滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)本編完結・以後番外編

結城 

文字の大きさ
上 下
216 / 437
リオン編   慟哭

リオン編   慟哭4

しおりを挟む
 悲しみにくれる僕だったが、チャンスは不意にやってきた。

 一時的に解縛命令を受けたとはいえ、魔獣は兄を主契約者とした『魔縛』を完全に振りほどいたわけではない。

 そんな不完全な体で広範囲に雨を降らすと言う大技をやってのけたことにより、僕に対してかけた方の『縛』に小さなほころびを作ってしまったのだ。

 しかし魔獣は気がついていないようだ。
 アースラ様がお遺しになった文献にある通り、大雑把な性格なのだろう。

 僕は精神を集中して『ほころび』を足がかりに術を破るべく、慎重に呪文を練っていった。

 そんな時、再び甘い香りがした。
 なんだろう?
 とても魅惑的な香りだ。

 外界に目を向けると、人間の死体が一つ転がっていた。

 ヴァティールと再融合するまで、僕は血の香りを甘いと感じることなど無かった。

 だって僕は『人間』だから。
 魔獣とは違う。

 でも何か、感覚が変だ。

 自力で魔獣との再融合と魔縛を果たしはしたが……クロスⅦが正式な手順で施して下さったものとは、明らかに違うやり方である。
 そのせいで、魔獣の影響を強く受けすぎているのかもしれない。
 元神官としてあるまじきことだ。

 人間の魔道士と魔族。
 どちらも魔の力を使うが、決定的に異なるのが材料であり燃料だ。

 魔道士は動物の命や己の血を使う事はあっても、人間の命までは使わない。

 魔族は動物の命や自然の気から魔力を得る事も多いが、どちらかというと『人間の命』の方を好んで使う。
 人間の命の方がより力の源と出来る上に、魔の者にとっては美味だからだ。

 僕やクロスⅦは『善の結界』を張るのに、新鮮な血液を使ってきた。

 神官魔道士は人間。
 だからもちろん、使うのは動物の命。
 エルシオン国民を害する狼。その血を使ってきた。

 狼の……無ければ、どんな動物のものでも良いから『使える命』が欲しい。
 簡単な魔道なら生贄無しでも出来るけど、僕の力量で超高度魔法を発動させるためには『どうしても』必要なのだ。

 でも、ここには狼はいない
 あるのは新鮮な『人間の死体』だけ。

 魔縛に縛られた僕だけど、狼の血がありさえすれば、もう一手詰め『縛』を振りほどくことが出来るというのに。

 ……この血。

 魔獣が見つけたこの『新鮮な死体』の血を使ってはいけないだろうか……?

 人の血を使って魔道行為を行う。
 それは禁忌。

 繰り返し、繰り返し、教本に出てきた忌むべき行為。

 でも僕は兄様のためなら、禁を犯してもいい。
 それに、あれは人ではなく……神聖なるエルシオン王国を侵した『害虫』なのだ。

 魔獣が死体を引きずりながら、兄様のところに戻っていく。

 まだだ。

 まだ呪文を深く織り込めない。
 魔獣に気づかれないよう、深く狭くほんの小さなほころびから絡め取らねば。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

処理中です...