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第9章 エドガー

7.エドガー

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「……兄様に害なそうとする者たちのために、そこまでなさる気持ちが僕にはわかりませんが、僕にとって大切なのは兄様だけです。
 貧しさなど恐れはしません。
 砂金を渡す事で兄様のお気が済まれるのなら、おおせの通りに致します。
 すぐに戻りますから、ここで待っていてくださいね」

 リオンは渡された砂金を持って元来た夜道を駆けていった。
 俺はたいまつをかかげ、その姿が見えなくなるまで見送った。

 程なくしてリオンが戻ってきた。
 手には、焚き火の側に置きっぱなしにしていた俺たちの荷物があった。

 ああ、荷物の存在さえすっかり忘れていた。
 世にも賢い王子だと言われていたのに、そんな事にすら気がつかなかったことに愕然とした。
 荷の中にはリオンが大切にしていた、あのぬいぐるみも入っていたというのに。

「砂金は確かに渡してきました。とても感謝していましたよ。
 でもあの人たちだって、いつエドガーさんのように豹変するともしれません。
 さあ、早く行きましょう。夜が明けてしまいます」

 リオンは俺の手を取ると、深い闇に向かって歩き始めた。

 2時間ほど歩いたろうか。
 空に薄明かりが差してきた。

 どんな時でもやはり、夜明けはほっとするものだ。
 今頃逃げてきた民たちも起きてきて砂金を分け合い、出発の準備を整えているだろうか?

 ふとリオンが足を止め、目を閉じた。
 そして今来た道を振り返って、しばらく見つめた。

「どうした、リオン?」

 俺の言葉に弟は、いつものように可愛らしく微笑んだ。
 その笑顔にふと違和感を覚えたが、リオンはそのまま言葉を続けた。

「いえ、なんでも無いのです。それより先を急ぎましょう」

 ……?

 何だったんだ、さっきの違和感は。
 でも改めて見ると、リオンはいつも通りのリオンだ。

「……ではリオン、進むのはこちらだ。ほら、アルテナ山が見えるだろ?
 その山麓を右手に見ながら進むと、わが国と交易があったシリウス王国に着く。
 シリウス王国は小さいが交易が盛んで、多民族が混合して住んでいる比較的豊かな国だ。
 治安はわが国に比べて良いとは言えないが、それでも豊かなだけ他国よりはずいぶんましなはず。
 俺にだって、きっと働き口があるはずだ。
 なあリオン。
 そこで2人でやり直そう」

 そう言うと、リオンが嬉しそうに笑った。
 とても綺麗な笑顔だった。

「はい。僕も働きます。いろいろ教えてくださいね、兄様」

 ……ああ、俺にはもうリオンしかいない。

 たとえリオンの中に魔物の狂気が潜んでいたとしても、俺のすべてを知っていてこうして寄り添ってくれるのは、この弟しかいない。

 親も、妹も、国も、友も失った。

 これ以上失えない。
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