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第17章 約束
6.約束
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予期せぬ最悪の知らせ。
それは、アレス帝国からの正式な宣戦布告であった。
――――アレス帝国。
俺たちの故国を滅ぼした憎っくき国。
忙しさに取り紛れて忘れることがあったとしても、決して許すことのできない悪魔の国。
そのアレス帝国がいきなりブルボア王国に宣戦布告をしてきたのだという。
あまりにも最悪なその知らせに、俺の思考はしばし乱れた。
ブルボア王国は資源の少ない国だ。
革命によって滅びたあとも、近隣の国々でさえ欲しがらなかった荒れた貧しい土地。
そんな場所に建った小さな新興国を、どうしてあんな大国が狙うというのだろう?
確かに『今』のブルボア王国はそれなりには豊かだ。
王は痩せた土地でも生育できる作物を手を尽くして探し、普及させていたし、天才的な商才で色んな方面に雇用を創出したため、国には活気がある。
ブルボアに習おうとする国は多く、当初は少なかった同盟国の数もたった一年足らずで二桁を超えた。
同盟を結んだのはいずれも近隣の小国ばかりだが、それでも数が多くなると出来ることの規模も大きくなる。
急激に成り上がったことでアレス帝国に目をつけられたのだろうか?
しかし巨大国家であるアレス帝国からすれば、こんな小さな新興国家……捨て置いても無問題のはずだ。
かといって俺の正体がバレたためというわけでもなさそうだ。
もしバレているのなら『エルシオンの王子を引き渡せ』と言ってくるはず。
真の理由は全くわからない。
ただ巨大国家アレス帝国は、実はほんの数十年前までは小さく貧しい属国でしかなかった。
だから自国と同じほどの勢いで急激に国力を増してゆくブルボア王国は『驚異』として映ったのかもしれない。
300年前、アレス帝国はエルシオン王国を侵略しようとした。
しかし始祖王シヴァ――――そして、魔獣を操る大魔道士アースラによって、逆に殲滅寸前まで追い込まれ、その後はエルシオンの属国として生き延びた。
アレス帝国がおかしくなったのはほんの50年前からだ。
平穏を好む前王が崩御しその息子の代に変わると、エルシオンから勝手に独立してあっという間に近隣の国々を飲み込んだ。
俺の祖父にあたる王はあまり国外には興味のない人で、そんなアレス帝国を放っておいたらしい。
アレス帝国は、いろんな国々を侵略してあっという間に大きくなっていった。
今は故国エルシオンを飲み込み、更に巨大に、更に富める国となっている。
それに引き換え我がブルボア王国は、辺境の小国。
あと数十年たてば大国の驚異となるほどの位置に来るかもしれないが、今は大した国ではない。
アレス帝国との国土の違いは今や154倍にも及び、差は歴然だ。
とても勝ち目など無い。
今までやってきたような小さな組織同士の抗争とはわけが違うのだ。
そうは言っても最初から『王の首』と『国中の武器』『国民全てを奴隷としてよこせ』と要求してきたアレス帝国に、簡単に膝を屈するわけにはいかない。
……アレス帝国が憎い。
どうしていつもいつも、俺たちの幸せを奪うのだろう?
故国エルシオンの時もそうだった。
あいつらが国を襲いさえしなければ、エルシオン王国は今でも平和で美しい国として存続出来ていた。
家族も臣民も皆幸せに暮らしていたろうし、友エドガーから恨まれることもなかった。
城を出た当初の計画通りに兄弟二人、つつましく暮らしていけたはずだったのだ。
昔も今も、俺たちは贅沢なんか望んじゃいない。
地下の廟で心静かにリオンと過ごす――――そんなささやかな幸せですら、アレス帝国は俺たちから取り上げるつもりなのか?
思い出す事も少なくなっていた様々なことが、一気に脳裏に浮かんでは消えた。
大切な家族。
幼い頃から共に育った貴族の友人たち。
一緒に遊んだ街の友達。
城の優しい兵士たち。
なんの落ち度もない、民間人や子供たち。
すべてアレス帝国に踏みにじられた。
王族も貴族も庶民も、ただ善良に暮らしていただけなのに。
「リオン…………」
俺は弟を見つめたが、そのあとの言葉を口に出すことはできなかった。
その代わり、リオンが俺を見上げて言葉を紡ぐ。
「……兄さんは、戦いたいのでしょう?」
心を見透かされたような答えが返ってきた。
微笑みの中には、悲しみの色が混じっているのが見て取れる。
リオンを一番とするなら、俺たちは逃げるべきだ。
もう王には十分恩返しをした。
しかし俺たちは、王と共に、一生懸命国を造ってきた。
逃げられるなら……他組織との抗争の時、とっくに逃げ出している。
第二の故郷とも言えるここは、簡単には捨てられない。
逃げれば全て踏みにじられる。
あいつらは、王もこの国の臣も、一人も生かしてはおかないだろう。
城で働く民間人だって……。
城下の民たちもエルシオンの国民がそうだったように、縄で縛られ奴隷として引き立てられる。
あの時の光景がまざまざと蘇った。
「僕も……」
リオンが俺を見つめる。
「……僕もアレス帝国は憎いです。
今なら僕は、始祖アースラ様の気持ちがよくわかります。
アースラ様もかつて僕らのように……いえ、僕ら以上の苦労をして、命懸けでエルシオン王国を創られました。
そして代々のクロス神官は、人生の全てを捧げてエルシオン王国を守りました。
その聖地を穢したこと……そして今回の事……とうてい許せるものではありません。
兄さんと共に戦います」
リオンの言葉により、心は決まった。
俺たちは戦うために廟を出た。
そうやって俺たちの静かな幸せは、再び壊れていった。
それは、アレス帝国からの正式な宣戦布告であった。
――――アレス帝国。
俺たちの故国を滅ぼした憎っくき国。
忙しさに取り紛れて忘れることがあったとしても、決して許すことのできない悪魔の国。
そのアレス帝国がいきなりブルボア王国に宣戦布告をしてきたのだという。
あまりにも最悪なその知らせに、俺の思考はしばし乱れた。
ブルボア王国は資源の少ない国だ。
革命によって滅びたあとも、近隣の国々でさえ欲しがらなかった荒れた貧しい土地。
そんな場所に建った小さな新興国を、どうしてあんな大国が狙うというのだろう?
確かに『今』のブルボア王国はそれなりには豊かだ。
王は痩せた土地でも生育できる作物を手を尽くして探し、普及させていたし、天才的な商才で色んな方面に雇用を創出したため、国には活気がある。
ブルボアに習おうとする国は多く、当初は少なかった同盟国の数もたった一年足らずで二桁を超えた。
同盟を結んだのはいずれも近隣の小国ばかりだが、それでも数が多くなると出来ることの規模も大きくなる。
急激に成り上がったことでアレス帝国に目をつけられたのだろうか?
しかし巨大国家であるアレス帝国からすれば、こんな小さな新興国家……捨て置いても無問題のはずだ。
かといって俺の正体がバレたためというわけでもなさそうだ。
もしバレているのなら『エルシオンの王子を引き渡せ』と言ってくるはず。
真の理由は全くわからない。
ただ巨大国家アレス帝国は、実はほんの数十年前までは小さく貧しい属国でしかなかった。
だから自国と同じほどの勢いで急激に国力を増してゆくブルボア王国は『驚異』として映ったのかもしれない。
300年前、アレス帝国はエルシオン王国を侵略しようとした。
しかし始祖王シヴァ――――そして、魔獣を操る大魔道士アースラによって、逆に殲滅寸前まで追い込まれ、その後はエルシオンの属国として生き延びた。
アレス帝国がおかしくなったのはほんの50年前からだ。
平穏を好む前王が崩御しその息子の代に変わると、エルシオンから勝手に独立してあっという間に近隣の国々を飲み込んだ。
俺の祖父にあたる王はあまり国外には興味のない人で、そんなアレス帝国を放っておいたらしい。
アレス帝国は、いろんな国々を侵略してあっという間に大きくなっていった。
今は故国エルシオンを飲み込み、更に巨大に、更に富める国となっている。
それに引き換え我がブルボア王国は、辺境の小国。
あと数十年たてば大国の驚異となるほどの位置に来るかもしれないが、今は大した国ではない。
アレス帝国との国土の違いは今や154倍にも及び、差は歴然だ。
とても勝ち目など無い。
今までやってきたような小さな組織同士の抗争とはわけが違うのだ。
そうは言っても最初から『王の首』と『国中の武器』『国民全てを奴隷としてよこせ』と要求してきたアレス帝国に、簡単に膝を屈するわけにはいかない。
……アレス帝国が憎い。
どうしていつもいつも、俺たちの幸せを奪うのだろう?
故国エルシオンの時もそうだった。
あいつらが国を襲いさえしなければ、エルシオン王国は今でも平和で美しい国として存続出来ていた。
家族も臣民も皆幸せに暮らしていたろうし、友エドガーから恨まれることもなかった。
城を出た当初の計画通りに兄弟二人、つつましく暮らしていけたはずだったのだ。
昔も今も、俺たちは贅沢なんか望んじゃいない。
地下の廟で心静かにリオンと過ごす――――そんなささやかな幸せですら、アレス帝国は俺たちから取り上げるつもりなのか?
思い出す事も少なくなっていた様々なことが、一気に脳裏に浮かんでは消えた。
大切な家族。
幼い頃から共に育った貴族の友人たち。
一緒に遊んだ街の友達。
城の優しい兵士たち。
なんの落ち度もない、民間人や子供たち。
すべてアレス帝国に踏みにじられた。
王族も貴族も庶民も、ただ善良に暮らしていただけなのに。
「リオン…………」
俺は弟を見つめたが、そのあとの言葉を口に出すことはできなかった。
その代わり、リオンが俺を見上げて言葉を紡ぐ。
「……兄さんは、戦いたいのでしょう?」
心を見透かされたような答えが返ってきた。
微笑みの中には、悲しみの色が混じっているのが見て取れる。
リオンを一番とするなら、俺たちは逃げるべきだ。
もう王には十分恩返しをした。
しかし俺たちは、王と共に、一生懸命国を造ってきた。
逃げられるなら……他組織との抗争の時、とっくに逃げ出している。
第二の故郷とも言えるここは、簡単には捨てられない。
逃げれば全て踏みにじられる。
あいつらは、王もこの国の臣も、一人も生かしてはおかないだろう。
城で働く民間人だって……。
城下の民たちもエルシオンの国民がそうだったように、縄で縛られ奴隷として引き立てられる。
あの時の光景がまざまざと蘇った。
「僕も……」
リオンが俺を見つめる。
「……僕もアレス帝国は憎いです。
今なら僕は、始祖アースラ様の気持ちがよくわかります。
アースラ様もかつて僕らのように……いえ、僕ら以上の苦労をして、命懸けでエルシオン王国を創られました。
そして代々のクロス神官は、人生の全てを捧げてエルシオン王国を守りました。
その聖地を穢したこと……そして今回の事……とうてい許せるものではありません。
兄さんと共に戦います」
リオンの言葉により、心は決まった。
俺たちは戦うために廟を出た。
そうやって俺たちの静かな幸せは、再び壊れていった。
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