滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)本編完結・以後番外編

結城 

文字の大きさ
上 下
140 / 437
第18章 戦火

4.戦火

しおりを挟む
 追い詰められて篭城戦になるまで、ひと月とかからなかった。
 故国エルシオンの悪夢が今また再現されようとしている。

 もうすでに城の周りは目の覚めるような青で埋め尽くされ、逃れることは絶対に叶わない。
 きっと『悪夢のような光景』とは、こういう事を言うのだ。

 青い鎧のアレス帝国兵が、完全な装備で城を囲んでいる。
 どう足掻こうと、我が国は滅びるだろう。

 我々は城に篭城して何とか雪高い冬までやり過ごそうとしていたが、それはそもそも無謀な事であるとほとんどの者たちが感じていた。

 同盟を破棄した国々は積極的にアレス帝国に協力したわけではないようだが、それでも奴らが領内を通過していくのを咎めることもなく許し、我が国への道を開けた。 

 奴等は次々と無傷のまま我が領土内を進み、土地を、民を、蹂躙していった。

 国外に逃げ出した国民も多いが、その者達もおそらくアレス兵に捕まるか、盟約を破った国の兵士に捕らえられ、あの悪魔たちに引き渡されたことだろう。

 城内に保護された国民はみんな震え、祈るように過ごしていた。
 外からは敵兵の怒号が定期的に聞こえる。
 皆、精神的にも追い詰められていた。

 城内には王が溜め込んだ食料や備蓄水、井戸も三箇所きりだがあるので、当面は困らない。
 撒けば数日で芽を出す収穫の早い葉物の種が空き地の全てに植えられ、それは皆にとって唯一の希望となっている。

 ただし、王や俺たち、城の重臣だけは知っていた。
 それらが芽吹くまで……城は保たないだろうということを。

 籠城を崩すにはそれなりに専門の兵器がいるが、案の定、その一つである巨大な破城槌が運ばれてきた。

 敵の将校らしき者が号令をかけはじめる。
 もう、城内で『希望』を持つ者は一人としていないだろう。

 城門を固く閉じていても、いずれこじ開けられ、落ちるのは時間の問題だ。

 とうとう火矢がかけられた。 
 数にまかせた小さな炎が城壁を越えて、どんどん城内に飛び込んでくる。
 きっと故国エルシオンも、こうやって責め滅ぼされていったのだ。

 俺やリオン、ブラディやアッサム、更には秘書のアリシア、王までが身を晒し、最後の足掻きとして城壁の上から長弓で敵に応戦した。
 長弓を扱うなら本来相当の練度が求められるが、そこまでの余裕はない。

 それでもある程度の練習で飛距離は出せるので、ささやかな抵抗だけでもやらずにはいられなかった。

 下では女子供が消火に当たっている。
 しかし火勢は強く、篭城に必要な水を使ってさえ全ては消し止められない。

「兄さん、僕が参ります」

 俺と一緒に城壁の上で弓を放っていたリオンが、それを投げ捨て、スラリと魔剣を抜いた。

「何を言っているんだ!! こんな高さから飛び降りたら死んでしまう!
 それにあの数が見えないのかっ。
 お前一人でどうしようって言うんだ!!」

 今にも飛び降りようとするリオンを俺は抱きとめ、引き戻す。
 冗談じゃない。
 いくら鬼神の強さを誇ると言っても、ワニの池に裸で飛び込むようなものだ。

「兄様、僕を行かせてください。
 僕は偉大なるアースラ様の祝福を受けた身。未熟とは言え、試す価値のある技を持ってます」

 リオンはそう、呟いた。
 笑っているような、泣いているような、そんな表情で。

「アースラ様はかつて、調伏した魔獣の力を使ってアレス帝国を跪かせました。
 魔獣の力は絶大で、僕も『クロス神官』として完全体であれば同じ技を使えます。
 ただ、全ての封印が解けるまで、あと七年。今の僕では、おそらくアースラ様と同程度には発動しないはず。
 それでも―――――」

 リオンはキッと前を見つめた。

「あの破城槌を焼き溶かし、千や二千の兵士は道連れにしてみせます。
 僕は兄さんを守りたいのです」

 その瞳は、死を覚悟した者のものだった。

 規模は違うとは言え『アースラの秘技』がリオンに使えるなら、とっくに使っているはずだ。
 今になって使うのは何か、相当なリスクがあることは簡単に推測できた。

 脳裏によぎるのは、リオンが自分で胸を突いた時の悲しい姿。
 あの時も、リオンは俺のために死んだ。

 こんな、つまらない俺のために。

「い……嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だっ!!
 どうしてお前ばっかり……」

 離すまいと抱きしめた。
 見苦しいほどに涙を流して叫んだ。

 それでもリオンは行くだろうと、心のどこかで知っていた気がする。
 今までもそうだった。

 でも、どうせ死ぬなら、リオンと一緒がいい。

 病めるときも、健やかなる時も、俺はお前と過ごしたかった。
 だから死ぬときも、お前と一緒がいい。

「……大好きです……兄様…………どうか僕の事、いつまでも覚えていて下さいね……」

 その言葉とともに、俺は弟に突き飛ばされた。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つ物なのかな?

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚。 ネット小説や歴史の英雄話好きの高校生の洲河 慱(すが だん) いつものように幼馴染達と学校帰りに公園で雑談していると突然魔法陣が現れて光に包まれて… 幼馴染達と一緒に救世主召喚でテルシア王国に召喚され、幼馴染達は素晴らしいジョブとスキルを手に入れたのに僕のは何だこれ? 王宮からはハズレと言われて追い出されそうになるが、幼馴染達は庇ってくれた。 だけど、夢にみた迄の異世界… 慱は幼馴染達とは別に行動する事にした。 自分のスキルを駆使して冒険する、魔物と魔法が存在する異世界ファンタジー。 現在書籍化されている… 「魔境育ちの全能冒険者は好き勝手に生きる!〜追い出した癖クセに戻って来いだと?そんなの知るか‼︎〜」 の100年前の物語です。 リュカが憧れる英雄ダン・スーガーの物語。 そして、コミカライズ内で登場する「僕スキなのか…」がこの作品です。 その作品の【改訂版】です。 全く同じな部分もあれば、新たなストーリーも追加されています。 今回のHOTランキングでは最高5位かな? 応援有り難う御座います。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

処理中です...