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リオン編   救い

リオン編   救い6

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 僕は必死で、魔縛の呪文をつむいだ。
 繰り返し、繰り返し。

 こんな不完全な形で主人格を取られたら――――どんな恐ろしいことになるのか、想像もつかない。

 僕と魔獣は力の限り戦い、その決着は、すぐについた。

 はあはあと肩で息をする僕の体が徐々に落ち着いてくる。

「……兄様……」

「……おい……今度こそ……本当に、リオンなのか?」

 そう言って顔を覗き込んだ兄様に、僕はにっこりと微笑んだ。
 いつも兄様に向けるのと、寸分たがわぬ表情で。

「そうだよ兄様…………なァんて、な?」

 僕の表情がニッと歪む。
 魔獣が嗤ったのだ。敗れた僕を。

 僕は主人格を奪い取られた上に、記憶まで暴かれた。
 その記憶を元に、魔獣は『僕の真似』をしてみせたのだ。

「……リ……リオン……?」

 兄様の顔に落胆の表情が浮かぶ。
 気高き瞳からは涙が零れ落ちた。そして、がっくりと膝を折る。
 そのまま這いつくばるようにして、僕の名を呼び続けていらっしゃった。

 ……ごめんなさい。
 兄様ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 魔獣との融合、力の9割の魔縛、そして兄様との主従契約だけは守り通したけれど……僕は本当の意味では兄様を守れなかった。

 魔縛はとても不完全なもので、あれでは魔獣は兄様の命令をほとんどきかないだろう。
 兄様のそばから遠くに行けない、主あるじに危害は加えられない、命令なしでは大きな術を使えない……その程度の制約しかかけられなかった。

 そして、最後の最後で、体の主人格を奪われた。
 あんなに兄様が嘆き悲しんでいるのに『ぎゅっ』と抱きしめてさしあげることさえ出来ない。

 力がほしい。
 魔獣なんかに負けない力が――――。

 兄様に再び会うために、僕は術を再構築してみせます。

 たとえ手足を動かすことができない閉じた世界にいるとしても、思考することさえ叶えば、それは可能なはず。

 魔獣は今、僕を魔縛し油断している。
 そして僕にはまだ、打つべき手がいくつかある。

 また会えるその日まで……どうかご無事で…………。
 祈る僕を、魔獣はせせら笑っていた。



 
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