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第23章 その日
1.その日
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更に1年がたった。
落ち込む俺をアリシアは度々慰めてくれ、そのうち俺たちは偽りの婚約者ではなく、本当の恋人同士となった。
アリシアはヴァティールにけしかけられたあの夜から、彼の代わりに俺の部屋に住み、今……彼女のお腹には俺の子供が居る。
つわりで体調が優れないのですぐにというわけにはいかないが、お腹が目立たないうちに正式な結婚式を挙げるつもりだ。
リオンの事を忘れるつもりは、もちろん無い。
しかし今は、この国をより強く豊かにし、いつか故国にも負けない素晴らしい国にする事が、俺の贖罪につながると信じて励んでいる。
ヴァティールとも、それなりにうまくやっている。
『在りし日の弟』そのままの姿で存在し続ける彼を見ると、まだ胸が痛むけれど、それは俺だけが背負うべき気持ちだ。
今ではむしろ、ヴァティールに感謝している。
彼が目の前に居てくれる限り、俺は……どんなに時が経とうと、弟を忘れることは無い。
弟が俺に望んだ『ただ一つの願い』を叶えることが出来るなら、どんなに俺の胸が痛もうと構わない。
だから、これで良いのだ。
そしてアリシアの言うとおり、ヴァティールにはヴァティールの事情があった。
本来ならもっと人間を恨んでも良いはずなのに、彼は結局そうはしなかった。
エリス姫をかばったように、エルシオン王家の世継ぎである俺のことも、『子供』であるという理由で見逃した。
ヴァティールの一族は『人間の戦いに干渉することは恥』としているようだ。
でも多分俺を守るために……『リオンの願い』を叶えるために、『体を守る』という口実の下に、アレス軍十数万を焼き払った。
そして、ずっと俺の側にいてくれた。
リオンの体を殺すときも、リオンに痛みがないよう気を配ってくれた。
彼は彼なりに弟を大事に思っていてくれていたのだ。
弟が今後いかなる痛みも苦しみも受けないのと引き換えに、ヴァティールは自分の心臓を定期的に貫き、あらゆる痛みを引き受けていく。
俺がヴァティールを恨むことは、もうない。
ヴァティールは、俺が何かしなくとも―――それなりの代償を永遠に負うだろう。
奴に色々事情を聞くと、アースラという魔道士は確かに酷い男のようだった。
アースラは、捕らえたヴァティールの魔力をすべてを魔縛により搾り取り、強大な魔物から人間以下の無力な存在に落とした。
おかげで口でしか反撃できないので、この辺から口が悪くなったのだと本人は言っている。
またアースラは、ヴァティールが逃げられないように『本物の体』を取り上げて隠し、人間の死体を憑依体として次々下げ渡したという。
その屈辱は、言葉では表せないほどだったらしい。
それだけでも死にたくなるほどつらかったらしいが、死ぬ自由すらないので渋々ながら、ヴァティールは慣れない人間の姿で暮らした。
そして寝ぼけて、ついうっかり以前のつもりで窓から飛んで落ちた彼に、アースラがかけたのは、たった一言。
「……馬鹿すぎる」
だったとか。
確かにヴァティールは馬鹿だ。しかし、さすがにこれは酷い。
奴がグレても致し方ない。
極悪非道の大魔道士とは逆に、シヴァ王は優しかったようだ。
あまりにもヴァティールが哀れだったためか、アースラにイビられるたび、せっせと慰めてくれたらしい。
凄まじい怒りを王家に持っているヴァティールだが、最初の出会い時、俺が子供だったことの他に、シヴァ王に容姿が似ていたこともあって、俺にはヴァティールの恨みは向けられなかったらしい。
ただし、ヴァティールのアースラに対する恨みは今なお深い。
子供には優しいヴァティールだが、 代々のクロス神官に伝えられる奥義書の中に、
『ヴァティールは馬鹿。捕らえ易き事、虫の如し』
と書いてあったのをリオンの記憶から読み取り、再び大激怒したようだ。
そのとばっちりは、アースラをひたすら信奉していたリオンにも及んでいる。
……まぁ、そうだろうな。俺が奴でもそれは怒る。
本当はどんな男だったのだ!? 大魔道士アースラ!!
俺が祖国で習った『穏やかな聖人君子』という人物像と全然違うぞ!?
落ち込む俺をアリシアは度々慰めてくれ、そのうち俺たちは偽りの婚約者ではなく、本当の恋人同士となった。
アリシアはヴァティールにけしかけられたあの夜から、彼の代わりに俺の部屋に住み、今……彼女のお腹には俺の子供が居る。
つわりで体調が優れないのですぐにというわけにはいかないが、お腹が目立たないうちに正式な結婚式を挙げるつもりだ。
リオンの事を忘れるつもりは、もちろん無い。
しかし今は、この国をより強く豊かにし、いつか故国にも負けない素晴らしい国にする事が、俺の贖罪につながると信じて励んでいる。
ヴァティールとも、それなりにうまくやっている。
『在りし日の弟』そのままの姿で存在し続ける彼を見ると、まだ胸が痛むけれど、それは俺だけが背負うべき気持ちだ。
今ではむしろ、ヴァティールに感謝している。
彼が目の前に居てくれる限り、俺は……どんなに時が経とうと、弟を忘れることは無い。
弟が俺に望んだ『ただ一つの願い』を叶えることが出来るなら、どんなに俺の胸が痛もうと構わない。
だから、これで良いのだ。
そしてアリシアの言うとおり、ヴァティールにはヴァティールの事情があった。
本来ならもっと人間を恨んでも良いはずなのに、彼は結局そうはしなかった。
エリス姫をかばったように、エルシオン王家の世継ぎである俺のことも、『子供』であるという理由で見逃した。
ヴァティールの一族は『人間の戦いに干渉することは恥』としているようだ。
でも多分俺を守るために……『リオンの願い』を叶えるために、『体を守る』という口実の下に、アレス軍十数万を焼き払った。
そして、ずっと俺の側にいてくれた。
リオンの体を殺すときも、リオンに痛みがないよう気を配ってくれた。
彼は彼なりに弟を大事に思っていてくれていたのだ。
弟が今後いかなる痛みも苦しみも受けないのと引き換えに、ヴァティールは自分の心臓を定期的に貫き、あらゆる痛みを引き受けていく。
俺がヴァティールを恨むことは、もうない。
ヴァティールは、俺が何かしなくとも―――それなりの代償を永遠に負うだろう。
奴に色々事情を聞くと、アースラという魔道士は確かに酷い男のようだった。
アースラは、捕らえたヴァティールの魔力をすべてを魔縛により搾り取り、強大な魔物から人間以下の無力な存在に落とした。
おかげで口でしか反撃できないので、この辺から口が悪くなったのだと本人は言っている。
またアースラは、ヴァティールが逃げられないように『本物の体』を取り上げて隠し、人間の死体を憑依体として次々下げ渡したという。
その屈辱は、言葉では表せないほどだったらしい。
それだけでも死にたくなるほどつらかったらしいが、死ぬ自由すらないので渋々ながら、ヴァティールは慣れない人間の姿で暮らした。
そして寝ぼけて、ついうっかり以前のつもりで窓から飛んで落ちた彼に、アースラがかけたのは、たった一言。
「……馬鹿すぎる」
だったとか。
確かにヴァティールは馬鹿だ。しかし、さすがにこれは酷い。
奴がグレても致し方ない。
極悪非道の大魔道士とは逆に、シヴァ王は優しかったようだ。
あまりにもヴァティールが哀れだったためか、アースラにイビられるたび、せっせと慰めてくれたらしい。
凄まじい怒りを王家に持っているヴァティールだが、最初の出会い時、俺が子供だったことの他に、シヴァ王に容姿が似ていたこともあって、俺にはヴァティールの恨みは向けられなかったらしい。
ただし、ヴァティールのアースラに対する恨みは今なお深い。
子供には優しいヴァティールだが、 代々のクロス神官に伝えられる奥義書の中に、
『ヴァティールは馬鹿。捕らえ易き事、虫の如し』
と書いてあったのをリオンの記憶から読み取り、再び大激怒したようだ。
そのとばっちりは、アースラをひたすら信奉していたリオンにも及んでいる。
……まぁ、そうだろうな。俺が奴でもそれは怒る。
本当はどんな男だったのだ!? 大魔道士アースラ!!
俺が祖国で習った『穏やかな聖人君子』という人物像と全然違うぞ!?
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