78 / 437
第10章 シリウスという国
5.シリウスという国
しおりを挟む
リオンがおばさんにどんどん懐いていく様子に悶々としながら、また1週間が過ぎた。
……ひょっとしたらリオンは、俺じゃなくても『自分に優しくしてくれる人』なら誰でもいいのかもしれない。
里にいた頃だって、リオンに優しくしてくれる人たちにはそれなりに懐いていたじゃないか。
花屋のお姉さんに、肉屋や雑貨店のおばさん。優しげな女性には特に懐いていたように思う。それはリオンに『母』という人が存在していなかったせいかもしれない。
きっとその欠落を埋めるように、母性を感じさせる女性を求めてしまうのだろう。
当時はそれを微笑ましく見ていた。
でも、俺はもう気がついてしまった。
俺の全てを知ってもそばにいてくれるのは、どこを探しても、もう『リオンだけ』なのだと。
おばさんの存在が急に疎ましく思えた。
この人がいたら、いずれ俺はリオンを取られるかもしれない。
俺はエルシオンの王子。こんな近くの国にいつまでも居たら、いつかアレス帝国に見つかってしまうだろう。
でもリオンは国民にも、アレス帝国にも存在を知られていない。
顔だって、父方に似た俺とは違い、おそらくは母親似。
こんなふうに裏方としてこそこそ働かなくたって、おばさんの養子となって、堂々と表で働いても大丈夫なのだ。
そう、今はまだそのことに本人は気づいてはいない。
けれど、リオンだっていずれ気が付く。
リオンにだけは『ここに残っておばさんと暮らす』という選択が許されている事を。
おばさんには昔、子供がいたようだ。
そのせいか、子供の扱いがとても上手い。
まるで本当の母親のような顔をして、母のいなかったリオンの心を俺以上に捉えてしまうかもしれない。
そうしたら、俺は一人で出ていかなくてはならなくなる。
最後の身内すら失って、一人ぼっちになってしまうだろう。
俺の気持ちを知ってか知らずか、リオンが話すのは今日もおばさんの事ばかり。
「あのね、兄様。おばさんがね、宿の『はんぼうき』が過ぎたら皆で『ぴくにっく』に行こうっておっしゃっていました。
『ぴくにっく』って何なのでしょう?
でもおばさんが楽しそうに話していたから、きっと楽しい事なのでしょうね?」
幸せそうな顔で話しかけてくるリオンの顔を見ていられなくて、目を伏せた。
そのとき、不意にノックの音が聞こえた。
「あたしだよ。開けておくれ」
心臓がどくんと跳ねる。
兄弟二人きりで過ごせるこの場所にまで、おばさんに入り込んできて欲しくない。
それが正直な気持ちだった。
でも、俺たちはおばさんにお世話になっている身だ。
何とか笑顔をとりつくろってドアを開けた。
おばさんは、手に2つの包を抱えていた。
「あんたたち、着替えが1着しかないって言ってたろ?
ずっと気になっていたんだよ。
さ、おばさんからのプレゼントだ。受け取っておくれ」
おばさんが包を俺たちに差し出した。
確かに俺達は着替えを一着しか持っておらず、雨が続くとずっと同じ服を着なければならない。
その服だって過酷な逃亡生活により、すっかりみすぼらしくなっている。
おばさんはそれを可哀想に思ってくれたのかもしれない。
養子になるのは断ったのに……。
働かせてくれただけでありがたいのに……。
こういう人も他国にいるのかと思ったら、胸が熱くなった。
リオンを取られたように感じてモヤモヤしていた自分が恥ずかしい。
たとえ『善の結界』がなくとも、人はこのように善良でいることが出来るのだ。
いつか俺たちの素性を話す日が来たとしても、きっと、このおばさんならわかってくれる。素直にそう思えた。
「ああ、子供が遠慮なんかするんじゃないよ。お給金も無いのに良く働いてくれたからね。
おばさんからの、ほんの気持ちだよ」
手渡された新品の服は、高級とまではいかないが、手触りの良い中々の質のものだった。
もしかしたら、ひと目で安物とわかるおばさんの服より高価なんじゃないだろうか……?
無理をしてまで買ってくれたのがわかったので心苦しかったけど、言われるままに着替えると、おばさんはとても喜んでくれた。
「ああ、思ったとおりよく似合うね!
ここに来た当事は二人とも痩せこけてて可哀想だったけど、もうすっかり健康そうだ。
兄ちゃんの方は、痣も取れて男前になったじゃないか」
目を細め、おばさんが嬉しそうに笑う。
顔立ちも体型も全く似ていないのに、思わず母を思い出して目元が潤む。
「おばさんが、おいしい料理を俺とリオンに食べさせてくれたからです。
本当にありがとうございました!!」
頭を下げてお礼を言うと、おばさんは「いいんだよ」と優しく笑い、良い匂いのする焼き菓子を一つずつ、俺とリオンに握らせてくれた。
こんなに幸せな気持ちになったのは久しぶりだった。
……ひょっとしたらリオンは、俺じゃなくても『自分に優しくしてくれる人』なら誰でもいいのかもしれない。
里にいた頃だって、リオンに優しくしてくれる人たちにはそれなりに懐いていたじゃないか。
花屋のお姉さんに、肉屋や雑貨店のおばさん。優しげな女性には特に懐いていたように思う。それはリオンに『母』という人が存在していなかったせいかもしれない。
きっとその欠落を埋めるように、母性を感じさせる女性を求めてしまうのだろう。
当時はそれを微笑ましく見ていた。
でも、俺はもう気がついてしまった。
俺の全てを知ってもそばにいてくれるのは、どこを探しても、もう『リオンだけ』なのだと。
おばさんの存在が急に疎ましく思えた。
この人がいたら、いずれ俺はリオンを取られるかもしれない。
俺はエルシオンの王子。こんな近くの国にいつまでも居たら、いつかアレス帝国に見つかってしまうだろう。
でもリオンは国民にも、アレス帝国にも存在を知られていない。
顔だって、父方に似た俺とは違い、おそらくは母親似。
こんなふうに裏方としてこそこそ働かなくたって、おばさんの養子となって、堂々と表で働いても大丈夫なのだ。
そう、今はまだそのことに本人は気づいてはいない。
けれど、リオンだっていずれ気が付く。
リオンにだけは『ここに残っておばさんと暮らす』という選択が許されている事を。
おばさんには昔、子供がいたようだ。
そのせいか、子供の扱いがとても上手い。
まるで本当の母親のような顔をして、母のいなかったリオンの心を俺以上に捉えてしまうかもしれない。
そうしたら、俺は一人で出ていかなくてはならなくなる。
最後の身内すら失って、一人ぼっちになってしまうだろう。
俺の気持ちを知ってか知らずか、リオンが話すのは今日もおばさんの事ばかり。
「あのね、兄様。おばさんがね、宿の『はんぼうき』が過ぎたら皆で『ぴくにっく』に行こうっておっしゃっていました。
『ぴくにっく』って何なのでしょう?
でもおばさんが楽しそうに話していたから、きっと楽しい事なのでしょうね?」
幸せそうな顔で話しかけてくるリオンの顔を見ていられなくて、目を伏せた。
そのとき、不意にノックの音が聞こえた。
「あたしだよ。開けておくれ」
心臓がどくんと跳ねる。
兄弟二人きりで過ごせるこの場所にまで、おばさんに入り込んできて欲しくない。
それが正直な気持ちだった。
でも、俺たちはおばさんにお世話になっている身だ。
何とか笑顔をとりつくろってドアを開けた。
おばさんは、手に2つの包を抱えていた。
「あんたたち、着替えが1着しかないって言ってたろ?
ずっと気になっていたんだよ。
さ、おばさんからのプレゼントだ。受け取っておくれ」
おばさんが包を俺たちに差し出した。
確かに俺達は着替えを一着しか持っておらず、雨が続くとずっと同じ服を着なければならない。
その服だって過酷な逃亡生活により、すっかりみすぼらしくなっている。
おばさんはそれを可哀想に思ってくれたのかもしれない。
養子になるのは断ったのに……。
働かせてくれただけでありがたいのに……。
こういう人も他国にいるのかと思ったら、胸が熱くなった。
リオンを取られたように感じてモヤモヤしていた自分が恥ずかしい。
たとえ『善の結界』がなくとも、人はこのように善良でいることが出来るのだ。
いつか俺たちの素性を話す日が来たとしても、きっと、このおばさんならわかってくれる。素直にそう思えた。
「ああ、子供が遠慮なんかするんじゃないよ。お給金も無いのに良く働いてくれたからね。
おばさんからの、ほんの気持ちだよ」
手渡された新品の服は、高級とまではいかないが、手触りの良い中々の質のものだった。
もしかしたら、ひと目で安物とわかるおばさんの服より高価なんじゃないだろうか……?
無理をしてまで買ってくれたのがわかったので心苦しかったけど、言われるままに着替えると、おばさんはとても喜んでくれた。
「ああ、思ったとおりよく似合うね!
ここに来た当事は二人とも痩せこけてて可哀想だったけど、もうすっかり健康そうだ。
兄ちゃんの方は、痣も取れて男前になったじゃないか」
目を細め、おばさんが嬉しそうに笑う。
顔立ちも体型も全く似ていないのに、思わず母を思い出して目元が潤む。
「おばさんが、おいしい料理を俺とリオンに食べさせてくれたからです。
本当にありがとうございました!!」
頭を下げてお礼を言うと、おばさんは「いいんだよ」と優しく笑い、良い匂いのする焼き菓子を一つずつ、俺とリオンに握らせてくれた。
こんなに幸せな気持ちになったのは久しぶりだった。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。


物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)

なぜか第三王子と結婚することになりました
鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!?
こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。
金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です
ハッピーエンドにするつもり
長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる