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第12章 転機

2.転機

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 俺はこれでも王子だったので、現存する国の名ぐらいはほぼ覚えている。
 でもアリシアの提示した国については、全く記憶にない。

 ウチの国と関わりが薄く、かつ小国の詳細まで知っているわけじゃないけれど『ラフレイム帝国』なんて大層な名なら記憶に残っていてもよさそうなものなのに。

 首をかしげると、アリシアは言った。

「正式名称じゃないわ。
 ラフレイムっていう名は神話上の『炎の国』の名前から来ているの」

 なるほど。
 それなら俺が知らないのも無理はない。
 大国ならともかく、重要な取引があるわけでもない小国の俗称までは普通習わない。

「そうだ、『ブルボア王国』だったら知っているかしら?」

 アリシアの言葉に俺は頷いた。
 その国なら、ほんの少しだけど習った覚えがある。

 確か十数年前、一部の貴族が民衆をそそのかし、革命を起こしたのだ。

 革命は成功した。わずかひと月で。
 王族や多くの貴族が処刑され、国は民衆のものとなった。

 ただし、革命を起こした首謀者たちも、すぐに処刑された。
 処刑というよりは『私刑』だったかもしれないが。

 革命と言っても、彼らにそれほど崇高な志があったわけではなかった。
 自分たちの利のために馬鹿な国民を扇動し、無計画に事を始めたのが真相。

 結局民衆に約束していた夢みたいな政策が実施出来ず、翌年にはそいつらの方が市民に首を切られて処刑台の露となった。
 以後その国の領土だっだあたりは無法地帯と化して、周辺国から忌まれているようだ。

「あいつらも、お馬鹿よねぇ。
 革命以来、元ブルボア王国内の治安は乱れに乱れたわ。
 幸い……とも言えないんだけど、あの国にはめぼしい資源が無いから、よその国も治安の悪い荒れ果てた領土なんてほしがらなかったの。
 今では犯罪者たちの集う『炎上帝国ラフレイム』と呼ばれているわ」

 アリシアは、涼しい顔をして微笑んだ。

 げっ!
 元ブルボア王国が、その『ラフレイム』なのか!!

「……でも、俺たちはともかくとして、女性のアリシアまでそんな物騒な国に行かなくたっていいんじゃないのか?
 どこか手近な街にでも降ろしてやるから……」

 そこまで言ったとき、アリシアは俺の言葉を遮るようにして吐き捨てた。

「私だって、そこじゃないと暮らせないのよ!」

 アリシアは自分の胸元を軽く広げた。

 女性のそういう場所を直視するのはいけないことなのだろうが、促されてついつい見てしまう。
 年上は好みじゃないが、俺だって年頃なのだ。

 いや、見たって言ったってチラ見だから。
 リオンの目の前で女性の胸の谷間をガン見なんかするわけないからっ!!

 そして――――――――
 豊かな胸元には奴隷の刻印があった。

 アリシアが続ける。

「買い戻されたとしても奴隷は奴隷よ。一生そういう目で見られるわ。
 それにあんたたちが私の代金を奪っちゃったから、私は逃亡奴隷になっちゃったし。
 ……まあ、あんたたちも刻印が無くとも結局は逃亡奴隷だけどね。
 少なくともラフレイムに行けばそういう差別はないわ。
 奴隷だろうが、犯罪者だろうが、強い奴がのし上がれるの。
 どう、魅力的でしょ?
 私と組まない?」

 アリシアが勝気な微笑みを浮かべた。

「強い奴?
 女性のあんたや子供の俺たちがか?」

 俺は不思議に思って首を傾けた。

 確かにリオンは彼女の前で人買いを切り殺した。
 でも、相手は俺達の事を『下働きの子供』と思い油断していたから、正直言ってリオンの腕の見せどころはほぼなかったはずだ。

 そして俺が殺したミランダおばさんは、剣など握ったこともなさそうな女性。
 何故彼女は、俺達をそんなに買ってくれているのだろうか?

「あら、坊や達強いでしょ? 私はダテに公爵家で生き残ってはいないわ。
 強いかどうかぐらい、一目見ればわかるのよ。
 それに家に帰る途中、馬車から奴隷センターが大火事になっているのが見えたわ。
 売られたのに剣まで持って宿屋に戻っているってことは……あれもあんたたちの仕業でしょ?」

 どうやら彼女には全てが見通されていたようだ。
 何という洞察力。判断力。

 あの残虐な公爵の元、4年間もの間生き残れたのは決して『奇跡』などではない。
 彼女の努力と洞察力、判断力の賜物なのだろう。

「奴隷センターには凄腕の用心棒がたくさんいたはずなのに、あなたたち無傷じゃない?
 相当強くなくちゃこうはいかないわ。
 でもずるさが足りないわね。
 自分を奴隷に落とした女を殺して泣くなんて、お人よしにも程があるわ」

 アリシアは最後の部分だけ、肩をすくめた。

「いくら強くたって『ずるさ』が無きゃ、この世界では生きのこれないのよ」

 いつも人をおちょくるような言い方をする陽気なアリシアだが、その時だけは氷のような瞳をしていた。

「……そうかも……」

 ずっと黙っていたリオンが口を開いた。
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