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リオン編   慟哭

リオン編   慟哭3

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 どれほどの時がたったろう。

 腹立たしい外界から一時意識を遮断し、呪文を組み続けていた僕は、不意に異変を感じた。

 甘い香り。
 力が外界から満ちてくる、不思議な感覚。

 外を覗き見ると、魔獣が血を浴びて戦っていた。
 奴隷とされた民の奪還作戦が、開始されたらしい。

 魔獣は一撃で止めを刺しながら、将校クラスと思しき相手すら紙を裂くかのように切り捨てていく。

 あの魔獣なら、一人で兵士二百人以上の力があるだろう。
 でも僕だって……。

 本当ならこうやって兄様と共に戦うのは、僕のはずだった。
 そのために、厳しい修行に耐えてきた。

 憎き魔獣が、兄と肩を並べて戦う姿に心がズキンと痛んだ。
 でもそれ以上に心が痛んだのは、兄様の魔獣に対する態度だった。

 僕がアレス兵を切り伏せた時、兄様は僕を恐れて拒絶したのに、何故今はあんなに口の悪い下品なヴァティールを拒絶しないのだろうか?

 兄様が必死で奴隷を逃がすうちに、外界の炎が広がっていく。
 最初は脅威と言えるほどではなかったが、気がついたときには大火となっていた。

 僕は兄様の身を思って、生きた心地もしなかった。

 この炎全てを消すのは僕には不可能。

 でも、外にでさえすれば『兄一人』ぐらいなら簡単に守れる。
 すぐにも駆け寄って兄様の御身を守りたいのに、魔獣に支配されたこの体は動かなかった。

 一方、汚き魔獣は兄様が焼死の危機に追い込まれているというのに『ただ笑って』立っていた。

 魔獣に完璧に課す事ができた制約は、たった二つ。

 兄様に危害を加える事は出来ない。

 兄様から遠く離れることが出来ない。

 中途半端な僕の魔縛は、クロスⅦがかけた『完璧な魔縛』とは程遠い。
 この炎は魔獣の魔力によるものではないので『危害』を加えたことにはならない。

 火を付けるよう命じたのも、おそらくは兄様だ。
 だから魔獣に兄様を助ける気が無いのなら、見殺しにしても『契約違反』にはならない。

 それでも魔獣は、最終的には兄様の命を救った。
 僕もこの事については奴に感謝できる。

 でも、どうしても納得できない事があった。

 何故兄様は、魔獣に『恐れ』を抱かないのだろうか?
 僕はてっきり、兄様が怖がっていたのは『僕の中の魔獣』だと思っていた。

 でも違う。
 兄様は『魔獣』を恐れてはいない。

 じゃあやっぱり、兄様が忌んでいたのは『僕そのもの』なのだ。

 ……そんなのってない。ひど過ぎる。

 せめて魔獣のことも『僕の時』と同じように扱って欲しかった。
 魔力に恐れを抱き、化け物と罵り、振り払って欲しかった。

 なのに兄様は、邪悪な力を使って炎を消したヴァティールを、なんの迷いもなく笑いながら褒めたのだ。

 パタパタと涙が落ちた。

 酷いです兄様……酷い……酷い……。
 僕が魔力を使うと恐れるのに、どうして魔獣が同じことをしたら褒めるのですか?

 魔獣だってたくさんの人を同じように殺したのに、何故褒めるだけなのですか?
 褒められたかったのは——————僕なのに。


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