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第9章 エドガー
1.エドガー
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「兄様! また一人見つけました!!
半径10キロル以内では、これで最後です!!」
リオンが嬉しそうに報告する。
脱走した奴隷たちのほとんどは散りじりに逃げ去ったが、体力のない女子供・怪我人はそうはいかない。
煙に巻かれ、その辺で行き倒れてるんじゃないかと心配していたら、リオンが魔力を使って探し当ててくれた。
魔力の源は魔獣ヴァティール。
俺と行動を共にしていた頃の奴の力のいくらかを、リオンはヴァティールから引き出すことが出来る。
だから、そんな遠くの人のかすかな声さえ、魔力を集中すれば聞き取ってしまうのだ。
「連れて来ますから、兄様はここで待っていて下さいねっ!」
そう言うとリオンは焚き火から離れ、月さえない真の闇に向かって駆け出していった。
本当はリオンの方をこそ休ませてやりたかったが、俺ではあんなふうに暗い夜の森を走れはしない。
しかし、今頃途方にくれているであろう弱い女子供たちや負傷者を早急に保護してやらねばならない。
さっきリオンが言ったように、わが国の領土内には狼が生息している。
定期的に駆除しているので人的被害が出ることは稀なのだが、血の匂いに引き寄せられて来ることは十分考えられた。
ましてこの闇だ、ちゃんと保護せねば、奴らの餌食になりかねない。
民たちの保護の役目をリオンは自らかってでた。
その瞳はさっきの狂気など、まるで無かったかのように澄んでいる。
夜道を何十キロルも走り続けるのはつらいだろうに、愚痴一つ言わない。
しばらくして、リオンに手を引かれてやってきたのは、よく見知った少年だった。
「エドガー!!」
「エ……エルシド王子!!」
エドガーは髪を短くし、こげ茶色に染め上げた俺を一目見てそう言った。
周りにいた者達も、その言葉を聞いてざわめき始める。
俺の裏部下であり、友でもあるエドガーをさっきの奴隷の列に見かけていた。
奴の性格なら、弱い女子供を見捨てて真っ先に逃げるなんて、とても考えられない。
そう思ってあの騒ぎの後探したのだが、中々見つからなかった。
もしやと心配していたが、助かっていて良かった……。
しかし彼は、足と肩を負傷しているようだ。
「大丈夫か!! 血が出てるじゃないか!!」
そう言うと、エドガーはニィっと笑って「名誉の負傷だ」と言った。
何でも、追われている奴隷たちを逃がすため戦っていた時つけられたそうだ。
手には兵士から奪ったらしい剣が握られている。
奴隷たちは手を縄で束縛された状態で逃げ出したはずだが、元々町の道場に通っており、同じ年とはいえ俺よりずっと体格のよいエドガーは、相当強い。
兵士に臆することなく体当たりし、剣を自力で奪い取ったようだ。
そして相当数の奴隷の縄を切り落とし、奪った剣を次々と与えては逃がしていたようだ。その豪胆さと判断力は、とても町育ちの平民のものとは思えない。
やはり俺の目は正しかった。
「リオン……治癒の魔法は使えないのか?」
エドガーの肩を示すと、リオンは申し訳なさそうに首を振った。
「魔道は万能ではないのです。
高潔なるアースラ様は『善の結界』を完成させることだけに全生涯を捧げてらっしゃいました。
だからそれ以外の……特に僕らの系譜と相性の悪い治癒魔法は苦手だったようで、強力な治癒魔法は伝わっていないのです。
でも、血を止めるぐらいなら僕にも出来ます。
それでよろしいでしょうか?」
リオンが呪文を唱え、手をかざすとエドガーの血はすぐに固まった。
「すげえ!! この子、魔法使いなんだ!!
他国には今でもいるって聞いてたけど、本当に魔法ってあるんだな!!」
エドガーが感嘆の声を上げた。
それもそのはず。昔語りの伝承には残っているものの、わが国には『魔法使い』は存在しない事となっている。
表向きには大魔道士アースラが『わが国最後の魔法使い』だと歴史書にも記されてきた。
半径10キロル以内では、これで最後です!!」
リオンが嬉しそうに報告する。
脱走した奴隷たちのほとんどは散りじりに逃げ去ったが、体力のない女子供・怪我人はそうはいかない。
煙に巻かれ、その辺で行き倒れてるんじゃないかと心配していたら、リオンが魔力を使って探し当ててくれた。
魔力の源は魔獣ヴァティール。
俺と行動を共にしていた頃の奴の力のいくらかを、リオンはヴァティールから引き出すことが出来る。
だから、そんな遠くの人のかすかな声さえ、魔力を集中すれば聞き取ってしまうのだ。
「連れて来ますから、兄様はここで待っていて下さいねっ!」
そう言うとリオンは焚き火から離れ、月さえない真の闇に向かって駆け出していった。
本当はリオンの方をこそ休ませてやりたかったが、俺ではあんなふうに暗い夜の森を走れはしない。
しかし、今頃途方にくれているであろう弱い女子供たちや負傷者を早急に保護してやらねばならない。
さっきリオンが言ったように、わが国の領土内には狼が生息している。
定期的に駆除しているので人的被害が出ることは稀なのだが、血の匂いに引き寄せられて来ることは十分考えられた。
ましてこの闇だ、ちゃんと保護せねば、奴らの餌食になりかねない。
民たちの保護の役目をリオンは自らかってでた。
その瞳はさっきの狂気など、まるで無かったかのように澄んでいる。
夜道を何十キロルも走り続けるのはつらいだろうに、愚痴一つ言わない。
しばらくして、リオンに手を引かれてやってきたのは、よく見知った少年だった。
「エドガー!!」
「エ……エルシド王子!!」
エドガーは髪を短くし、こげ茶色に染め上げた俺を一目見てそう言った。
周りにいた者達も、その言葉を聞いてざわめき始める。
俺の裏部下であり、友でもあるエドガーをさっきの奴隷の列に見かけていた。
奴の性格なら、弱い女子供を見捨てて真っ先に逃げるなんて、とても考えられない。
そう思ってあの騒ぎの後探したのだが、中々見つからなかった。
もしやと心配していたが、助かっていて良かった……。
しかし彼は、足と肩を負傷しているようだ。
「大丈夫か!! 血が出てるじゃないか!!」
そう言うと、エドガーはニィっと笑って「名誉の負傷だ」と言った。
何でも、追われている奴隷たちを逃がすため戦っていた時つけられたそうだ。
手には兵士から奪ったらしい剣が握られている。
奴隷たちは手を縄で束縛された状態で逃げ出したはずだが、元々町の道場に通っており、同じ年とはいえ俺よりずっと体格のよいエドガーは、相当強い。
兵士に臆することなく体当たりし、剣を自力で奪い取ったようだ。
そして相当数の奴隷の縄を切り落とし、奪った剣を次々と与えては逃がしていたようだ。その豪胆さと判断力は、とても町育ちの平民のものとは思えない。
やはり俺の目は正しかった。
「リオン……治癒の魔法は使えないのか?」
エドガーの肩を示すと、リオンは申し訳なさそうに首を振った。
「魔道は万能ではないのです。
高潔なるアースラ様は『善の結界』を完成させることだけに全生涯を捧げてらっしゃいました。
だからそれ以外の……特に僕らの系譜と相性の悪い治癒魔法は苦手だったようで、強力な治癒魔法は伝わっていないのです。
でも、血を止めるぐらいなら僕にも出来ます。
それでよろしいでしょうか?」
リオンが呪文を唱え、手をかざすとエドガーの血はすぐに固まった。
「すげえ!! この子、魔法使いなんだ!!
他国には今でもいるって聞いてたけど、本当に魔法ってあるんだな!!」
エドガーが感嘆の声を上げた。
それもそのはず。昔語りの伝承には残っているものの、わが国には『魔法使い』は存在しない事となっている。
表向きには大魔道士アースラが『わが国最後の魔法使い』だと歴史書にも記されてきた。
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