215 / 437
リオン編 慟哭
リオン編 慟哭3
しおりを挟む
どれほどの時がたったろう。
腹立たしい外界から一時意識を遮断し、呪文を組み続けていた僕は、不意に異変を感じた。
甘い香り。
力が外界から満ちてくる、不思議な感覚。
外を覗き見ると、魔獣が血を浴びて戦っていた。
奴隷とされた民の奪還作戦が、開始されたらしい。
魔獣は一撃で止めを刺しながら、将校クラスと思しき相手すら紙を裂くかのように切り捨てていく。
あの魔獣なら、一人で兵士二百人以上の力があるだろう。
でも僕だって……。
本当ならこうやって兄様と共に戦うのは、僕のはずだった。
そのために、厳しい修行に耐えてきた。
憎き魔獣が、兄と肩を並べて戦う姿に心がズキンと痛んだ。
でもそれ以上に心が痛んだのは、兄様の魔獣に対する態度だった。
僕がアレス兵を切り伏せた時、兄様は僕を恐れて拒絶したのに、何故今はあんなに口の悪い下品なヴァティールを拒絶しないのだろうか?
兄様が必死で奴隷を逃がすうちに、外界の炎が広がっていく。
最初は脅威と言えるほどではなかったが、気がついたときには大火となっていた。
僕は兄様の身を思って、生きた心地もしなかった。
この炎全てを消すのは僕には不可能。
でも、外にでさえすれば『兄一人』ぐらいなら簡単に守れる。
すぐにも駆け寄って兄様の御身を守りたいのに、魔獣に支配されたこの体は動かなかった。
一方、汚き魔獣は兄様が焼死の危機に追い込まれているというのに『ただ笑って』立っていた。
魔獣に完璧に課す事ができた制約は、たった二つ。
兄様に危害を加える事は出来ない。
兄様から遠く離れることが出来ない。
中途半端な僕の魔縛は、クロスⅦがかけた『完璧な魔縛』とは程遠い。
この炎は魔獣の魔力によるものではないので『危害』を加えたことにはならない。
火を付けるよう命じたのも、おそらくは兄様だ。
だから魔獣に兄様を助ける気が無いのなら、見殺しにしても『契約違反』にはならない。
それでも魔獣は、最終的には兄様の命を救った。
僕もこの事については奴に感謝できる。
でも、どうしても納得できない事があった。
何故兄様は、魔獣に『恐れ』を抱かないのだろうか?
僕はてっきり、兄様が怖がっていたのは『僕の中の魔獣』だと思っていた。
でも違う。
兄様は『魔獣』を恐れてはいない。
じゃあやっぱり、兄様が忌んでいたのは『僕そのもの』なのだ。
……そんなのってない。ひど過ぎる。
せめて魔獣のことも『僕の時』と同じように扱って欲しかった。
魔力に恐れを抱き、化け物と罵り、振り払って欲しかった。
なのに兄様は、邪悪な力を使って炎を消したヴァティールを、なんの迷いもなく笑いながら褒めたのだ。
パタパタと涙が落ちた。
酷いです兄様……酷い……酷い……。
僕が魔力を使うと恐れるのに、どうして魔獣が同じことをしたら褒めるのですか?
魔獣だってたくさんの人を同じように殺したのに、何故褒めるだけなのですか?
褒められたかったのは——————僕なのに。
腹立たしい外界から一時意識を遮断し、呪文を組み続けていた僕は、不意に異変を感じた。
甘い香り。
力が外界から満ちてくる、不思議な感覚。
外を覗き見ると、魔獣が血を浴びて戦っていた。
奴隷とされた民の奪還作戦が、開始されたらしい。
魔獣は一撃で止めを刺しながら、将校クラスと思しき相手すら紙を裂くかのように切り捨てていく。
あの魔獣なら、一人で兵士二百人以上の力があるだろう。
でも僕だって……。
本当ならこうやって兄様と共に戦うのは、僕のはずだった。
そのために、厳しい修行に耐えてきた。
憎き魔獣が、兄と肩を並べて戦う姿に心がズキンと痛んだ。
でもそれ以上に心が痛んだのは、兄様の魔獣に対する態度だった。
僕がアレス兵を切り伏せた時、兄様は僕を恐れて拒絶したのに、何故今はあんなに口の悪い下品なヴァティールを拒絶しないのだろうか?
兄様が必死で奴隷を逃がすうちに、外界の炎が広がっていく。
最初は脅威と言えるほどではなかったが、気がついたときには大火となっていた。
僕は兄様の身を思って、生きた心地もしなかった。
この炎全てを消すのは僕には不可能。
でも、外にでさえすれば『兄一人』ぐらいなら簡単に守れる。
すぐにも駆け寄って兄様の御身を守りたいのに、魔獣に支配されたこの体は動かなかった。
一方、汚き魔獣は兄様が焼死の危機に追い込まれているというのに『ただ笑って』立っていた。
魔獣に完璧に課す事ができた制約は、たった二つ。
兄様に危害を加える事は出来ない。
兄様から遠く離れることが出来ない。
中途半端な僕の魔縛は、クロスⅦがかけた『完璧な魔縛』とは程遠い。
この炎は魔獣の魔力によるものではないので『危害』を加えたことにはならない。
火を付けるよう命じたのも、おそらくは兄様だ。
だから魔獣に兄様を助ける気が無いのなら、見殺しにしても『契約違反』にはならない。
それでも魔獣は、最終的には兄様の命を救った。
僕もこの事については奴に感謝できる。
でも、どうしても納得できない事があった。
何故兄様は、魔獣に『恐れ』を抱かないのだろうか?
僕はてっきり、兄様が怖がっていたのは『僕の中の魔獣』だと思っていた。
でも違う。
兄様は『魔獣』を恐れてはいない。
じゃあやっぱり、兄様が忌んでいたのは『僕そのもの』なのだ。
……そんなのってない。ひど過ぎる。
せめて魔獣のことも『僕の時』と同じように扱って欲しかった。
魔力に恐れを抱き、化け物と罵り、振り払って欲しかった。
なのに兄様は、邪悪な力を使って炎を消したヴァティールを、なんの迷いもなく笑いながら褒めたのだ。
パタパタと涙が落ちた。
酷いです兄様……酷い……酷い……。
僕が魔力を使うと恐れるのに、どうして魔獣が同じことをしたら褒めるのですか?
魔獣だってたくさんの人を同じように殺したのに、何故褒めるだけなのですか?
褒められたかったのは——————僕なのに。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する
めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。
侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。
分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに
主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……?
思い出せない前世の死と
戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、
ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕!
.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
HOTランキング入りしました😭🙌
♡もエールもありがとうございます…!!
※第1話からプチ改稿中
(内容ほとんど変わりませんが、
サブタイトルがついている話は改稿済みになります)
大変お待たせしました!連載再開いたします…!

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる