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王子と魔獣・if(外伝)

王子と魔獣・if(外伝)1

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全5回の連載です。
リオン視点です。氷の棺から目覚めたあとのお話。今回はシリアスです。

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 命をかけて、兄を救った。
 体は切り裂かれ、それでも悲鳴を上げたりなんかしなかった。

 そんな事をすれば、きっとお優しい兄様は苦しまれる。

 だけど僕は、一つだけ『願い』を残した。

 たった一つ。一つきり。

 ――――――僕を、忘れないで――――――

 それだけを。



 7年の時がたち、目覚めた僕の目に、信じられない光景が映る。

 白いドレスに身を包んだアリシアと幸せそうに笑うのは、最愛の兄。

 どうして?
 何をしているの兄様?

 きっと今日は、僕の誕生日。
 なのにどうしてそんな風に、アリシアと歩いているの?

 僕がいないというのに、何故そんなに幸せそうなの?
 どうして僕にじゃなくて、アリシアに微笑みかけているの?

 アリシアの手には小さなぬいぐるみが握られていた。
 僕が小さい頃に兄様からいただいた、大事な大事なぬいぐるみ。

 嫌だ。それに触らないで。

 兄様、僕がいないあいだにアリシアにあげてしまったの?
 酷い、酷いよ……。
 僕がどんなにそれを大切にしていたか、兄様もアリシアも知っていたよね。

 ……そのとき、兄様がふと僕を見た。

 視線が数秒絡み、瞬間、兄様は僕に向かって駆け出した。

「リオン! リオンかっ!!」

 力任せに抱きしめられて、ちょっと痛いけど安心する。
 僕はやっとこの世界に帰って来れたのだ。

「リオン!」

 アリシアや王も駆け寄ってくる。

 兄が涙もろいのは知っていたけれど、アリシアや王まで泣いていた。

 誰も、僕の事を忘れてなんかいなかった。
 僕が帰ってきたことをこんなにも喜んでくれているのだ。

「そうそう、これを返さなくちゃ」

 アリシアが差し出したのは、僕が大切にしていたヌイグルミ。

「ずっとエルの部屋に飾っていたのよ。
 今日は弟君の代わりに連れて来たけど、本人が来てくれたのだから返すわね」

 アリシアが、涙をすすりながら僕の手にそれを握らせる。

 返してもらったぬいぐるみは、よく見るとずいぶん古びていた。
 そっか。
 もう7年も経ったのだから、仕方ないよね。

 でもホコリ一つついておらず、きちんと手入れがされていた。

 兄様は、僕の代わりにこの古ぼけたぬいぐるみをずっと大事にしてくれていたんだね。

 ありがとう。
 とても嬉しいよ。

「でも、いったい今日は皆で何をしていたのですか?
 僕の勘違いでなければ、結婚式に見えるのですけれど……」

 一瞬静まった場を割るように響いてきたのは、聞きなれない声。

「ああ、結婚式だ。見りゃワカルだろう」

 しゃべったのは、僕の手のひらに収まっていた小さなぬいぐるみだった。
 いや、ぬいぐるみの中に居るヴァティールだ。

「ちょ……それは僕の大事なぬいぐるみですっ!!
 出て行ってください!!」

 手に持ったぬいぐるみぶんぶんと振り回す。

「こ、こら。乱暴なヤツだなッ!
 ではココから出て、オマエに移るほうが良いと言うのだな?」

 え!?

「いえ、あの、このままで……いいです」

 本当はイヤだが、体を取られるよりはいいだろう。

「それより兄様、結婚式って……アリシアさんと……?」

 そう言うと兄様は、ちょっと気まずそうにこっくりと頷いた。

「そんなの嫌ですっ!! だって僕は兄様と約束を……」

 くってかかった僕の頭に、ふわりと何かがかぶさった。

「あ~もう、仕方ないわねっ!!
 返してあげるわよ。愛しのおにーちゃんをっ!!」

 純白のベールが僕の頭にかけられていた。

「全く。弟君が居なくなってから大変だったんだからねっ!!
 エルは毎日ベソベソ泣くし、うっとーしく陰々と落ち込むし。
 家族でも増えたらまた笑えるかな~っと思ったから結婚することにしたけど、弟君が帰ってきたなら私が苦労を背負い込むこともないわよね~?」

「え!?」

「もういっそ、このまま結婚しちゃったら?」

 にっこりと笑うアリシアさんに…………迷いながらも頭にかぶったベールを返す。

「アリシアさん、お腹に兄様の子供がいるでしょう?」

 少し膨らんだお腹を差す。
 小さいけれど、そこから命の鼓動が聞こえる。

「い、居るけど、一人でも育てられるしっ!
 むしろエルなんか邪魔な気がするしっ!!」

「駄目ですよ。
 子供はお父様とお母様に優しく育てられないと。
 そうじゃないと……僕みたいになっちゃうから……。
 結婚、おめでとうございます。アリシアさん」

 言った側から何だか泣けてきて、ぼろぼろと涙をこぼした。

 でも、これでいい。
 きっとこれで。

 最初に見た夢の中で、僕はアリシアさんを殺した。
 次の夢も、その次の夢も、その次も、気が遠くなるぐらい延々と……。

 そうして目覚めては後悔し、
 何度も苦しい思いをして、やっとここまできたのだから。

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