24 / 27
ヒロイン、裁く2
しおりを挟むまだ本調子ではないというのに、アリアお母さまがヤンデレ野郎……ゲフンゲフン。ベンお父さまに面会するという知らせを受けて急いで来たのだ。太陽が沈むより速く走った。心情の例え話である。もちろん走ったのはアダムだ。私は肉体派ではない。
間に合ったようでよかった。ヒーローは遅れてやってくると聞くけれど、私はヒロインなので間に合うらしい。もちろんアダムの脚力あっての結果でもある。
何に間に合ったかというと、二人の間に決定的なヒビが入ってしまう前にである。ここで二人に仲たがいされてしまうと困るのだ。こちらにも事情があるのでね!
「アンネリーゼッ!なぜここにいるの」
アリアお母さまは、険しい顔をこちらに見せた。
ベンお父さまは私の登場に心底驚いたように目を見張った。アリアお母さまの足にキスでもするのかという姿勢で伏せているのは気になるが、夫婦間にはそういう変化球も必要なのだろう。たぶん。お互いが良いなら他人が口を出すことではない。ウン……。
そう、我々は他人になるのだ。
そのために私は二人の前に滑り込むようにやってきた。
ひたりと、あの奴隷商人のアジトとやらぶりにベンお父さまの昏い瞳を見据える。
「ベンお父さま、この様子ではまだアリアお母さまにお話していないのですか?隠さなくても良いのですよ。計画は大成功です」
ピクリとベンお父さまの眉が動く。
アリアお母さまは私とベンお父さまを交互に見て、なぜか私だけ睨んできた。そんなに仲間外れが嫌だったのだろうか。理不尽だ。
気を取り直して。
ごほん、と息を整え両の手をゆるく握り心臓の前で構える。
腰を落とし、重心を低くした。
念のため言っておくが、これは古武術ではない。ヒロインの構えである。
スゥーーーー……
「アリアお母さま、ベンお父さまは悪くありません。私が公爵家に行きたくて、騒ぎを起こしたのです……っ」
イメージは【私のために争わないでっ】と瞳に涙を貼り付けておくヒロインだ。広い意味で適している。
演技に深みが増している自信があったというのに、アリアお母さまの目は厳しい。
「今はあなたの遊びに付き合っている暇は無いの。後で迎えに行くから待っていなさい」
「嫌です」
「返事は”はい”しか許していないわ、アンネリーゼ」
アリアお母さまが苛立ったようにこちらに手を伸ばした。またあの手で私を掴み上げるつもりなのだろう。二度同じ手に引っかかる私ではないのですよ。
”何もついていない手”を一振りすると、部屋の中の僅かな光源になっていた燭台の火がボワリと大きく沸き踊った。
何が起きたのかアリアお母さまが理解する前に、ベンお父さまがアリアお母さまをかばうように抱きしめた。
燭台の火はシュルルと先ほどまでと変わらない大きさに戻るが、二人の瞳は先ほどまでとは違う色があった。
その二人の瞳の中にある”恐怖”をじっと見返す。
「────嫌です。私、魔力があるんですよ?あんな田舎で終わるなんてまっぴらです」
ジジ、と火が蝋をあぶる音だけが聞こえた。
長い長い時間に感じた無音の空間に、ポツリと一言だけ「なんて馬鹿なことを」と呟く声が落ちた。
それを溜息で返す。
「……アリアお母さまも、田舎は嫌だと夢を見て公爵家に行ったのではないのですか?」
アリアお母さまを抱きしめ続けるベンお父さまの手が、がわずかに反応する。
だいたいの事情は男爵家の使用人から情報を収集して把握しているが、あえて知らない風を装う。アリアお母さまお墨付きの”小賢しい”部分である。
「公爵家のあった王都生活は楽しかったですか?物も人も多い王都とはどのようなところなのでしょうか。流行りのドレスも、歳の近いお友だちも多いと聞きました。それに王子様がいるそうです。アリアお母さまもお会いになったのでしょう?」
王子様に、と言外に匂わせ無邪気にほほ笑む。
煽ればどんどんアリアお母さまの柳眉が寄っていく。ベンお父さまの瞳も昏さが増してきた。アリアお母さまだけではなく、ベンお父さまの虎の尾も踏んでいたらしい。
「今は私のことは……」
「もういい。いいんだ、アリア」
1
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は反省しない!
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。
性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】みそっかす転生王女の婚活
佐倉えび
恋愛
私は幼い頃の言動から変わり者と蔑まれ、他国からも自国からも結婚の申し込みのない、みそっかす王女と呼ばれている。旨味のない小国の第二王女であり、見目もイマイチな上にすでに十九歳という王女としては行き遅れ。残り物感が半端ない。自分のことながらペットショップで売れ残っている仔犬という名の成犬を見たときのような気分になる。
兄はそんな私を厄介払いとばかりに嫁がせようと、今日も婚活パーティーを主催する(適当に)
もう、この国での婚活なんて無理じゃないのかと思い始めたとき、私の目の前に現れたのは――
※小説家になろう様でも掲載しています。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる