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第8章 奴隷奪還
9.奴隷奪還
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肩でぜいぜいと息をするヴァティールの様子が、何か変だ。
「しっかりしろ、ヴァティール!!」
ヴァティールの小さな体をさすると、地の底を這うような恨みのこもった声が聞こえた。
「……違います兄様……そんな名前で僕を呼ばないで……」
その声音はどちらかというとヴァティールに似ていたが、俺を『兄様』と呼ぶのは弟だけだ。
「……リ……リオンなのかっ!!」
覗き込んだ瞳は、今までの『血の赤』ではなかった。
見慣れてきたリオンの、そして俺と同じ、ほんの少し赤みがかった朱金の瞳。
「あは。やっとわかって下さった。嬉しい、兄様!!」
リオンはいつもそうだったように、俺に、ぎゅっと嬉しそうに抱きついた。
「ヴァティールがずっと邪魔してて、目覚めても中々出られなくて……。
でも『大魔術』を使って魔力が枯渇している今なら、出られるのではと思い試してみたのです。
……あいつの言うことなど、聞いてはいけません兄様。
あいつは魔獣。
本当は王家の神官魔道士である僕が支配する、ただの道具のはずだったのに、僕を支配した上、あんなとんでもない嘘を」
そう言うリオンの瞳は、今まで見たことがないほど憎しみの色に染まっていた。
「リ、リオン?」
戸惑いを含んで弟の顔を見ると、リオンは可愛らしく笑った。
「でももう大丈夫です。心配なさらないでくださいね。今度こそ魔獣をしっかりと魔縛致しました。
仮の継承しか出来ていないとはいえ、僕だって偉大なるアースラ様の教えを受け継いだ神官魔道士。もう二度と魔獣ごときに兄様に無礼な口をきかせません。
魔獣の捕縛には、たくさんの血がいるのです。
血の魔法呪で縛るから。
でもほら、こんなにいっぱい!
だから……何の心配も要らないのです!!」
リオンは、血で濡れた手のひらを宙に掲げた。
それはそれは嬉しそうに。
雨に濡れて一度落ちたはずの血が、また手についている。
きっと、あの殺された青年兵のものだろう。
「魔獣を制した以上、もう僕は一人前の神官魔道士です。
正式継承を受ける20才の時点よりは劣るでしょうが、兄様1人を守るぐらいの力は十分にあります。
これからは、僕が兄様のお役に立ちます。何でもお申し付けくださいね」
リオンは可愛らしく微笑んだ。
それは、ぞっとするような光景だった。
天使のような弟が、血にまみれて笑ってる。
その姿は、魔獣であったときのリオンよりも、更に狂気をはらんでいるように見えた。
しかし、俺の様子にハッとしたらしいリオンは、慌てて血塗られた両手を後ろに隠した。
「もう一度言いますけど、ヴァティールが言ったのは嘘ですから。
確かに祭壇に動物の生き血を捧げたり、聖布に撒いたりはしましたが、あれは確かに動物でした。
代々のクロス神官は、アースラ様の命により『狼』を供物に使っていました。
狼であれば国民に危害を加える害獣で、元々駆除対象です。
ヴァティールは血を好む魔獣なので、魔力を枯渇させないためにも週に1度は生き血を捧げないといけないのです。
そうしないと、魔力が足りなくなって結界を維持できないから……」
「そ、そうか、動物……だった……んだよ……な。そうだよな、いくらなんでも……」
いくらなんでも。
……本当にそうなのだろうか?
俺の心に暗雲がたちこめた。
普段目隠しをさせられていたリオンは、祭壇に捧げられていたモノが何だったのか、本当は見ていないのではないだろうか?
でもリオンは易々と嘘をつけるほど器用ではない。
信じたい。リオンを。
「……会いたかった。ずっとずっと会いたかったのです、兄様!!
ヴァティールの中で僕は『僕を心配してくださる兄様の声』を聞きました!!」
リオンはそう言うとまた俺に抱きつき、胸に頬を擦り付けた。
とても幼い、無邪気な仕草で。
でも、その華奢な体からは、濃い血臭が漂っていた。
「しっかりしろ、ヴァティール!!」
ヴァティールの小さな体をさすると、地の底を這うような恨みのこもった声が聞こえた。
「……違います兄様……そんな名前で僕を呼ばないで……」
その声音はどちらかというとヴァティールに似ていたが、俺を『兄様』と呼ぶのは弟だけだ。
「……リ……リオンなのかっ!!」
覗き込んだ瞳は、今までの『血の赤』ではなかった。
見慣れてきたリオンの、そして俺と同じ、ほんの少し赤みがかった朱金の瞳。
「あは。やっとわかって下さった。嬉しい、兄様!!」
リオンはいつもそうだったように、俺に、ぎゅっと嬉しそうに抱きついた。
「ヴァティールがずっと邪魔してて、目覚めても中々出られなくて……。
でも『大魔術』を使って魔力が枯渇している今なら、出られるのではと思い試してみたのです。
……あいつの言うことなど、聞いてはいけません兄様。
あいつは魔獣。
本当は王家の神官魔道士である僕が支配する、ただの道具のはずだったのに、僕を支配した上、あんなとんでもない嘘を」
そう言うリオンの瞳は、今まで見たことがないほど憎しみの色に染まっていた。
「リ、リオン?」
戸惑いを含んで弟の顔を見ると、リオンは可愛らしく笑った。
「でももう大丈夫です。心配なさらないでくださいね。今度こそ魔獣をしっかりと魔縛致しました。
仮の継承しか出来ていないとはいえ、僕だって偉大なるアースラ様の教えを受け継いだ神官魔道士。もう二度と魔獣ごときに兄様に無礼な口をきかせません。
魔獣の捕縛には、たくさんの血がいるのです。
血の魔法呪で縛るから。
でもほら、こんなにいっぱい!
だから……何の心配も要らないのです!!」
リオンは、血で濡れた手のひらを宙に掲げた。
それはそれは嬉しそうに。
雨に濡れて一度落ちたはずの血が、また手についている。
きっと、あの殺された青年兵のものだろう。
「魔獣を制した以上、もう僕は一人前の神官魔道士です。
正式継承を受ける20才の時点よりは劣るでしょうが、兄様1人を守るぐらいの力は十分にあります。
これからは、僕が兄様のお役に立ちます。何でもお申し付けくださいね」
リオンは可愛らしく微笑んだ。
それは、ぞっとするような光景だった。
天使のような弟が、血にまみれて笑ってる。
その姿は、魔獣であったときのリオンよりも、更に狂気をはらんでいるように見えた。
しかし、俺の様子にハッとしたらしいリオンは、慌てて血塗られた両手を後ろに隠した。
「もう一度言いますけど、ヴァティールが言ったのは嘘ですから。
確かに祭壇に動物の生き血を捧げたり、聖布に撒いたりはしましたが、あれは確かに動物でした。
代々のクロス神官は、アースラ様の命により『狼』を供物に使っていました。
狼であれば国民に危害を加える害獣で、元々駆除対象です。
ヴァティールは血を好む魔獣なので、魔力を枯渇させないためにも週に1度は生き血を捧げないといけないのです。
そうしないと、魔力が足りなくなって結界を維持できないから……」
「そ、そうか、動物……だった……んだよ……な。そうだよな、いくらなんでも……」
いくらなんでも。
……本当にそうなのだろうか?
俺の心に暗雲がたちこめた。
普段目隠しをさせられていたリオンは、祭壇に捧げられていたモノが何だったのか、本当は見ていないのではないだろうか?
でもリオンは易々と嘘をつけるほど器用ではない。
信じたい。リオンを。
「……会いたかった。ずっとずっと会いたかったのです、兄様!!
ヴァティールの中で僕は『僕を心配してくださる兄様の声』を聞きました!!」
リオンはそう言うとまた俺に抱きつき、胸に頬を擦り付けた。
とても幼い、無邪気な仕草で。
でも、その華奢な体からは、濃い血臭が漂っていた。
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