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第21章 人質
6.人質
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もう300年も昔のこと。
暴虐非道な新興国アレスと、エルシオンを建国したばかりのシヴァ王達は戦った。
戦いは凄惨を極めたが、勝利したのは大魔道士アースラを抱えるエルシオン王国だった。
祖国300年の歴史を振り返っても、大きな戦争をしたのはアレス帝国一国とだけで、エルシオンを平和に導いたアースラは清廉で、心優しい大魔道士であったと語り伝えられている。
アレス帝国はこの数十年、他国を侵略することにより国を広げていったが、祖国エルシオンは逆だ。
周りの小国を軍事や経済的に守ることで吸収し、少しづつ国を大きくしていったと俺は習っている。
昔はそれに何の疑問も持たなかった。
でも、よく考えるとおかしい。
いくらエルシオンが優秀な国だったとはいえ、近隣数多の小国がアッサリと自治権をシヴァ王に委ねたのだとすると、そこにはアースラの魔術が関わっているのではあるまいか?
『善の結界』は武器。屈服させられない相手はいない。
そうヴァティールは言っていた。
大魔道士アースラは『善の結界』を武器として近隣国を屈服させてきたと考えるのが最も自然だ。
他国に強力な『善の結界』を仕掛け、諸王たちの善意を利用して領土を譲らせたのではあるまいか?
その証拠に、国の拡張は大魔道士アースラが生きていた頃しか成されていない。
また、途中から拡張が止まったのは、結界管理ができる最大範囲にまで達してしまったからなのだろう。
考え込み沈黙する俺に、ヴァティールが話を続ける。
「……で、人質にアレス王の娘を捕ったのはイイけど、その差し出された娘が激ブスなうえに本当に根性ワルで、ワタシはひどい目に……まあそれも今となってはどうでもいい。
とにかく!! そういうわけで、アレス王の血族の者は魔力が強く、耐魔性もある。
だから差し出された『人質の体』を私が乗っ取って『オマエの弟』は返してやろうかと考えたのさァ。
さすがに布団の中で、夜な夜なオマエにしくしく隠れて泣かれたらァ、同室のワタシとしては辛気臭くてかなわないからなァ」
魔獣は腕を組んで、もっともらしく呟いた。
「失敬な!! 俺は布団の中で毎夜しくしく泣いてなどいない!!
というか、そんな方法があるのか!!
それなら今すぐにでもやって、リオンを目覚めさせてくれ!!!」
「……悪いがそれは駄目だ」
ヴァティールはふいっと目をそらした。
「何故だ!!」
叫ぶ俺をヴァティールは冷ややかに見た。
「オマエは馬鹿かァ。
エリスを見ただろう。アレス帝国から来た姫なら幼くともそれなりの使命を持たされた戦士なのだろうと私は思っていた。
戦士なら、子供でもワタシは容赦しない。
でもあの娘の頭の中を覗いて見ても、戦士としての教育も、魔道士としての教育も受けてはいなかった。
臣下の者たちに愛され、かしずかれて育っただけの『ただの子供』だった。
いくら耐魔性があるといっても、魔道士としての修行を積んでいないあの子にワタシが乗り移れば、あの子の魂は消し飛んでしまう。それでもいいのかァ?」
魔獣の紅い瞳が、俺を覗き込んでくる。
正直言って俺は、城の大多数の者たち同様に、エリス姫を心良く思ってはいない。
死なせたとしても悲しくもなんともないし、むしろせいせいするだろう。
エリス姫は、俺が失った『愛する妹ヴィアリリス』とよく似た色合いの髪と瞳を持っている。
その姿を見るたび、俺はどうしても亡き妹の年を数えてしまう。
もし生きていたなら、どうであったか。
何を考え、どのような幸せを掴んだかを考えてしまう。
でも『俺の大事なヴィアリリス』は、アレス帝国に殺された。
当時、たった2歳。
エリス姫よりはるかに幼く、何の罪も無かったのに。
何故加害者側の彼女が生きて、俺の妹が死なねばならなかったのだ。
アレス帝国は妹だけではなく、父母も叔父も友も、非武装の民間人すら追い詰めて殺した。
最後に残された、たった一人の肉親である最愛の弟も、無残に腹を裂かれて殺された。
この国の大勢の民や兵も……。
それはエリス姫が望んで犯した罪ではない。俺にだって、よくわかっている。
『たまたまアレス帝国の姫であった』それだけが彼女の罪。
しかし彼女は、母国の全責任を取るような形で我が国にたった一人で送り込まれた。
今の彼女は、母国から売り飛ばされた、無力で哀れな人質でしかない。
それを殺せば、俺はヴィアリリスを殺した奴等と同じに成り下がってしまう。
暴虐非道な新興国アレスと、エルシオンを建国したばかりのシヴァ王達は戦った。
戦いは凄惨を極めたが、勝利したのは大魔道士アースラを抱えるエルシオン王国だった。
祖国300年の歴史を振り返っても、大きな戦争をしたのはアレス帝国一国とだけで、エルシオンを平和に導いたアースラは清廉で、心優しい大魔道士であったと語り伝えられている。
アレス帝国はこの数十年、他国を侵略することにより国を広げていったが、祖国エルシオンは逆だ。
周りの小国を軍事や経済的に守ることで吸収し、少しづつ国を大きくしていったと俺は習っている。
昔はそれに何の疑問も持たなかった。
でも、よく考えるとおかしい。
いくらエルシオンが優秀な国だったとはいえ、近隣数多の小国がアッサリと自治権をシヴァ王に委ねたのだとすると、そこにはアースラの魔術が関わっているのではあるまいか?
『善の結界』は武器。屈服させられない相手はいない。
そうヴァティールは言っていた。
大魔道士アースラは『善の結界』を武器として近隣国を屈服させてきたと考えるのが最も自然だ。
他国に強力な『善の結界』を仕掛け、諸王たちの善意を利用して領土を譲らせたのではあるまいか?
その証拠に、国の拡張は大魔道士アースラが生きていた頃しか成されていない。
また、途中から拡張が止まったのは、結界管理ができる最大範囲にまで達してしまったからなのだろう。
考え込み沈黙する俺に、ヴァティールが話を続ける。
「……で、人質にアレス王の娘を捕ったのはイイけど、その差し出された娘が激ブスなうえに本当に根性ワルで、ワタシはひどい目に……まあそれも今となってはどうでもいい。
とにかく!! そういうわけで、アレス王の血族の者は魔力が強く、耐魔性もある。
だから差し出された『人質の体』を私が乗っ取って『オマエの弟』は返してやろうかと考えたのさァ。
さすがに布団の中で、夜な夜なオマエにしくしく隠れて泣かれたらァ、同室のワタシとしては辛気臭くてかなわないからなァ」
魔獣は腕を組んで、もっともらしく呟いた。
「失敬な!! 俺は布団の中で毎夜しくしく泣いてなどいない!!
というか、そんな方法があるのか!!
それなら今すぐにでもやって、リオンを目覚めさせてくれ!!!」
「……悪いがそれは駄目だ」
ヴァティールはふいっと目をそらした。
「何故だ!!」
叫ぶ俺をヴァティールは冷ややかに見た。
「オマエは馬鹿かァ。
エリスを見ただろう。アレス帝国から来た姫なら幼くともそれなりの使命を持たされた戦士なのだろうと私は思っていた。
戦士なら、子供でもワタシは容赦しない。
でもあの娘の頭の中を覗いて見ても、戦士としての教育も、魔道士としての教育も受けてはいなかった。
臣下の者たちに愛され、かしずかれて育っただけの『ただの子供』だった。
いくら耐魔性があるといっても、魔道士としての修行を積んでいないあの子にワタシが乗り移れば、あの子の魂は消し飛んでしまう。それでもいいのかァ?」
魔獣の紅い瞳が、俺を覗き込んでくる。
正直言って俺は、城の大多数の者たち同様に、エリス姫を心良く思ってはいない。
死なせたとしても悲しくもなんともないし、むしろせいせいするだろう。
エリス姫は、俺が失った『愛する妹ヴィアリリス』とよく似た色合いの髪と瞳を持っている。
その姿を見るたび、俺はどうしても亡き妹の年を数えてしまう。
もし生きていたなら、どうであったか。
何を考え、どのような幸せを掴んだかを考えてしまう。
でも『俺の大事なヴィアリリス』は、アレス帝国に殺された。
当時、たった2歳。
エリス姫よりはるかに幼く、何の罪も無かったのに。
何故加害者側の彼女が生きて、俺の妹が死なねばならなかったのだ。
アレス帝国は妹だけではなく、父母も叔父も友も、非武装の民間人すら追い詰めて殺した。
最後に残された、たった一人の肉親である最愛の弟も、無残に腹を裂かれて殺された。
この国の大勢の民や兵も……。
それはエリス姫が望んで犯した罪ではない。俺にだって、よくわかっている。
『たまたまアレス帝国の姫であった』それだけが彼女の罪。
しかし彼女は、母国の全責任を取るような形で我が国にたった一人で送り込まれた。
今の彼女は、母国から売り飛ばされた、無力で哀れな人質でしかない。
それを殺せば、俺はヴィアリリスを殺した奴等と同じに成り下がってしまう。
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