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アリシア外伝2  掴む手

アリシア外伝2  掴む手 14

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 ヴァティール様に助けられた私は、より良い国造りのために一生懸命働いた。

 かつて彼が囚われていたエルシオン王国。
 ……今も名高き『理想の国』は、彼や代々の魔道神官の犠牲の上に成り立っていた。

 けれどもう、そんな犠牲は無くとも良い。
 誰も、理不尽な犠牲になどならなくて良い。

 今この国は、皆の努力と志によって、世界で一番住みよい国として名を馳せている。

 ヴァティール様は人間を許してくださったけれど、以後も、彼を捕らえて利用しようと考える人間が出ないぐらい平和な世になればよいと思う。

 私は、奴隷だったことを明かして奴隷解放運動の先頭に立った。
 簡単に叶うことではなく、長い年月のうちに自慢の髪は全て白く変わったけれど、頑張った甲斐あって、世界の大部分を占める同盟国の奴隷たちは全て解放された。

 きっとヴァティール様も、その事を喜んでくださるだろう。
 あの方は、とても優しい方だから。

 でも無理がたたったのか、体が段々と動かなくなってきた。
 天に召される日も間も無くだ。

 夫であるエルも老いたが、私よりは5歳も若い。
 特に病も得ていないので、まだまだ国のために宰相として頑張っている。

 それでもここしばらくは、弱った私がとても心配なようで、仕事は代理を立て、私のそばにずっと居てくれる。
 昔、神殿に閉じこもったリオンのためにずっと寄り添ったのと、同じように。

 そうして、私の手を優しく握ってくれるのだ。

「ねえエル。あなたは幸せだった?」

 私は彼に聞いてみた。
 寿命を迎えるまえに、これだけは聞いてみたかった。

 想う人が、それぞれにいながら結婚した私たち。
 私は幸せだったけど、エルは?

 私の目に映るエルは、優しい良い夫であったけど、彼は幸せだったのだろうか。

 エルは私を見つめ、微笑んだ。

「幸せだったよアリシア。とても……とても幸せだったよ。
 お前がそばに居てくれたから、この世の誰にも負けないほど、幸せだった」

 嘘偽りの無い瞳でエルが囁く。

 信じてはもらえないかもしれなけれど、私たちは良い夫婦だった。
 少なくとも、私はそう感じていた。

 共に戦い、共に喜び、信頼を持って支えあってきた『とても大切な伴侶』だった。
 エルも同じ気持ちでいてくれたことが、とても嬉しい。

 でも 私の方が年上だから、私が先に逝くのは仕方が無い。
 そして、旅立つ前にすべきことは、もう一つ残っている。

 これが、最後に渡せる――――あなたへの最大の愛。

「……あなたを……リオンに返すわね」

 微笑んだ私に、エルも微笑み返す。

「……では俺も……お前をヴァティールに返すことにするよ」

 最後に唇が触れあい、闇に沈む私は暖かい光に包まれた。

 その姿は見えなかったけれど、ヴァティール様が、頑張った私を迎えに来てくれたのだと信じている。


Fin



お気楽そうでハッキリした性格のアリシアですが、中身はこんな人でした。もしかしたらイメージが崩れちゃったかもしれませんね。
でも一生懸命生きたので、彼女に後悔はありません。
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