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第11章 暗転

2.暗転

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 長身の若い男だった。
 おそらく牢番なのだろう。腰に長剣がさげてある。

「お前たちのいた宿の主人の『ミランダ』って奴はとんだ悪党でよ、身寄りの無い子供を騙してはこうやって売り飛ばすんだ。可哀想になァ」

 言葉とは裏腹に、男はニヤニヤと笑って俺たちを見た。

「嘘だ!!
 だっておばさんはいつも親切だったし、俺たちに服まで買ってくれたんだ!!
 最初から売り飛ばすつもりだったなら、そんな事するはずがないっ!!」

 俺は声を張り上げて叫んだ。

「それがあるんだよ。奴隷って言っても色々ランクがあって、見栄えがするほうが高く売れる。
 だからやせっぽちの孤児を引き取ってはたらふく食わせ、仕上げに子供に良く似合う服を買い与えて着せるんだ。
 その頃には餓鬼はすっかりババアを信用しているから、与えた菓子に睡眠薬が入っているなんて思いもしない。
 事がある夜には泊り客にも睡眠薬入りの飲み物を振舞って、従業員が帰っている夜中に袋詰めして運び出すんだ。
 朝になったら従業員には『子供らは新しい養い親に貰われていった』と説明してるらしいぜ」

 男はこういうことには慣れているようで、よどみなく説明した。

「そ……そんな事って……」

 俺はそれでもまだ信じたくなくて、声を震わせてうつむいた。

「ところで、何であのババアが子供ばかりを狙うのかわかるか?
 子供なら大人ほど重くないから、ババア一人でも何とか運び出せるってワケさ。
 自分の子供を奴隷にしちまったうえに、孤児までさらって売るんだから、すげー鬼婆だよな!!」

 男は一気に喋ると鍵を開けて、牢の中に入ってきた。

「お前らはめったに見ないような上物中の上物だ。
 買値は一人につき金貨7枚だったが、もっと着飾ざってイロイロ仕込めば、その十倍でだって売れそうだ」

 男は鎖に繋がれたままの俺の顎を捉えると、まじまじと見つめた。

「ホンッと綺麗なガキだな。
 でも綺麗なだけ、まだマシなんだぞ?
 最底辺の奴隷に比べれば、綺麗なガキは少なくとも餌と暖かい寝床にはありつけるんだからな」

「……そんなの、有難がれるものかっ!!!
 売られるなんて嫌だっ!! 俺達は奴隷なんかじゃないっっ!!」

 どんなに叫んでも、そいつは顔色一つ変えなかった。

「嫌でも仕方ないだろう?
 お前たちは非合法な奴隷だ。この国じゃヤバくて捌けないが、他国にはこういうヤバい商品でも高く買ってくれる金持ちが大勢いる。
 この世は弱いもの、正しい者のためにあるんじゃない。
 金と力がある奴のモノなのさ。
 諦めてご主人様の靴でも何でもぺろぺろ舐めて、従順に仕えな。
 それが力の無い、弱い奴の処世術ってものだぜ」

 男は薄く哂ってそう言った。

 そんな処世術があってたまるか。
 確かに俺は罪人だ。
 でも犬のように主人の靴を舐めながら生きるなんて、絶対に嫌だ。

 力がほしい。
 誰にも負けない力が。
 他人に蹂躙されないだけの力が。

 いや、力ならあるじゃないか。

「…………あんたはその処世術とやらが本当に正しいと、そう思うんだな?」

 俺は男に問うた。

「思うぜ。力こそがこの世の真理だ。
 弱い奴は踏みにじられるしかないんだよ」

 言いながら、男は口の端を毒々しく上げた。

「……じゃあ、その真理に従って死んでも、文句はないのですね?」

 俺がそう言うと、男はハッとしたような顔をしたが、まさか13歳の丸腰のガキに遅れを取るとは思わなかったのだろう。

 その隙が命取りとなった。
 俺は手首の鎖を指に巻きつけてこぶしを握り、逆の手で男の服を掴んだ。
 そして、握ったこぶしを渾身の力で男の心臓にたたき付けた。

「ぐ……あぁ……」

 小さな悲鳴を上げて、男は絶命した。
 すぐに男の腰にある鍵の束をはずして手にとり、俺とリオンの戒めを解く。

「さあ、皆のも解いてやる!」

 そういうと、子供たちは怯えたように首を振った。

「なんだ。このままじゃ売られてしまうぞ!!
 それでもいいのか!?」

「……だって。逃げたら家族に迷惑がかかる……」

 一人の少年が涙をこぼしながら言った。
 あの少年達は親に売られてきたのに、それでもその親を心配し続けているのだ。

「くそ。でも俺たちは行く。逃げたい奴だけ逃げればいい!!」

 言って、鍵の束を投げ捨てる。
 でも誰も拾おうとはしなかった。

「行くぞ、リオン!」

「……はい。兄様」

 頷くリオンの目からは、先ほどの動揺はもう消えている。

 おばさんにずいぶん懐いていたように見えたから、もっとショックを受けるのではと心配していた。
 けれど、俺のためにエドガーを迷い無く殺したリオンだ。
 2週間一緒に暮らしただけの『他人』であるおばさんの事など、もう簡単に割り切っているのだろう。

 養子になんかならなくて良かった。

 情など残していたら、もっと辛くなるだけだ。
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