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第1章 おとぎの国に住む王子

4.おとぎの国に住む王子

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「王子、こちらへ」

 エドワードが俺の口をふさいだまま、ずるずると廊下の隅まで引きずっていく。

「……っぷは。何すんだよエドワード!!
 それより大変だ!! 父上の浮気が発覚した!!
 母上に知られる前に、何とかしなくては!!!」

「もう妹は……とっくの昔に知っていますよ」

 エドワードはサラサラの金の髪を揺らしてため息をついた。
 そして、周囲に人がいないことを確かめてから言った。

「王が密かに愛人を作られたのは、もう10年も前で、当然妹も知っています」

「じゅ……10年も前から…………」

 俺は絶句した。

 そんな馬鹿な。
 『美王』と呼ばれた父上のファンは多いけど、特別に親しい貴婦人なんか全然思い当たらない。

 いやまてよ……一人だけ……父上とメチャクチャ親しい奴がいる。

 父上はとんでもなく面食いだが、そいつは文句のつけようもないぐらい綺麗だ。
 しかも父上とは毎日必ず会っている。

 他国を訪れる時も必ず連れて行くし、奴は母上とも親しいから母上の耳に入っていてもおかしくない。

「酷いよエドワード! 結婚しないのはそういうワケだったなんてっ!!
 この裏切り者!! ド変態っ!! 男好きっっ!!」

「……………………は?」

 今度はエドワードが絶句する。

「……………………え?
 父上の浮気相手ってエドワードじゃないの?
 隣国の王様は奥さん強すぎで、男の愛人に走ったって聞いたけど……」

「違いますよっ!!
 全く……変な噂ばかり拾ってないで、もっと政治の勉強でもなさいっ!!」

 エドワードはさすがに顔を真っ赤にして怒ったが、実はその政治の先生の一人が隣国情報として俺に教えてくれたのだ。
 俺がわざわざ拾いに行ったわけじゃない。

「はぁ……。濡れ衣を着せられてはたまらないので少しだけお教えしますが、その女性は異国の方と伺っています。
 一度だけお会いした事がありますが、見事な銀髪を持つ、大変美しい方でした。
 でも王はその女性に心を移したわけではありません。
 仕方が無かったのです」

 そう言うと、エドワードはやるせなさそうに頭を振った。

「これは王子もご存知の事でしょうが、王夫妻は大変仲がお宜しく……王子がお生まれになった後にもすぐご懐妊なさいました。
 しかし思わぬ事故のため、半年とたたないうちに流れてしまい、もう次の御子は望めないと医師に言われました。
 こう申し上げては大変失礼ですが、御子が一人しかいらっしゃないというのは、この国にとっては大変な事です。
 たった一人のお世継ぎが、もし病気や事故で身まかられでもしたら、この国は乱れに乱れてしまいます。
 そこでそのような時には妾妃を内密に娶り、子が生まれたなら正妃の実子として育てるのが望ましい—————という始祖王のお定めになった裏法律にしたがって、王も他の女性を囲われたのです」

 エドワードはそこまで一気に喋ると、もう一度深いため息をついた。

 大国であるエルシオンの意向に、小国出身のエドワードは逆らうことは出来ない。
 たとえ妹がどんなに嘆き悲しもうと、従うしかなかったのだろう。

 とはいえ、父上は基本お優しい方。
 エドワードに無茶を言っている姿など、見たことはない。

 多分父上も『始祖王の定めた法律』に逆らえなかったのだ。

『始祖王が決めた絶対法律を破れば《恐ろしい呪い》が王と国民に降りかかる』

 ……という話が、王家には密かに伝わっている。
 だから王家の者たちは、始祖王の意向を無下にすることは決して無い。
 皆、『呪い』の存在を信じ、恐れているのだ。

 でも始祖王は、とっくの昔に亡くなっている。

 そしてエルシオン王国は、神に祝福された豊かな土地。
 人々は勤勉で優しく、今まで何事もなく平和は保たれ続けてきた。

 だから俺は、そんな大昔の王が決めた眉唾な話を信じちゃいないが、父上は本気で『呪いはある』と信じているようだ。

 これだから、迷信深い大人はたちが悪い。
 さっさとそんな悪法、現王の権限で変えてしまえば良いのに。

「……王が密かに妾妃を娶ったことは、城に古くからいる極一部の者しか知りません。
 それに、その女性は男児を身ごもったようですが、出産の事故で母子共に亡くなられたそうです。
 だからもう、本当に昔の事なのです」

 そうか……父上の浮気相手には、子供もいたのか。
 なら、その子は俺の『弟』ってことになる。

 しかしもう、どちらもこの世の人では無かったのだなぁ。
 大国の事情に翻弄されて命を落としたのだとしたら、その女性も子供も気の毒だと思った。

「それを境に妹も王と一揉めありましたし、外では何事も無いように振舞っていた妹も気が塞いで、すっかり体が弱くなってしまいました。
 それで王も諦めてエルシド王子を大切にお育てし、14歳になったらさっさと年上の姫でもあてがって、そちらで子孫を残せばよいのではとおっしゃり、そのように着々と計画されておられました」

 ち……父上酷い……俺そんな事一言も聞いてない……。
 8歳を超えると同時に年増との見合いを連打されていたが、そんな思惑があったとは。
 なんか、しんみりとした気分が一気に吹っ飛んだよ。

「まあ、奇跡的にヴィアリリス様がお生まれになりましたので、王子のタイムリミットは延びたんじゃないかと私は思っておりますがね?
 そうでなければ、今頃問答無用で婚約者を決められていた事でしょう」

 ……ヴィアリリス!! 生まれてくれてありがとう~ッ!!
 俺ってそんなにピンチだったんだ……。

 いずれは結婚するとしても、俺にだって可愛くて性格が良くて俺が初恋という、清楚で穢れない、ちょっと儚げかつ守ってあげたい風情の、5歳ぐらい年下の女の子と運命的な出会いをして結婚したいという、とてもささやかな夢がある。

 そんな理由で無理やり結婚させられたのではたまらない。




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