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第20章 人の心
1.人の心
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魔獣が湖のそばの別荘に移ってから1週間が過ぎた。
アレス帝国があのまま黙っているはずがないと思っていたが、同盟国からも、自国の兵たちからも異変の報告はない。
国の諸事についてはアルフレッド王と相談し、考えうる限りの対策は立てておいた。
この国にたどり着くまでの道にもさまざまな罠を仕掛けたし、同盟国との協議も抜かりない。
ヴァティールも別荘に移ってからはご機嫌で、万全の状態だ。
前のように無様な追い込まれ方はしないはず。
そんな事を考えながら書類整理をしてすごしたが、夜になってもなんだか寝付かれない。
向かいのベットの主は今いない。
その場所を自分のベッドで寝転びながらぼう……と見やる。
このベットを、そして机を、服を使ってもいいのは俺の大事な弟だけ。
ヴァティールの機嫌を損ねるわけにはいかないので平気なふりをしていたが、あいつがリオンのベッドを使い、お気に入りのカップを使い、机をぐちゃぐちゃにするたび腹立たしくてならなかった。
ボ ク ヲ ワ ス レ ナ イ デ
最後の時、リオンの唇は確かにこの言葉を形作った。
目を閉じると浮かぶのはいつもあの光景だ。
弟は俺に外界に連れ出されてからずっと、いろいろな裏切りと人の汚さを目の当たりにしてきた。
そのせいで、他の者がどのように接触しようが俺以外には心を開かなかった。
やっと落ち着いたこの国でも、リオンは暗殺隊の隊長という過酷な要職を任され、職務に忠実であるがゆえに隊員たちにすら恐れられ距離を置かれた。
だからあの地下神殿から出た後も、弟にとっては俺だけが『人』だったのだ。
それでもリオンは、俺の居場所であるこの国のために愚痴一つ言わずに働き、身を捧げて貢献した。
その事は皆が認めている。
皆にとっても、国にとっても、リオンはかけがえのない存在だったはずなのだ。
でもその状況が変わり始めている。
海千山千のアルフレッド王は、事情を知っても魔獣ヴァティールとそれなりにうまくやっている。
別荘の下働きにとアリシアに無理やり連れて行かれたウルフも、様子を見に行ってみれば……あんなにおびえていたのが嘘みたいに、ヴァティールと魚釣りをしながら笑っていた。
アリシアは『ご所望事件』があった後は緊張しているようにも見えたが、気がつけば前以上にヴァティールと仲良くなっている。
一度彼女が熱を出したときなどは、ヴァティールはアリシアの看病をし、まるで彼女を『娘』のように大事に扱っていたとウルフから聞いた。
以降『父親魂』全開でアリシアを可愛がっているらしい。
ヴァティールには子供がいるという話だったから、どこかで変なスイッチでも入ったのだろうか?
それとも悪いものでも拾い食いしたのか……。
リオンぐらい小さくて可憐であれば、わが子のように可愛がるのはわかる。
でもアリシアは女性としては長身だし、性格はきついし、『娘』のように可愛がっているという魔獣の気持ちはさっぱりわからない。
だいたい、少し前には『愛人』として欲しがった女性を今度は『娘』として可愛がるだなんて……。
それでもアリシアは嬉しそうにしているし、リオンの時には見られなかった『二人で屈託なく笑う姿』が何だかムカつく。
ヴァティールより、リオンの方が、うんと可愛いじゃないか。
なんでそんなに楽しそうなんだよ?
でも落ち着いて考えてみれば、色々と気を配ってもまったく懐かないリオンより、暴弱無人だがあけっぴろげなヴァティールの方がアリシアとは性格的に合うだろう。
わずか2ヶ月と少しで、弟のすべてが消えていってしまう。
俺がどんなに弟を想ったところで、ほかの奴らまで『同じ』ではない。
それに気がついてゾッとした。
アレス帝国があのまま黙っているはずがないと思っていたが、同盟国からも、自国の兵たちからも異変の報告はない。
国の諸事についてはアルフレッド王と相談し、考えうる限りの対策は立てておいた。
この国にたどり着くまでの道にもさまざまな罠を仕掛けたし、同盟国との協議も抜かりない。
ヴァティールも別荘に移ってからはご機嫌で、万全の状態だ。
前のように無様な追い込まれ方はしないはず。
そんな事を考えながら書類整理をしてすごしたが、夜になってもなんだか寝付かれない。
向かいのベットの主は今いない。
その場所を自分のベッドで寝転びながらぼう……と見やる。
このベットを、そして机を、服を使ってもいいのは俺の大事な弟だけ。
ヴァティールの機嫌を損ねるわけにはいかないので平気なふりをしていたが、あいつがリオンのベッドを使い、お気に入りのカップを使い、机をぐちゃぐちゃにするたび腹立たしくてならなかった。
ボ ク ヲ ワ ス レ ナ イ デ
最後の時、リオンの唇は確かにこの言葉を形作った。
目を閉じると浮かぶのはいつもあの光景だ。
弟は俺に外界に連れ出されてからずっと、いろいろな裏切りと人の汚さを目の当たりにしてきた。
そのせいで、他の者がどのように接触しようが俺以外には心を開かなかった。
やっと落ち着いたこの国でも、リオンは暗殺隊の隊長という過酷な要職を任され、職務に忠実であるがゆえに隊員たちにすら恐れられ距離を置かれた。
だからあの地下神殿から出た後も、弟にとっては俺だけが『人』だったのだ。
それでもリオンは、俺の居場所であるこの国のために愚痴一つ言わずに働き、身を捧げて貢献した。
その事は皆が認めている。
皆にとっても、国にとっても、リオンはかけがえのない存在だったはずなのだ。
でもその状況が変わり始めている。
海千山千のアルフレッド王は、事情を知っても魔獣ヴァティールとそれなりにうまくやっている。
別荘の下働きにとアリシアに無理やり連れて行かれたウルフも、様子を見に行ってみれば……あんなにおびえていたのが嘘みたいに、ヴァティールと魚釣りをしながら笑っていた。
アリシアは『ご所望事件』があった後は緊張しているようにも見えたが、気がつけば前以上にヴァティールと仲良くなっている。
一度彼女が熱を出したときなどは、ヴァティールはアリシアの看病をし、まるで彼女を『娘』のように大事に扱っていたとウルフから聞いた。
以降『父親魂』全開でアリシアを可愛がっているらしい。
ヴァティールには子供がいるという話だったから、どこかで変なスイッチでも入ったのだろうか?
それとも悪いものでも拾い食いしたのか……。
リオンぐらい小さくて可憐であれば、わが子のように可愛がるのはわかる。
でもアリシアは女性としては長身だし、性格はきついし、『娘』のように可愛がっているという魔獣の気持ちはさっぱりわからない。
だいたい、少し前には『愛人』として欲しがった女性を今度は『娘』として可愛がるだなんて……。
それでもアリシアは嬉しそうにしているし、リオンの時には見られなかった『二人で屈託なく笑う姿』が何だかムカつく。
ヴァティールより、リオンの方が、うんと可愛いじゃないか。
なんでそんなに楽しそうなんだよ?
でも落ち着いて考えてみれば、色々と気を配ってもまったく懐かないリオンより、暴弱無人だがあけっぴろげなヴァティールの方がアリシアとは性格的に合うだろう。
わずか2ヶ月と少しで、弟のすべてが消えていってしまう。
俺がどんなに弟を想ったところで、ほかの奴らまで『同じ』ではない。
それに気がついてゾッとした。
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