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エリス姫外伝・願いの空 

エリス姫外伝・願いの空 1

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人質としてブルボア王国に来たエリスちゃん。
早々にヴァティールに気に入られはしたけれど……。

3ページほどの短いシリアス系のお話となります。

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 嫌よ。嫌。
 ブルボア王国になんて絶対に行きたくない。
 怖い――――――誰か、助けて。

 いつかは他国の皇太子と婚姻を結び、国を出なければならないと知ってはいたけれど、こんな形で国を放り出される事になるなんて酷い。怖い。

 でも、どんなに泣いても無駄だった。

 ブルボア行きを決めたのは、絶対の権力を握るお父様。
 お兄様もお姉様もかばっては下さらない。
 私を敵国に差し出すことでブルボア王国と和平を結び、国の力を取り戻したいのだ。

 もう、祖国に『私の生きる場所』は無い。

 私は一室に閉じ込められ、厳しく見張りが立てられた。
 同情してくれた侍女はたくさんいたけれど、皆、国王であるお父様が怖い。逆らえば一族郎党が殺されると言うのだ。

 逃げることも出来ずにその日が来てしまった。

 ヴァティールが恐ろしい魔獣であることは、お父様たちから聞かされていた。
「絶対に逆らうな」とも言われていた。
 あの強くて恐ろしいお父様が、怯えるほどの存在。
 魔獣のことを想像するだけで気が遠くなっていった。

 国から連れてきた侍女とは国境で引き離された。
 魔具を持ち込ませないよう、ドレスもリボンも、私物は全て取り上げられた。
 そのとき着ていた衣服すらも。

 その後ブルボアが用意した侍女たちによりアレス帝国風のドレスを着せられ、私は王城へと護送された。

 この先には、恐ろしい魔物が居る。
 私は馬車の中でただ震えていた。

 300年前、大魔道士アースラと共に祖国を蹂躙した恐ろしい魔物。
 それが魔獣ヴァティール。
 魔人と言われるほどに強かった当時のアレス王はなすすべもなかったという。
 魔獣は時を越えて蘇り、正体不明の魔道士に従って我が国を脅しつけているようだ。

 私は敵国の姫。
 そんな魔獣に望まれたからには、さぞや恐ろしい目に合わされることだろう。

 王城に着くと、私はブルボア王の御前に引き出された。

 お父様と違い、まだ若い優しそうな王だった。
 でも、そんなのは見かけだけ。

 この若い王は、あの獅子王と言われたお父様まで屈服させた。
 気にくわないことをしたら、即座に殺されるに違いない。

 お父様はいつも、そうしていたのだから。

 ―――――――無礼のないように振る舞わなくては。
 目に涙をため、震えながらもドレスの裾をつまんで深々とお辞儀をした。

 王は笑顔を張り付けていたが、その周りの人々の目は冷たく、憎しみがこもっているのがわかる。
 こんなところで暮らさねばならないのだと絶望した。

 そのとき、美しい少年が現われた。

 まばゆい金の髪。ルビーのような紅い瞳。
 年は私とそう変わらないだろう。

 その少年こそが『ヴァティール』だった。

 魔獣は王に平伏する私の手を引きニッコリと笑い、それから私は、ずっと彼に守られている。

「オマエたち、エリスの悪口を言うのはそんなに楽しいか?
 そういうのをヨワイモノイジメっ……て言うんだってなァ。
 そんなに楽しいのなら、ワタシも一つ「ヨワイモノイジメ」とやらをやってみるかな?
 もちろん……オマエらに対してだがなァ」

「ダメです、ヴァティールっ!!」

 私が止めるまでもなく、彼は弱い一般人をむやみにいたぶったりはしない。

 お父様たちから聞いていた話とは真逆の性格の、優しい彼。
 ヴァティールは、私が虐められないよう『悪役』を買って出てくれているだけなのだ。

「そうかそうか。エリスがそう望むならやめておこう。
 エリスがァ…………そう望んでいるうちだけはなァァあ?」

 彼はいつも赤い瞳で凄むけれど、ただそれだけだ。人に危害を加えたりはしない。

 これは日課みたいなもので、彼は毎日毎日これをやった。
 アリシアお姉さまはいつも、私と一緒にそれを苦笑しながら見ている。

 お姉さまはヴァティールの侍女で、身分は私よりずっとずっと低い。
 でも母国の行いにより蔑まれている私にも優しかったので、幼かった私はアリシアを『お姉さま』として慕っていた。

 それなのに今は……アリシアお姉さまが憎い。
 憎くてたまらない。

 ヴァティールが眠りにつく間際、彼が祈ったのは『私』ではなく『アリシアお姉さま』の幸せだった。
 それだけだった。

 私には一言もなかった。

 あんなに可愛がって下さったのに、皆と共に「今までありがとう」と言われただけで、「エリスも幸せにおなり」とか「エリス、今まで楽しかったよ」という言葉もなく長い眠りに入ってしまった。

 そして彼は今、アリシアお姉さまの中に居る。

 羨ましい、恨めしい。

 もう王の妃となった私だけれど、その時初めて『私はヴァティールに恋をしていた』のだと気がついた。
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