描くための血も、大量に失った。

 もう駄目だ……そう思った瞬間、兄の姿が脳裏に浮かんだ。

「大人は子供に優しくしないと」

 慈愛の表情で、そう言って下さった兄さん。
 でも、ここにはそう思ってくれる人は誰もいない。

 僕の力量不足を罵る役立たずな隊員と無慈悲な敵がいるだけで、エドガーさんや宿のおばさんがそうだったように、誰も僕のことなど想わない。

 いや、僕にはまだ手がある。

 炎術は敵には届かない。おそらく敵も、今までのデータを検証してその位置に罠を張ったのだ。
 でも別の術なら、やつら全ての居る場所が、圏内だ。

 僕は兄様の優しい言葉を思い浮かべながら、全ての建物を含む半径約500メルトルに『最強レベル』の『善の結界』を張った。

 クロス神官の本業は『善の結界』を張る事。
 他国からの侵攻が認められたときだけ王から要請があり、結界レベルを最強に上げ、敵の戦意を砕いて国を守ってきた。

 剣技や攻撃魔法は、あくまで結界が破れて外に出て国を救わねばならなくなったときの保険。

 だから最も多くの時間を費やして修行したのは『善の結界』の術。
 効果範囲も火炎法術に比べると、ずっとずっと広い。

 ただ仮継承しかしていない僕は十分に魔獣の力を使いきれていない。
 誕生日ごとにアースラ様の封印が解け使える魔力は大きくなるが、僕はまだ13才にすら少し足りない。

 継承を完全に済ます8年後なら祭壇なしでも半径100キロル範囲を術下に収めることが可能だと聞いているが、今は周りを囲む建物を包むのが精一杯だ。
 持続時間も今の僕の力ならせいぜい15分。

 でも……変化はすぐ現れた。

 怪我をした僕に隊員たちは優しく声をかけてくれた。
 僕をあんなに嫌っていたのに、今はそんなそぶりは全く無い。
 兄が僕を見るときのような優しい目をして僕を労わった。

 敵兵たちは救急箱を持って建物から出てかけよって来た。
 そして涙を流して子供の僕を傷つけたことを詫び、僕に言った。

「俺たちは平和で清い世界を望んでいる。何か手助けできることはないか?」

 これが『善の結界』の力。
 救いようの無い獣どもを、それでも救い上げる『神にも等しい』慈愛の力。

 地下神殿で祈りを捧げてきた僕だったが、その効果を間近で見たのは初めてだった。

 僕の望む世界はこういう世界。
 騙したり傷つけあったりする事の無い、すばらしい世界。

 僕にもいつか出来るかもしれない。
 エルシオンのような理想郷を再び創ることが。

「あなたたちに出来る事なら……ありますよ?」

 僕はにっこりと笑って敵兵であった者たちに言った。
 結界の持続時間は、あと10分。
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