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ヒロイン、捕まる
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頬を撫でる感覚がくすぐったい。
また、あの手だ。
母さん、怖かったよ。もうやだよ。
今度はポロリと弱音が出た。誰かに聞いてほしかったのかもしれないし、やっぱり母さんに言いたくてしょうがなかったのかもしれない。
もっと小さかった時のように抱き寄せて、大丈夫だよって笑ってほしかったのかもしれない。
ひんひんと泣きながら、必死に母さんに助けを求めた。
すごく痛かった。つらかった。ユーリにも嫌われちゃった。誰も優しくない。
抱えていた荷物をおろすたび、私を撫でる指が遅くなる。
みんな私のこと邪魔だって。
────帰りたいよ。
そう言ってみて、やっぱりちょっと違うなと口を曲げる。
ううん、嘘。優しい人もいるし、たのしかったし、さみしくなかった……時も、あった。
でも、でも。色んな気持ちがあって言葉にならない。
悔しくて泣いていたみたいだ。
涙が耳に流れてかゆい。
母さんの指に涙がついてしまったようで、頬の上で伸びてしまった涙の跡がスースーする。
「────ごめんね」
その声を聞いて、夢から醒めた気分だった。
あぁ、この手は母さんじゃないんだと気付いたから。
******
「本当に閣下の御子なんですかねぇ」
そう言いながらアダムと名乗る青年は、ベッドに沈んだままの私を無遠慮にジロジロと縦横斜めから見ては溜息をついている。ちなみに5回は溜息をついて、眼鏡を磨いてはこちらに視線をやる。これ見よがしに。嫌味な男だ。
アダムは神経質そうな顔つきで細い眼鏡をかけている。濃灰色の髪を撫でつけ、所作は洗練されている。察するに、執事のような立場の人間かもしれない。
というか、私は知っている。神経質そうで、眼鏡をかけて、笑顔で嫌味を言う。ここまで条件が揃ったら答えは出たも同義。
────アダムは、執事キャラです。本当にありがとうございました。
だって前世の本で読んだことがある。『お嬢様、どこに目をつけていらっしゃるのですか?』だとか『お嬢様は本当に頭が空っぽでいらっしゃる』と言って、風変わりな趣向の女性たちの悲鳴をかっさらうのだ。私、知ってる。
そろそろ私がいる場所についてと、アダムの素性について(どうせ毒舌執事だろうけど!)教えてほしいのだが良いだろうか。別に期待はしてない。確信はしてるが。
というか、私、まだ寝巻姿なんですけど???
うら若き乙女が寝巻姿なんですけど???
「計算ではもうすぐ10になるはずですが、想定よりお小さくていらっしゃる。良いところ7.8の年頃でしょう。ふむ。しかし確かにアリア・サルージの面影はありますね」
サラリと笑顔で一言余計なアダムとやら。
未だ続く疲労で大した反応もとれず、私は半目になって失礼の権化であるアダムを見た。
久しぶりに生死をかけた全力疾走をしたせいで、筋肉痛になってしまった。全身が痛すぎる。
どうやらアダムは”閣下”の遣いらしい。
閣下とはまさに、公爵のことだろう。”雲の上の神様”のような人の遣いともなると、こんなに居丈高になるのか。おそれいる。
私は騎士の魂ともいえる剣を強奪……げふんげふん。もとい、ちょっとだけお借りして捕物はここだとお知らせしてあげたのだ。
私はそのまま気を失ってしまったが、どうやら助かったらしい。強そうな見た目をしていた騎士を選んで正解だった。先見の明がある。さすが天才ヒロイン。
そんなこんなで私がこの豪華なベッドで横になっているのも公爵の采配だろうか。
みんなはどうなったのだろう。あのヤンデレ野郎は。ユーリは無事だろうか。
いろいろと質問したいが、まだアダムのターンらしく口を挟めない。
「でも」
アダムはぐっと距離を縮めると、私の顔を覗き込んできた。
私の身体の上に影が落ちる。
「どことなく、ほのかに、しいていえば」
先ほどまで控えめに微笑みながら嫌味と毒を吐いていたはずなのに、細い目から温度のない瞳がこちらを見下ろしていた。
「閣下のお姉様に面差しが似ていないこともない」
ごくり、と喉が鳴る。
「……隠し味程度に」
「つまり似てないってことじゃない!」
この嫌味眼鏡が!と言いそうになったが、ぐっと堪える。咄嗟にちょっとだけ言い返してしまったのはご愛嬌。この口が、勝手に!
誤魔化すようにテヘヘっと照れたようにはにかんでキュルリンと上目遣いをしてみたが、またあの笑っていない眼がこちらを見ていた。
「おや、才女だと調査書にはありましたが教養はそこまでですねぇ」
この嫌味眼鏡がヨォ!(二度目の反抗)
顔はキュルンを維持し、ぐぬぬと布団の中で拳を固くしていると溜息とともに「先が思いやられる」とアダムは呟いた。
先があるのか?私とアダムの関係に?いや、この場合は私と公爵家になるのか???
あの、と口を挟む。
アダムの神経質そうな眉毛がピクリと上がるが、ここで怯む私ではない。
ヒロインは物怖じしないと相場は決まっている!
「私はこれからどうなるのでしょうか……」
思ったより弱弱しい声になってしまった私に、アダムはまた値踏みするような視線を流した。
「あなたには、魔力がある」
間違いありませんね?と聞かれたが、その答えがどちらに転ぶかわからない緊張感があるというのに『そうです、私には魔力があります!ズバァーン!』なんて言える人間なんているだろうか。いや、いない。
ちなみに、ズバァーン!は勢いと意気込みを強調する効果音である。
「そして、それを巧みに操ると。見た、騎士がいましてね」
「見!?そ、その強そうな騎士はユーググッ!!」
情報が渋滞している!
魔術を操る件まで把握されているという驚きと、アダムから出てきた”騎士”という単語への反応がぶつかり合って身体が驚いたのか、喉がゴホゴホと咳き込み止まらない。
貴族令嬢らしからぬ所作にアダムの視線は冷たい。さすが毒舌執事。自分のキャラに忠実である。
「ハァ。私は心配です。こんな眉唾な話のために閣下のそばを離れるなんて」
アダムは眺めの溜息をつきながら水を口元まで近づけてくれた。遅いぞ。
「さて、早速ですが魔術を見せてください。さっさと帰りたい」
まるで私が何かをお願いしているかのような言いぐさである。だが、ここでやらないわけにはいかない。ユーリの無事を確認していないのだから。
……基礎、基礎にしよう。小さく、ショボイやつ。”魔術が使えた”というだけ伝わればいいのだから。ここで圧倒的な力を見せつけてアダムを土下座させ、完全服従させるのも楽しそうだが、変に利用出来ると思われては困る。また魔術師をやるほどの魔力量があるわけでもないし。
アダムと視線を合わせ、胸の辺りをポンポンと示し教えてあげる。
私のジェスチャーで気付いたのか、自分の胸辺りにサッと手を当てた。思った感触が無かったのか、わずかに視線をジャケットに流し、ふむと小さく息を吐いた。
「……なるほど」
アダムは手を差し出した。消したものを返せと。
なに!?私の自慢の銀の記章が無くなっているぞ!?すごーい!だとか、そういうわかりやすい反応を見せてもらえないと。やりがいがないというものだ。
やれやれと両手を身体の前に差し出す。
その両手の上には何もなく、またアダムの眉はピクリと動いた。どうやら無くなると困るものだったらしい。
アダムの視線が注がれた両手を返し、握る。
それをアダムの方へ少し揺らし、ニッコリと煽っ……ごほん。笑顔を向けた。
「ふざけてないで返しなさい。右です」
ピキピキと聞こえてきそうなほど額に筋が浮かんでいる。子ども相手にそこまで怒らないでほしい。これはお望みの”余興”なのだから。
右手をくるりと再び返し、手をひらく。そこにはなにもない。
「ユーリは、私と一緒にいた男の子は無事なの?」
「……消したものを私に返したら、教えてあげましょう。左です」
左手をくるりと返し、見せてあげる。何もない手を。
「私のふざけた遊びに付き合ってくれるぐらい、大切なものなんですね」
ピンッと張った空気の中、私とアダムは睨みあう。
私も男爵家で学んだのだ。貴族のやり方というものを。
アダムは装飾の類を身に着けていなかった。しかし仕立ての良いスーツを隙なく整え、一つだけ胸元で誇らしげに輝いていた銀の記章が、アダムの身分を示していた。
それがアダムの大切なものだというのならば。遠慮なく、交渉材料にさせていただこう。
また、あの手だ。
母さん、怖かったよ。もうやだよ。
今度はポロリと弱音が出た。誰かに聞いてほしかったのかもしれないし、やっぱり母さんに言いたくてしょうがなかったのかもしれない。
もっと小さかった時のように抱き寄せて、大丈夫だよって笑ってほしかったのかもしれない。
ひんひんと泣きながら、必死に母さんに助けを求めた。
すごく痛かった。つらかった。ユーリにも嫌われちゃった。誰も優しくない。
抱えていた荷物をおろすたび、私を撫でる指が遅くなる。
みんな私のこと邪魔だって。
────帰りたいよ。
そう言ってみて、やっぱりちょっと違うなと口を曲げる。
ううん、嘘。優しい人もいるし、たのしかったし、さみしくなかった……時も、あった。
でも、でも。色んな気持ちがあって言葉にならない。
悔しくて泣いていたみたいだ。
涙が耳に流れてかゆい。
母さんの指に涙がついてしまったようで、頬の上で伸びてしまった涙の跡がスースーする。
「────ごめんね」
その声を聞いて、夢から醒めた気分だった。
あぁ、この手は母さんじゃないんだと気付いたから。
******
「本当に閣下の御子なんですかねぇ」
そう言いながらアダムと名乗る青年は、ベッドに沈んだままの私を無遠慮にジロジロと縦横斜めから見ては溜息をついている。ちなみに5回は溜息をついて、眼鏡を磨いてはこちらに視線をやる。これ見よがしに。嫌味な男だ。
アダムは神経質そうな顔つきで細い眼鏡をかけている。濃灰色の髪を撫でつけ、所作は洗練されている。察するに、執事のような立場の人間かもしれない。
というか、私は知っている。神経質そうで、眼鏡をかけて、笑顔で嫌味を言う。ここまで条件が揃ったら答えは出たも同義。
────アダムは、執事キャラです。本当にありがとうございました。
だって前世の本で読んだことがある。『お嬢様、どこに目をつけていらっしゃるのですか?』だとか『お嬢様は本当に頭が空っぽでいらっしゃる』と言って、風変わりな趣向の女性たちの悲鳴をかっさらうのだ。私、知ってる。
そろそろ私がいる場所についてと、アダムの素性について(どうせ毒舌執事だろうけど!)教えてほしいのだが良いだろうか。別に期待はしてない。確信はしてるが。
というか、私、まだ寝巻姿なんですけど???
うら若き乙女が寝巻姿なんですけど???
「計算ではもうすぐ10になるはずですが、想定よりお小さくていらっしゃる。良いところ7.8の年頃でしょう。ふむ。しかし確かにアリア・サルージの面影はありますね」
サラリと笑顔で一言余計なアダムとやら。
未だ続く疲労で大した反応もとれず、私は半目になって失礼の権化であるアダムを見た。
久しぶりに生死をかけた全力疾走をしたせいで、筋肉痛になってしまった。全身が痛すぎる。
どうやらアダムは”閣下”の遣いらしい。
閣下とはまさに、公爵のことだろう。”雲の上の神様”のような人の遣いともなると、こんなに居丈高になるのか。おそれいる。
私は騎士の魂ともいえる剣を強奪……げふんげふん。もとい、ちょっとだけお借りして捕物はここだとお知らせしてあげたのだ。
私はそのまま気を失ってしまったが、どうやら助かったらしい。強そうな見た目をしていた騎士を選んで正解だった。先見の明がある。さすが天才ヒロイン。
そんなこんなで私がこの豪華なベッドで横になっているのも公爵の采配だろうか。
みんなはどうなったのだろう。あのヤンデレ野郎は。ユーリは無事だろうか。
いろいろと質問したいが、まだアダムのターンらしく口を挟めない。
「でも」
アダムはぐっと距離を縮めると、私の顔を覗き込んできた。
私の身体の上に影が落ちる。
「どことなく、ほのかに、しいていえば」
先ほどまで控えめに微笑みながら嫌味と毒を吐いていたはずなのに、細い目から温度のない瞳がこちらを見下ろしていた。
「閣下のお姉様に面差しが似ていないこともない」
ごくり、と喉が鳴る。
「……隠し味程度に」
「つまり似てないってことじゃない!」
この嫌味眼鏡が!と言いそうになったが、ぐっと堪える。咄嗟にちょっとだけ言い返してしまったのはご愛嬌。この口が、勝手に!
誤魔化すようにテヘヘっと照れたようにはにかんでキュルリンと上目遣いをしてみたが、またあの笑っていない眼がこちらを見ていた。
「おや、才女だと調査書にはありましたが教養はそこまでですねぇ」
この嫌味眼鏡がヨォ!(二度目の反抗)
顔はキュルンを維持し、ぐぬぬと布団の中で拳を固くしていると溜息とともに「先が思いやられる」とアダムは呟いた。
先があるのか?私とアダムの関係に?いや、この場合は私と公爵家になるのか???
あの、と口を挟む。
アダムの神経質そうな眉毛がピクリと上がるが、ここで怯む私ではない。
ヒロインは物怖じしないと相場は決まっている!
「私はこれからどうなるのでしょうか……」
思ったより弱弱しい声になってしまった私に、アダムはまた値踏みするような視線を流した。
「あなたには、魔力がある」
間違いありませんね?と聞かれたが、その答えがどちらに転ぶかわからない緊張感があるというのに『そうです、私には魔力があります!ズバァーン!』なんて言える人間なんているだろうか。いや、いない。
ちなみに、ズバァーン!は勢いと意気込みを強調する効果音である。
「そして、それを巧みに操ると。見た、騎士がいましてね」
「見!?そ、その強そうな騎士はユーググッ!!」
情報が渋滞している!
魔術を操る件まで把握されているという驚きと、アダムから出てきた”騎士”という単語への反応がぶつかり合って身体が驚いたのか、喉がゴホゴホと咳き込み止まらない。
貴族令嬢らしからぬ所作にアダムの視線は冷たい。さすが毒舌執事。自分のキャラに忠実である。
「ハァ。私は心配です。こんな眉唾な話のために閣下のそばを離れるなんて」
アダムは眺めの溜息をつきながら水を口元まで近づけてくれた。遅いぞ。
「さて、早速ですが魔術を見せてください。さっさと帰りたい」
まるで私が何かをお願いしているかのような言いぐさである。だが、ここでやらないわけにはいかない。ユーリの無事を確認していないのだから。
……基礎、基礎にしよう。小さく、ショボイやつ。”魔術が使えた”というだけ伝わればいいのだから。ここで圧倒的な力を見せつけてアダムを土下座させ、完全服従させるのも楽しそうだが、変に利用出来ると思われては困る。また魔術師をやるほどの魔力量があるわけでもないし。
アダムと視線を合わせ、胸の辺りをポンポンと示し教えてあげる。
私のジェスチャーで気付いたのか、自分の胸辺りにサッと手を当てた。思った感触が無かったのか、わずかに視線をジャケットに流し、ふむと小さく息を吐いた。
「……なるほど」
アダムは手を差し出した。消したものを返せと。
なに!?私の自慢の銀の記章が無くなっているぞ!?すごーい!だとか、そういうわかりやすい反応を見せてもらえないと。やりがいがないというものだ。
やれやれと両手を身体の前に差し出す。
その両手の上には何もなく、またアダムの眉はピクリと動いた。どうやら無くなると困るものだったらしい。
アダムの視線が注がれた両手を返し、握る。
それをアダムの方へ少し揺らし、ニッコリと煽っ……ごほん。笑顔を向けた。
「ふざけてないで返しなさい。右です」
ピキピキと聞こえてきそうなほど額に筋が浮かんでいる。子ども相手にそこまで怒らないでほしい。これはお望みの”余興”なのだから。
右手をくるりと再び返し、手をひらく。そこにはなにもない。
「ユーリは、私と一緒にいた男の子は無事なの?」
「……消したものを私に返したら、教えてあげましょう。左です」
左手をくるりと返し、見せてあげる。何もない手を。
「私のふざけた遊びに付き合ってくれるぐらい、大切なものなんですね」
ピンッと張った空気の中、私とアダムは睨みあう。
私も男爵家で学んだのだ。貴族のやり方というものを。
アダムは装飾の類を身に着けていなかった。しかし仕立ての良いスーツを隙なく整え、一つだけ胸元で誇らしげに輝いていた銀の記章が、アダムの身分を示していた。
それがアダムの大切なものだというのならば。遠慮なく、交渉材料にさせていただこう。
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