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第12章 転機

7.転機

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 戸棚の中ではいかにも悪党といった風なごっつい男が、頭を抱えたままガタガタと震えていた。

「い、命だけは助けてくださぁい!!
 俺は違うんだ!! こんな事やりたくなかったのに!!
 死ぬのはいやだああぁぁぁ!!!」

 男はごつい体に似合わない弱気さで、見苦しく命乞いをした。

「そういう事は、あの世に逝ってからお仲間に仰ってくださいね」

 リオンが氷の微笑を浮かべたまま、ゆっくりと歩を進める。

 止めなくちゃ。
 弟にこれ以上人殺しなんてさせちゃいけない。

 そう思うのに、数分前の自分の所業を思い出すと、どう声をかけてよいのかわからない。 

 いったいどうしたら……。
 考える間にもエラジーが引き抜かれ、男の首に刃があてられる。

「待った!!」

 突然叫んだのはアリシアだった。

 リオンはアリシアが『情けのある言葉』を発したのがよっぽど意外だったのか、目をぱちくりさせた後、首をかしげた。

 その姿は魔剣の刃を男の喉元に突きつけてさえいなければ、本当に、本当~~に可愛いのだが、普段の容赦の無さを知っている俺としては、ちょっと複雑な気分だ。

「その男、役に立つわ」

「「まさか」」

 俺とリオンの声がハモった。
 別に命乞いする臆病な男まで殺してよいとは思わないが、見掛け倒しなその男が、何かの役に立つとは到底思えない。

「馬鹿ねえ。こういう小心者の方が手下として使うならいいのよ。
 よく考えたら、用心棒は確かにいたほうがいいわ。でもさっきの男たちは全員殺してしまったし、ラフレイムに入ってから適当に見つけるつもりだったけど、こんなところで見つけられるなんてラッキーね。
 やっぱり日ごろの心がけがいいと、こういう幸運にめぐり合うのかしら?」

 アリシアが嬉しそうに言う。
 なるほど。
 ……日ごろの悪党としての心がけか。

「ほら私たち、美女と美少年でどう見ても可憐で弱々しそうじゃない?」

 男が密かにふるふると首を振るが、アリシアは見なかったフリをして続けた。

「この男なら張りぼてとして利用できるわ。
 悪党面だし、がたいは良いし、一緒に歩かせたらそれだけでかかる火の粉の量が違うわよ!」

 ……なるほど。こずるい事が得意そうな、アリシアならではの発想だ。
 あの残虐な公爵の元で、生き残れただけはある。

 きっと彼女の卓越した小狡さと厚かましさ、鬼の決断力の賜物なのだろう。
 ……何か色々台無しだな…………前は違うところで感心していたのに。

 俺たちはそいつの命を助ける代わりに、俺たちの手下とすることで話をつけた。
 男の名前はマイケルと言ったが、アリシアが「そんな弱そうな名前。けっ!」と言ったため、ウルフという名前に(無理やり)改名された。

 俺的には「どうなんだろう?」と首をかしげるような名前だったけど、反論は許されなかった。

 リオンは複雑そうな顔をしていたけれど、

「本人が了承しているのならいいんじゃないでしょうか?」

 と、そっけなく言った。

 まあ、命と引き換えの了承だがな。
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