上 下
55 / 437
第7章 呪い

3.呪い

しおりを挟む

「……おい、……今度こそ……本当に、リオンなのか?」

 そう言って恐る恐る顔を覗き込むと、リオンはにっこりと笑った。

「そうだよ兄様…………なァんて、な?」

 リオンの表情が、ニッと歪む。

「リオン、って言ったっけ? この餓鬼。
 ちっこいくせに、アースラそっくりの嫌な餓鬼だ。
 死んだ振りしてこのワタシをはめようだなんて、本当に末おそろしい餓鬼だ」

「……リ……リオン……?」

 俺は、魔道のことはよくわからない。
 しかしリオンは、何かを仕掛けようとしていた。
 ただ、それは失敗したらしい。だからリオンはもう、いないのだ。

 こらえようとしても頬を涙が伝う。魔獣の前でなんか、泣きたくないのに。

「……おい小僧。何を辛気臭い顔をしているのだ。鬱陶しい。
 そういう顔をしたいのは、ワタシの方だ。」

 魔獣はさも嫌そうに、俺を見た。

「糞チビの仕掛けたオマエの『魔縛術』は、完全にではないがワタシにかかった。
 ワタシと糞チビは、今同化している。
 糞チビがオマエの魔縛を受け入れた以上、アイツの意識が消えたとしても、ワタシはオマエに縛られる。
 もうワタシは、主人であるオマエに移れない。そして魔力の9割以上をオマエとあのチビに縛られた。本当にむかつくが、契約に従ってオマエごときに仕えてやろう」

 そう言うと魔獣は、リオンの姿のまま俺に膝を折った。
 ということは……さっきのはリオン自らの体と魂を使った、魔縛の呪文だったのか。

 それは成功したらしい。
 しかし、今更魔縛が成功したとて何になる。

「やめてくれ……リオンは俺の大切な弟なんだ。
 リオンの体でそんな事をするのは、止めてくれ……」

 涙が溢れて仕方なかった。
 結局リオンは幸せを掴めずに、またしても死んだのだ。

 しかも罪深い俺にひざまずく、こんな体だけを残して。

「う……ぐ……ああっ……あああ……」

 慟哭の声を抑えることは出来なかった。
 こぶしを握り、床に這いつくばってみっともなく泣いた。


 どれぐらい泣いたろう?
 気がつくと、何故か魔獣が気の毒そうな顔で見おろしていた。

「……まあ……そんなに泣くなよ」

 魔獣らしからぬ言葉に瞬いていると、奴はリオンの顔と声で先を続けた。

「考えてみれば、お前もあのクソ魔道士の被害者だよなァ。
 まだ13歳のションベン臭いガキなのに、ここまでの責務を負わせるなんて、滅茶苦茶だよなッ!!」

 何が言いたいのかわからずただ戸惑っていると、魔獣はまた喋り始めた。

「言っとくが、オマエの弟は死んだわけじゃない。
 奴は未熟とはいえ、糞アースラの力を継承する忌々しい神官魔道士。
 オマエと違って、簡単にワタシに飲み込まれたりはしない。
 今は力のほとんどを魔縛に使い、この体の中で死んだように眠っているが、本当に死んだわけじゃない。
 それにオマエたち二人には、糞アースラの邪悪で陰険な呪いがかかっている。
 すなわち、不死の呪いだ。
 人間ごときが使う事は許されない『最悪の外道魔法』だ」

 魔獣は吐き捨てるように語った。

「……じゃあ……じゃあ、リオンは生きてるんだな……リ……リオンっっ!!!!」

「こ、こら抱きつくな暑苦しい!!
 今はこのワタシ、魔獣ヴァティールがこの体を使っているのだ。離せ馬鹿者!!」

 魔獣は俺を振りほどこうとしたが、俺は必死にしがみついた。

 この体の中に、ちゃんとリオンがいる。
 俺のせいで死んでしまったと思っていたリオンが。
 二度と会えないと思っていた弟が。

 どうかお前を想う俺の温もりが、少しでも伝わりますように……。

「……ったく仕方の無い馬鹿だ。
 こんな暑苦しい主人に仕えねばならないなんて、最悪だ……」

 魔獣ヴァティールは忌々しそうに呟いたが、何故かそれ以上振りほどこうとはしなかった。
しおりを挟む

処理中です...