滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)本編完結・以後番外編

結城 

文字の大きさ
上 下
236 / 437
リオン編   シリウスという国

リオン編   シリウスという国8

しおりを挟む
 僕と兄様は夜の闇に紛れて歩き、元居た宿にたどり着いた。

 気配を消してミランダおばさんの部屋に行き、所々ゆがんだ木のドアに耳を押し当て中の様子を探る。

 ちゃりんという音が響き、小さな押し殺したような笑い声が聞こえた。
 お金がたまった事を喜ぶ独り言と共に。

 あのおばさんにとって、僕らはただの商品だった。
 後悔などは一切なく、お金がたまったことをただ、喜んでいるだけだった。

 僕らが誰かに使われることになっても、酷い目にあっても、貯まったお金の方が大事。
 そういうことなのだ。

「リオン。あの金は子供たちを売って手に入れたお金だ。
 あんな女の手元にあって良いものじゃない」

 兄様は小声で僕に言った。

「はい。僕もそう思います。
 それに兄様を売り飛ばすなんて……生きてる資格さえありません」

 素直にそう思った。

「何だ……お前もそう思うのか。じゃあ決まったな」

 兄様が暗い笑みを浮かべる。
 いつも優しげな兄様のその表情に、少し胸が痛んだ。

 けれど『強いものが弱いものを虐げる事』がこの国の真理というのなら、僕達もこの国流にやればいい。

 それだけのこと。

 僕らの心を踏みにじったおばさんは、僕らより弱い。
 だから殺しても良いのだ。

 兄様はドアを開けて踏み込み、迷うことなくおばさんを切り殺した。

 おばさんはかつて僕が『母』のように思い慕った人。
 でももう、その死に何も感じない。

 兄様は硬く握り締めたおばさんの指を小さな金壷から引きはがし、中身を取り出した。
 そうしていくつかのポケットに分けて収めた。

 これでしばらくは、働かなくても過ごせるだろう。

 おばさんがそうだったように、僕も『おばさんの死と引き換えに得たお金』を喜んだ。
 だってこの国では、それこそが『正義』なのだから。

 そのときコツコツという微かな音が聞こえた。
 早くこの宿を出ようとしていたところだったのに……。

 どうやら誰かが訪ねてきて、宿のドアをノックしているようだった。

 しばらくは無視していたが、止む気配はない。
 こんな夜中にいったい誰が?

 兄様に続いて外に出てみると、両手に金属の戒めをつけられた美しい人間が人買いらしき男と立っていた。

 すかあとをはいているので多分女の人なのだろう。
 背は女の人としては高めで、師と同じぐらいに見える。

「おい小僧。この宿の主人を呼んできてくれ。
 待ち望んだ商品が到着したと伝えればわかるはずだ」

 僕は直感した。
 この美しい人は奴隷で、この宿に売られてきたのだと。

「宿の主人は今日は不在なのです。
 俺が預かっている代金をお支払いしますので、その方をこちらにお渡し下さい」

 兄様の対応に男が戸惑っている間に、僕は音も無くエラジーを引き抜き、振り下ろした。

「ぐ……あぁ……」

 奴隷商人など皆悪党に決まっている。殺されて当然だ。
 ただ女の人に騒がれると少々まずいと思っていたけれど、その人はまったく騒がなかった。

「あら……? お金が貯まったって聞いたのだけど、足りなかったのかしら?」

 女の人は血まみれの男をちらっと見ただけで僕たちのほうに視線を戻すと、にっこりと微笑んだ。
 助けた事に感謝してくれているのだろうか?

 だとすると、わりと良い人なのかもしれない。
 エドガーさんも国民も、クロス神官に対して何も感謝しなかった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

処理中です...